手刻み用電動工具があり続けるために
製材所に並んだいわゆる「材木」は、そのままの形では、家の骨組みを造ることはできません。刻み加工といって、木材に、木と木が組み合うような凹凸の細工を施してはじめて柱となり、梁となり、お互いに組み合って家を支える「軸組」ができます。
本来、軸組を造る構造材を刻む仕事は、大工のもっとも大事な仕事です。ところが、家づくりが工業化した今では、木材の刻み加工はプレカット工場で大型機械が行い、大工は現場に納品される刻み加工済みの材を、プラモデルのようにパーツを組み上げるだけ、というつくり方が主流になっています。しかし、木の家ネットのつくり手が実践する「職人がつくる木の家」づくりでは、昔と同様に、大工自身が、家の骨組みとなる構造材を刻み加工します。大工が構造材の刻み加工をすることを、プレカットに対して「手刻み」と言います。
日本人は古来、木を建築材料としてとしてだけ捉えておらず「魂があるもの」として、信じ、祀ってきました。伝統構法の技術は「木のいのちを生かす技術」として、日本の大工職人にずっと伝承されてきた技術なのです。手刻みをしていなくても、大工たるもの、誰もが「手刻み」に憧れや羨望を抱く理由は、そのあたりにあるのかもしれません。
刻み加工を自前でするためには、そのための電動工具や手道具が必要です。手道具は鍛冶職人が、電動工具は、マキタ、日立、リョービといった木工機械メーカーで製造されます。大工は、そうした道具があってはじめて、仕事ができるわけですが、プレカットが世の主流となるにつれて、手刻みでしか使わない電動工具が徐々に廃番になってくるという、手刻みをする大工にとっては、厳しい現実があります。
たとえば、手刻み木組みの仕事でしか使わない「込み栓角ノミ」は、数年前にリョービがその生産を中止したのを最後に、今やどこでも製造していません。手刻みをする大工たちは、手持ちの道具をメンテナンスしながら使ったり、中古品を入手したりして、なんとかしのいではいるようですが、このままいけば、いずれ、その工具でする工程が、できなくなってしまうような事態に陥りかねません。
今回は、木の家ネットの会員の一会員から、会員全員が読むメーリングリストに投稿された一通のメールから生まれた、現状打開にむけてのアクションについてご紹介します。具体的にいうと、リョービ社で廃番となった「込み栓角ノミ」の製造を、三重県伊勢市の松井鉄工所にお願いする署名を集め始めています。
伝統木造の施工に関わるつくり手が横につながることで、なんとかこうした苦しい状況を好転させていくことができるようにと、願っています。
まずは、発端となったメールをご紹介します
小田貴之 オダ工務店(愛知県蒲郡市)
リョービで製造中止になった「込み栓角ノミ」の復活を!
リョービの込み栓角ノミが製造が中止になって久しいのですが、皆さんどうしていますか。今後も製造する予定はないようでしたので、不安になり中古品を新品同様の価格で購入しました。ふと、木の家ネットの皆さんはいかにして対応されているのかなと思いましてメールをさせて頂きました。
皆さんのご意見をお手すきの時で結構ですので教えて下さい。 小田貴之
手刻みを支える電動工具たち
手刻みの家づくりでは、現場で家の構造を組み上げる前の加工として、作業場で、木と木を縦横に組みあげていくための「仕口」とよばれる「凹凸」をつけていきます。大まかにいうと、「ホゾ」と呼ばれる突起をつけるのが「男木(おぎ)加工」、そのホゾがささってくるのを受けるための穴を掘るのが「女木(めぎ)加工」です。また、仕口加工に入る前に、材と材とをつないで、使う寸法に延長するために「継手」を造ることもあります。
こうした「継手仕口」加工は、大工の作業場で、大まかなところまでは電動工具で、最後の細かい仕上げはノミや玄翁や鋸を用いて行います。一連の作業に、どんな電動工具を使うかについて、まとめてみました。
木ごしらえ
製材所からすぐに刻める状態で納品される材以外は「木ごしらえ」をします。曲がりの丸太梁や太鼓梁を使う場合、皮むき、はつり、整形、曲面カンナがけなどを大工の作業場ですることが多いです。
木配り・墨付け
まず、どの材をどこに使うのかを、曲がりやねじれなどの「クセ」、木肌の色や木目、節のありかなど「木味」を見ながら総合的に判断します。その上で「板図」を見ながら、刻み加工をするための印をつける「墨付け」をします。丸太など、不規則な形に組み合う箇所は「ひかりつけ」といって、その形状を相手の木に写し取る作業をします。
継手仕口などの加工
昔ながらの手道具でする場合、「ホゾ」をつくる男木加工はノコギリで、穴を掘る女木加工は鑿を玄翁で叩いてするものでした。今でも仕上げの工程は、手道具で行いますが、大まかな工程は刻み用電動工具でします。
ホゾ加工は「ホゾ取り」で、穴掘りは「角ノミ」や「込み栓角ノミ」といった電動工具ですることが多いです。
また、複雑な仕口の受け部分の加工には「大入れルーター」が活躍します。
仕上げ
材は刻んでいる間にも動いていて、ほんのわずかですが、変形もします。それを修正し、美しい木肌を出すために、鉋がけをします。手でかける人もいますが、超仕上げ鉋盤という機械を据え付けている作業場も多いようです。
製造中止になった
「込み栓角ノミ機」とは?
ところで、プレカットの材は金物で接合しますが、手刻みの伝統構法の場合、込み栓、鼻栓、楔など、樫の木などのかたい木でつくった部材でつなぎます。木と木を「木で」組むので、これを「木組み」と言います。パズルのように組み合った接合部は、しっかりと組まれつつも、大きな地震の時には材同士のめりこみ合う変形性能が発揮されるよう、ほどよく固めます。
現代工法では、木と木の接合部を金物で止めつけますが、木組みの場合「木と木を木で」組みます。その方法は、栓、楔、雇いなど、いくつもありますが、中でも、二つの材を貫通するようにしてあけておいた穴に栓を通して引っぱり合う方法を「込み栓接合」と言います。
あらかじめ作業場で、両方の材に正方形の断面をした「込み栓穴」をあけておいたところに「角栓」を差し、掛け矢や玄翁で叩き締めて、仕口を固めます。
込み栓を打つ穴も、昔は手作業であけていました。まず錐で穴をあけ、その四方を「穴屋鑿(ノミ)」と呼ばれる角ノミで削り落とすのです。都会ではそのようにして、あちらこちらの作業場をまわり、込み栓等の穴を開けてまわる「穴屋大工」という職業もあり、彼らが一日中酷使するものなだけに、穴屋鑿は、強くこじっても負けないよう、柄や軸が太く、長さも少し長く造られていたそうです。宮内建築の宮内さんは、30年前の修業時代、親方に「穴掘りに行ってこい」と言われ、よその工務店に手伝いに出向いたりもしていたそうです。
穴屋大工は鑿を玄翁で叩いて穴をあけていたのですが、その後、回転しながら穴を掘る「ギムネ」という工具がイギリスから上陸することで、穴屋大工は、姿を消し始めます。その後、ギムネと鑿の両方の特徴を兼ね備え、木に四角い穴をあけることを可能にする「角ノミ」が開発され、それを用いる電動として「角ノミ」や「込み栓角ノミ」が登場したのは、宮内さんの修業時代にあたる30年前よりもさらに前のこと。電動で効率よく穴あけのできる機械の普及とともに「穴屋大工」という職種は、消えてなくなりました。
ところが、リョービという工具メーカーから出ていた「込み栓角ノミ DM6C-10」を最後に、2008年以来、製造中止となったままです。今、金物屋にある在庫や出回っている中古品がなくなれば、それを最後に、なくなってしまいます。穴屋大工も、込み栓の穴掘り用の手道具の鑿を作る人も居なくなった今、込み栓角ノミ機がなくなったら、どうなってしまうのでしょうか?
製造中止後の大工たちの動き
「集められるだけ、集め〜い!」
もうすでに入手は困難で、オークションなどでも、かつての売値より高い値段でたまに出るぐらいで、木の家ネットの大工仲間の間でも「手に入らなくなるのでは?」という危機感が高まっています。
宮内寿和 宮内建築(滋賀県大津市)
集められるだけ集めて、仲間に分けました
ほぞ穴あける角ノミであけるのにも、梁なんかは無理があり、かといって、一物件で柱、梁の穴開けるの結構な数あるので、今更5分のキリで開けてから鑿でさらえるのも時間かかるし。 丸栓では、納得いかないし。 やっぱり「込み栓角ノミ機」がどうしても必要。製造中止になると聞いた時に取引先の金物屋に「集められるだけ、集めい〜!」と言ってかき集めて、ほしい仲間うちにも分けました。ほんとに、もうないんですよ。
池山琢馬 一峯建築(三重県津市)
故障も多いので心配
とりあえず、駆け込みで一昨年やったかに、宮内さんにまとめてキープしてもらったやつがあるんですが、なにせ故障の多い機種。今度壊れたらどうしようかと心配です。
これだけ大工の間では危機感の波紋が広がった「込み栓角ノミ機の製造中止」問題について、製造元のリョービの相談窓口にお話を訊いてみました。
リョービ(リョービ お客様相談窓口)ずいぶん前から需要は落ち込んでいて、それでも現場からの強い要望でなんとか、その年まで持ちこたえるのに精一杯でした。1ロット400〜500台という単位で売れる見通しがなければ、作り続けられないです。それだけ伝統的な木組みの技術を使う人が居なくなったということですよね。
ヨハナ (木の家ネット・ヨハナ)使って来た人たちはどうしているのでしょうか?
リョービ電動ドリルで穴あけのできる丸栓にしていっている人も多いようですよ。
ところがこの「丸栓代替策」は、大工からは、評判はよくないようです。
小田貴之 オダ工務店(愛知県蒲郡市)
後施工の丸栓では材同士を「引き寄せられない」
角のコミ栓は刻みの段階で加工します。結合する材が引合うように加工をするので、建方後の隙間が出来にくいです。丸のコミ栓は、建方をした後にドリルで穴をあけて差しますから、結合する材料同士を止めることはできても、引合うまでには至りません。ということで、構造的にも美観的にも「込み栓は、角」ですね。
リョービで生産を再開する見通しがないからといって丸栓に転向することには抵抗があるようです。とはいえ、30坪の住宅規模でも、込み栓のための穴あけをする数は一棟あたり百数十カ所にもなります。すべて手加工するのも、工期とコストを考えると、現実的ではありません。そこで、小田さんは、三重の松井鉄工所にかけあうこととなります。
角ノミ機に込み栓の径の五分または六分の角ノミをつけて、込み栓角ノミ機のかわりにしている、という大工も居る一方で「それでは代わりにならない場合もある」という人も居ます。
綾部孝司 綾部工務店(埼玉県川越市)
角でない材の加工には、やはり込み栓角ノミ機がいい
角ノミ機と込み栓角ノミ機では、材への固定のしかたが違うんです。角ノミ機は、込み栓をあける方向に対して、両サイドをはさむ形、込み栓角ノミ機は、穴をあけるのど同じ方向で材の上下ではさむ形です。耳付きの梁に込み栓穴をあけようとすれば、縦にはさめる込み栓角ノミ機でないと、やりにくいです。
やはり、手刻みをする多くの大工にとっては、込み栓角ノミ機は「無くては困る」電動工具のようです。
建て主家族への思いと木のいのちへの尊敬の念が
手刻みへのこだわりを生む
日本人は古来、木を建築材料をとしてだけ見ていたのではありません。木には「魂が宿る」と信じ、祀ってきました。伝統構法の技術は「木のいのちを生かす技術」として、日本の大工職人にずっと伝承されてきた技術です。
家の構造材が工場で量産されるのがあたりまえになり、大工の多くは現場に搬入される刻み加工済の材を組み立てるだけ、というような家づくりが主流になっています。そうした流れの中にあってなお、手刻みにこだわり続けるつくり手が居るのは、なぜなのでしょうか?
量産住宅は規格型の工業製品であり、そこには「つくり手がその住まい手のために造る家」という「手づくり」や「顔の見える関係」「つくる自由」は、なくなってしまいます。工業製品としてできたものは、性能はそこそこグレードが高くても、あくまでもモノであって「あなたのために」という心を込めてつくられたものにはなりません。
手刻みの家は、昔から地域の大工が家をつくる時にそうであったように、その建て主だけのために一棟造りされるものです。大工は、建て主に「木のよさを最大限に生かした」家を造ることで応えようします。そして、依頼主である建て主だけでなく、家の材料となるために自分の目の前にやってきた「木のいのち」にも、敬意を払う心持ちでいます。木配り、墨付け、刻みといった一連の作業が、その木が、山での生を全うし、家となっても、その木が本来もっている美しさや力強さ、包容力などを十二分に引き出すために、気を配り、手をかける行為なのです。大工の存在意義は、そこにあるといってもよいかもしれません。
建て主への感謝と木への感謝の気持ちが、大工を「一本一本の材料を見て、判断し、手を動かす」手刻みに向かわせるのです。大工の想いがこもり、木のいのちを生かした家づくりをしたい方は、ぜひ、手刻みの木組みの家づくりを!
動き始めた大工たち。
「込み栓角ノミ機を、あのメーカーなら造ってくれるかもしれない!」