やさしくて強い、理想の家を求めて:アイ設計研究室 大前泰秀さん


大前泰秀(おおまえ・やすひで)さんは、できるだけエアコンを使わず環境にやさしく、なおかつ地震や災害に強いという「理想の家」を、愚直に追い求める設計家だ。

拠点である和歌山県有田郡湯浅町に、アイ設計研究室を構えて約30年。理想を体現するために、新しい情報の発掘や、古い建物の修理を通したさまざまなつながりから学びを得ることに余念がない。その背景には、阪神淡路大震災の教訓や、自然素材でものづくりをする職人への尊敬があった。

自然素材フル活用、構造材太くし地震に備え

「いいと思ってることはやっていきたい。思ってるだけじゃ変わらん」。取材中に何度も大前さんから聞いた言葉だ。現場主義で、新しい技術やアイデアを調べ、積極的に取り入れる姿勢は、現在施工中の新築住宅にも見て取れる。

木造二階建て、コンクリート基礎の石場建てのこの家は、「自然に逆らわず、エアコン等を使わなくてもある程度は快適に過ごせる建物を目指していこう」という考えで設計がされているという。

昨冬に棟上げをしたこの物件は、年内完成予定だ

その工夫とはまず、1階、2階の壁のほとんどが土壁であること。「土壁は熱容量が大きく、調湿機能はほかのどんな素材よりも最良」(大前さん)というメリットがある。土壁の外壁部分には、アルミ製の断熱シートを貼る予定だ。外気が暑くても寒くても、室内への影響が少なくなるのではないかという。

環境への配慮という点では、使う土が、近所の古民家を解体した時に出た古土であることもポイントになる。古い土は捨てるにも費用がかかるが、ごみを除けば再利用できる。「繰り返し使えるのが、自然素材のいいところ。接着剤を使ったボードなんかはこうはいかない」と強調する。

竹木舞、土壁、遮熱シートを貼る予定の壁。完成を想像し胸が躍る

それから、屋根瓦の下には、断熱材としてポリスチレンフォームを張り、そこにさらに遮熱シートを貼るという方法を採用した。初めての試みだ。夏場の日照が強い地域なので、何か策が必要だと考えていたという。断熱材にできるだけ負担をかけずに、効果が長持ちするよう工夫をこらして設計した。

また、パッシブソーラーの考え方も取り入れている。同システムは、できるだけ設備を使わず、窓の大小や天井の高低差など建物のつくりによって太陽エネルギーを有効活用し、室内を快適に保つ。

大前さんの設計では、南面の2階の窓を大きく取り、家の空間内に対流を起こす。日光が窓を通過して空気が温められるが、その空気は屋根にぶつかり北側を通って床下の通気口をめがけて下がっていくため、冬場でも家全体を温かい空気が循環すると想定している。大前さんは「床下も室内である」と考えていて、断熱材を入れていない。床下からの対流が促され、北側の結露やシロアリ被害も防げるのではないかという。

床下に断熱材を入れないのは「地域性もあると思うが、ここ(和歌山)ではメリットのほうが多い」と大前さん

夏場は、屋根の真ん中の越屋根を開放して室内の熱気を排出することを薦めている。

構造材はスギを主軸に、吹き抜けが大きいため柱を太く、貫も太くした。地震時の変形ができるだけ小さくなるように考えたという。

地震時には、石場建てで、基礎の上に木材の土台がないことも効力を発揮するという。大前さんは、災害で家が崩れる原因のひとつに土台木材の腐朽があると考えており、最初から設置しないことで「腐らず、めり込みも起きない」と強調する。

土台がないため、柱は決められた位置からずれないようマークをしておく。一般的なアンカーボルトで固定するやり方とは異なる。

阪神大震災のショック、伝統構法や職人との出会い

災害に強い家にするには、どうしたらいいのか?これは、大前さんが試行錯誤し続けてきた命題だ。はじまりは、1995年の阪神淡路大震災。当時は構造設計はいわゆる経済的な設計が良いと思っていたが、震災後に被災地を訪れた時の衝撃が忘れられないという。「頭をガツーンと殴られたような感じ。手掛けていたような新しい家の多くは、壊れていた。これからはもう少し基本にかえり勉強しなければ、と考え直した」と振り返る。

そもそも大前さんは、有田みかんの農家の長男で、古民家育ち。高校卒業後は、ハウスメーカーや鉄工所に勤めた。震災をきっかけに、設計や耐震についての勉強を始めた。古い家の仕組みや、震災でも倒れずに残った家などについてだ。

古民家改修にも積極的に関わるようになり、昔の大工のやり方に触れては、その知恵に魅了された。一例をあげれば、丸太はなるべく繊維を切らずに使うことで、強度を保つという考え方を知った。

有田川町にある築100年を超える醤油蔵のリフォームを手掛けた時にも、家の痛み具合を調査しながら、丸太を丸太のまま使う姿や、接着剤を使わずに木で組み上げる技術など「昔のやり方には驚かされてばかりだった」という。伝統技術の奥深さを、身を持って感じたのだった。

リフォームした醤油蔵は、外観の雰囲気を変えず、店舗を併設した

さらに、古民家改修や文化財の仕事での宮大工、家大工たちとの出会いは、建物との向き合い方を変えてくれたという。彼らは、神聖なものを入れる場所、という精神で建物に向き合っていたのだ。ただもうかればいいわけでなく、ただ技術を磨き伝えるのとも違う職人の気合いが入った姿勢に、心揺さぶられた。

出会いから深まる学び

大前さんが、新しい発見や情報をつかむのは、「出会い」に尽きるという。特に現在は、インターネットで検索すればどんな情報でも手に入るが、本当に面白いこと、貴重なことは、口から耳へと伝わっていることを、大前さんは実感している。

前述の新築物件に取り入れた構法や対流の仕組みなどは、木の家ネットの仲間に教えられたことでもある。大前さんは話を聞き、実際に家を見て学びを深め、納得した上で導入する。

さまざまな出会いを経て1999年、大前さんは事務所を立ち上げ。理想の家づくりにまい進する目標を掲げたが、入る注文は、伝統技術を生かした理想の姿とはほど遠く、現実とのギャップに打ちのめされたこともあった。

2004年頃に製材所の紹介で出会った施主・Kさんから「山小屋のような家をつくりたい」というオーダーがあり、それまで温めてきた木組み、土壁、床下に断熱材を入れない、筋交いもないという構想を提案。構造材はスギが中心となる。

木工を趣味とするKさんには予想を上回る好感触。大前さんが思い描いていた当時の理想の家づくりが実現した。そこで15年暮らしたKさんは「木の匂いがしてリラックスできるし、家が呼吸してるみたいで体がとても楽なんや」と大満足だ。年を重ね寒さを厳しく感じるようになり昨年エアコンを入れたが、それまでは石油ストーブ一台でも「冬は温もりがあり、夏は涼しく快適に過ごせた」という。

Kさんは大前さんを「寡黙で誠実な人」と微笑む。工事中もほぼ毎日現場に足を運んでくれたと感謝するが、大前さんは「大工さんや職人さんに、理解してもらえたことで、自分の考え方は大きくは間違ってなかった、と証明してくれたんです。みなさん、恩人ですから」と照れくさそうに笑った。ひとつひとつの出会いを、大切にしてきた様子が垣間見えた。

さまざまな出会いは、学びを深め、新しい情報を運んでくるとともに、仕事の幅も広げてくれた。

2018年には、和歌山市のある寺の納骨堂の新築工事の設計も手がけるようになった。1階が納骨堂で、2階に仏像が鎮座するという珍しい設計だが、自然素材を使った強くてやさしい建物という理想を体現した。加えて、寺としてふさわしい屋根のたれの角度など、見た目の美しさにも神経を配ったつもりだが、「まだまだ」と満足しない。

今後は、建物の地中熱等の自然の力を活用することで快適な建物にする方法を知り、「取り入れてみたい」とわくわくしながら勉強中だという。

そんな大前さんの事務所は現在、「重要伝統的建造物群保存地区」(文部科学省が2006年認定)の一角にある。この地区は熊野古道の宿場町として栄え、白壁の土蔵、格子戸や虫籠窓など、伝統を感じる家並みが、東西約400メートル、南北約280メートル残る、趣のある場所だ。醤油発祥の地ともいわれている。

事務所は米倉を改装した5メートル×8メートルのスペース。中は土壁塗り、外は下半分がレンガの風情ある作りだ。入ると、壁にびっしり、床にも積み上げられた資料たちが、学びの蓄積を物語る。

現在は2人体制で、新築や古民家改修などあらゆる設計業をこなしている。

それでも、「まだまだ全然知らないことが多く、試してみたいこともある。誰もやらなくても、自分がいいと思ったらやってみたい」と貪欲だ。もっとよくしたい、もっといいものはないか。現状に満足せず、学び続ける大前さんだからこそ、出会いが出会いで終わらず、次の展開へとつながっていくのだ。

● 取 材 後 記 ●

今回の取材の待ち合わせに、バイクで登場した大前さん。風を切りながら、新緑がまぶしい和歌山の山道を颯爽と走る姿は、とても気持ちよさそうだった。

軽い気持ちで「バイクがお好きなんですか?」と尋ねると、「電気も石油も、なるべく使いたくないんや」とぽつり。信念が徹底している。そう感じた。

私たちが暮らす日本は、地震大国といわれる。安心、安全な家づくりや、いざと言う時のライフラインの確保など、不安要素は数え切れない。それでも、のど元過ぎれば熱さ忘れるということわざの通り、せわしない日常の中で、そのようなことに向き合うことは後回しになってしまう。恥ずかしながら、私もその一人だ。

人にもものごとにも、きちんと向き合い、学び、実行する人。大前さんは、そんな人だった。

「いやいや、木の家ネットの人たちはみーんな、自然素材を使ったやさしい暮らしを提案したいって、勉強しとる。俺なんて恥ずかしいくらいや」と、照れる姿もまた、彼の魅力となっていた。

アイ設計研究室 大前泰秀さん(つくり手リスト)

取材・執筆・撮影:丹羽智佳子