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火の用心(前編)


福音館書店 こどものとも傑作集より

木は燃えやすい、と言われます。「わらの家は風で吹き飛ばされた。木の家はあっという間に燃えた。煉瓦の家だけが風にも火にも耐えた」子供の頃に聞いたことのある「三匹のこぶた」のお話は、イギリス生まれ。その首都、ロンドンでは、1666年の大火以来、市中に木造の家をつくることが禁止されています。ロンドンに特有の、重厚な石造りの家が続くまちなみがかたちづくられたのは、それからのことなのだそうです。

日本でも、空襲で多くの町が焦土と化した太平洋戦争の戦中戦後には「木で家をつくるとは、燃料で家をつくるようなものだ」と言って、木造禁止キャンペーンを張った大学者もいたとか。でも、「家は木造がいい」という傾向は昔も今も変わりないようです。平成15年に内閣府が実施した「森林と生活に関する世論調査」によれば、住みたい家の上位は圧倒的に「木造(うち在来工法60%、ツーバイフォー20.4%)」だったということです。

レンガの家は狼が吹いてもびくともしない (山田三郎画)

木は燃えやすい。たしかにそうです。木は、「焚きもの」と言われるぐらいで、煮炊きや暖房、風呂などのために火をおこす基本的な燃料でした。燃えやすい木で家をつくるのだからこそ、火への備えを十分に考える必要があります。伝統構法の復権シリーズの第二弾として、火に対する自然素材へのふるまい、昔から伝わってきたことに学べる知恵を見直そう、という内容を、木の家ネットのつくり手会員のみなさんから寄せられた体験やデータをもとに、2回にわたってお送りします。

theme 1 燃えて守る知恵

■木製サッシ、アルミサッシ、鉄製防火戸サッシ。 どれがいちばん火に耐えたと思いますか?

上:善養寺さんの火事現場。アルミサッシの枠は融けてしまった。 下: 杉板の外壁と木製サッシの枠は、炭化しながらがんばった。

ここに、コンクリートでできた耐火構造の自宅が放火に遭い、逃げ遅れたご本人とお子さんが、救出されるまでの体験のレポートがあります。職人がつくる木の家ネットの会員で林材ジャーナリスト・赤堀楠雄さんが以前、月間WIDEという林材業界誌のために、善養寺さんという女性建築士に取材した記事を、ご本人と発行元の許可を得て転載させていただきました。

木製、アルミ製、鉄製3種類の防火戸のうち、火の勢いと消火のための放水に耐え、炎の侵入を防いでくれたのは木製サッシでした。「木製サッシのおかげで命拾いした」という真に迫るレポートです。

(財)日本木材総合情報センター発行 “月刊WIDE”2003年11月号より全文はこちら

善養寺さんは、ご自身の体験をもとに「木が火に弱いというのは誤った考え方。むしろ生命や財産を守るのは自然素材である木だということが、もっと認識されるべき」「安全で安心で快適な建築とは何なのか。現代技術への過信を改め、常識となってしまった非常識にもう一度気がつく必要がある。それは、自然が つくった性能をもっと知って建築に生かしていくことだ」ということを広く知らしめる活動を続けているそうです。

■表面が炭化するから、中の構造が守られる

もうひとつ、会員の建築士、古川保さんからの報告です。

先日、引渡し前の物件が放火に遭いました。木製建具と木製雨戸の間に新聞紙を入れての放火。火が消えるまでの間に、梁や天井板は15・炭化していました。天井床板が30・だったので燃え抜けることはなく、二階は被災しませんでした。鉄板やアルミやガラスはめろめろで、早々に溶けて逃避行。木は燃えてがんばってくれるのです。燃えしろは大事と実感した事件でした。「家は燃えるように造るべし」というのが私の持論です。

木材の表面は熱せられると、その表面は炎をあげ、黒く焼けこげて炭になります。これを「炭化」と言います。炭化速度は1分間でおよそ0.6mm。単純計算では、10分で6mm程度が炭にます。 つまり、消火活動に20分かかるとすれば、表面から1.2cm分は、黒こげの炭になるわけです。

炭化して黒こげになった部分の熱伝導率は、木材の1/3?1/2程度。つまり、燃えにくくなるのです。この性質のおかげで、木造建築は火災でもすぐに崩壊することなく、避難する時間を確保できるのです。断面が5cm×10cmの木の梁、鉄材、アルミ材とを加熱していって、強度がどのように変化していくかを調べる実験をしたところ、鉄は熱し始めて5分後(約500度)でもとの強度の40%、10分後(約700度)で10%にまで下がったそうです。アルミは3分後(約400度)で20%になり、5分以内に融けてしまいます。木の梁は、15分(約800度)以上になっても60%の強度を維持しています。

燃えて炭化していく部分を「燃えしろ」と言います。そして、火災に備えて、構造材に十分な太さを与える設計のしかたを「燃えしろ設計」と言います。たとえば45分間火に耐える木の家を建てようとする場合には、構造的に必要な強度の太さに45分間で炭化する燃えしろをプラスした太さの梁や柱を用いよう、ということです。つまり、燃えしろ部分が、構造として必要な断面積を防火被覆していると考えるわけです。たとえば、15cm角の柱が20分間、四方から火に包まれて燃え続けた場合、その柱は15cmマイナス2.4cm、つまり、12.6cm角の柱と同じだけの強度は保てるのです。燃えてなお、木材の強度に余力があれば、建物が崩れ落ちる危険はありません。

下(2枚):木の家ネット事務局脇の土蔵(大正元年) 昭和初期に母屋から出た火に耐えた土蔵手前張り出し部分の柱と梁。はげしく炭化したものの、重い瓦屋根を支えて今に至る。

だからこそ、柱の太さ、床板や天井板の厚みなどがとても大事なのです。細い材、薄い板では、燃えしろ分の余力がないから燃え尽きてしまう。太い材、厚い板は、表面は炭化しても、大事な構造部分は守ってくれる。木の家を建てるときのひとつの視点として、どうかよく覚えておいてください。木材にかける予算は切り詰めない。これだけで、火への備えがずいぶんとちがってきます。

■燃えしろ設計の対象が製材にまで広がる!

ところで、最近、ひとつ法律改正がありました。その内容は「構造材の燃えしろ設計、製材も可」というものです。大規模な建造物には、防火のことを考えて「火事に遭ってなお、建物の構造部がある程度の強度を保ち得るよう、燃えしろ分を考えて設計すること」という条件があります。燃えしろ設計が住宅に適用されるような例として、都市の密集地での木造三階建てなどがあります。

これまでは、燃えしろ設計の対象となる素材は、木を貼り合わせてつくった工業製品である集成材などだけでした。自然な木を挽いた製材は認められていませんでした。集成材は、性質が一定していて、数値的にも強度を示しやすいが、製材ではバラツキが多くてその検証がむずかしい、というのがその理由です。

それが今回の改正で「製材でもよし」ということになりました。自然素材への志向、森林環境を守るためにも木材の利用を促進するニーズなどの高まりが、法律の見直しにつながったのでしょう。2階建て、平屋の木造住宅であっても、太い柱や梁を組み、板も厚いものを使うなどした木の家ネットの仲間のつくる住宅は、結果としてこの燃えしろの防火的な考え方以上の造り方であったことを再確認しました。


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