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第三回これ木連フォーラム「伝統構法はこれからどこへ向かうのか?」の報告


関西フォーラム
パネルディスカッションを
主要な発言から展望する

3カ年計画で進められている伝統木造住宅の性能検証・設計法構築事業。事業予定の折り返し地点を越えた今の時点で、事業はその目的を達成する方向へと進んで来ているのか。

それが、関西フォーラムのパネルディスカッションの焦点となりました。詳細な流れは全発言録に譲りますが、ここでは、主な登場人物の要点となる発言を取り出して、整理してみたいと思います。

会場より「石場立ては伝統構法の主要な要素である」

伝統木造には金物結合によらない木組み、差鴨居、貫構造、土壁など、現代工法とは異なる要素がいろいろありますが、中でも建築基準法で扱いにくいのが「石場立て」です。これは、石などの独立基礎の上に上部構造をのせただけの、いわゆる「足元フリー」の建物です。建築基準法では「上部構造は基礎に緊結」が大前提となっており、石場立ては、そこから大きく逸脱しています。

それが築200年以上にもなる立派な武家屋敷であろうと、時代を経て生き残って来た民家であろうと「上部構造は基礎に緊結」を求める建築基準法からみれば、「既存不適格建物」としてくくられてしまいます。それでも、なんとか限界耐力計算を使いながら「性能規定」で石場立てを建てる道が2000年以降には拓かれたのですが、2006年6月の改正基準法で、その道も実質上、閉ざされてしまいました。 今回の事業でこの石場立てが救われるのかどうかが、実務者にとっては大きな関心事となっています。パネルディスカッションの前半に、会場への次のような問いかけがありました。

・伝統構法といえば、足元をとめないものであると思うか? ・伝統構法の建物は、足元をとめるべきではないと思うか? ・足元をとめない建物の実験をしてほしいと思うか?

以上3つの問いについて「はい」「いいえ」「分からない」で挙手を求めたところ、会場の大多数が「はい」と答えていました。

越海室長:「ピアチェック送りに伝統構法の4号物件がまぎれこんでくるとは、想定外であった。だから、それを救うために、伝統構法の木造住宅についての設計法構築の事業をおこした」

改正基準法後に「これでは伝統構法が続けられない!」とこれ木連が国に対して声をあげたのは、この石場立て問題があったからでした。

石場立ての建物を合法的に建てるには、建築基準法の仕様規定からはずれるため、限界耐力計算を使って構造安全性を証明する性能規定という道を選ぶことになります。

鈴木祥之先生が中心となってまとめた「伝統構法を生かす木造耐震設計マニュアル〜限界耐力計算による耐震設計・耐震補強設計法」(実務者の間では「関西版マニュアル」と呼ばれています)が2003年に発表されたことで、伝統構法関係者はこれを用いて構造安全性の説明をすることで、石場立て建物の確認申請を出してきました。 ところが、改正基準法以降、限界耐力計算を使えば、必ず「ピアチェック(=構造適合性判定、略して、適判)」というルートにまわることになりました。ピアチェックとは、マンションやビルなどの大規模建物についてなされる、莫大な費用と時間がかかる審査で、特定行政庁ではなく、中央に送られます。

「限界耐力計算を使えば、ピアチェック送り」となったことで、制度上の可能性として残されてはいても、住宅程度の予算規模やタイムスパンでは「石場立ては、実質上不可能」(よっぽど構造計算にお金を出してくれるまでの余裕がないお金持ちは別として)となってしまいました。

改正基準法での限界耐力計算の厳格な扱いのために、本来の狙いとは関係ないところで伝統木造が「ピアチェック送り」の対象となってしまったことについて、越海室長は今回のフォーラムで「想定外だった」と表現をしています。そして、想定外な事態の尻拭いとして、いろいろ考えた末、次のような方針を立てたというのです。

越海室長:「伝統構法だけを特別扱いするような、保護的な、適用除外という道は選ばず、コンクリートや鉄骨と同様、性能規定化をするという道を選んだ」

越海さんは、基準法の仕様規定と、ピアチェック送りとの間に分布する、かなり幅のある伝統木造の諸事例に使える設計法として「簡易設計法」と「詳細設計法」とを構築するよう、事業の主査である大橋好光先生に発注したわけです。

では、事業の結果としてでてくる新しい設計法は、現時点でどのようなものとしてイメージされているのでしょうか?

大橋好光先生:「この3年間で、差鴨居、貫、土壁、伝統的な接合部を使った工法については適用できるようにはします」

この発言に足元フリーというキーワードは、でてきません。カバーしているのは、足元の移動は拘束した状態での、上部構造についてのみです。昨年の実大実験でも左右の移動を拘束した形での実験棟で倒壊に至る挙動をデータをとりながら観察し、今年さかんに行われている要素実験で、さまざまな寸法、樹種についてのデータのバリエーションをとっています。そうしたものを使いながら足元をとめつけるものに関しては、救おうということなのです。

大橋好光先生:「上部構造の設計法をきちんとつくらないうちに足元の議論をするのは、時期尚早であろう」

という発言もありました。越海さんが発注した「想定外でピアチェック送りになった伝統構法を救う設計法を考えてくれ」という依頼に対して、足元をとめつけたものについては、答を出せるが、足元フリーのものについてまでは、3年間ではとてもできない、というのです。

「そもそも、この地域性、素材、つくり手の技量など均質でない要素ばかりでできている伝統構法の解析が3年でできるはずがない。これは、基準法ができて以来60年間伝統構法を放置してきたツケであり、科学的解明に至るには20~30年かかるかもしれない」と、実務者としてディスカッションに参加している古川さんは言います。それはそれで、当然というべきことで、むしろ、3年でできるわけがないことなのでしょう。しかし、だからといって、 現時点で科学的に解析しきれないものは、建ててはいけないということになってしまうのでしょうか?

大橋好光先生:「簡易設計法は、ある程度仕様を限定することで、計算書がいらなくていいようにする。詳細設計法には、自由度をもたせる分、データや計算書は自分で相当がんばって提出しなくてはいけない。データを揃える、書類を書くということができない人は、簡易設計法の仕様の中でしていただくほかない」

簡易設計法は、当然、足元固定が大前提です。足元がフリーになる石場立ては、もちろん入っていません。「そもそも、限界耐力計算は躯体の応答しか書いてないです。足元が動く計算できると思っている人がいるとすれば、それは勘違いですよ」と大橋先生は言います。足元が動かないことを証明することができなければ、限界耐力計算を使うこともできないので、詳細設計法にすらかかりません。足元フリーのハードルは相当高そうです。

大橋先生としては「足元をとめつける伝統構法については、できるようになるんですから、それでよいでしょう?」とおっしゃるのですが、釈然としない感じです。

それでも足元フリーの石場立てを、という声が実務者からあがっていることについて、大橋先生は新たなワーキンググループをつくりまhした。「設計TTの中に足元をとめつけないで設計法があり得るかを検討するワーキンググループをつくりますので、その報告は必ずします」とのことでした。「あり得るか」まで行きつくかどうか、で、実務者が足元フリーの石場立てをできるというイメージからはまた遠い感じです。

結局、2006年6月以降、適判送りになってしまった足元フリーの石場立て建物は、大橋先生がつくる設計法では「救われない」ようです。当初、越海さんのつもりとしては「救う」事業であったはずですが…。

ところで、話の流れの中で、大橋先生はこうも言いました。

大橋好光先生:「今作っている設計法が建築行政会議でそのまま採用されるとは限らない」

そもそも大橋先生がつくっている設計法がどう法律として運用されるかには、行政レベルの判断がからんでくるようで、事業の結果としてでてくる設計法がそのまま法律へとつながると決まっているわけでもないようです。

ということは、大橋先生のつくる簡易設計法は、伝統構法を規定する強制力をもつものとしてではなく、ピアチェックにまわすことなく構造安全性を証明するための「ひとつの選択肢」として位置づけられるにすぎない、ということでしょうか? その選択肢を採用するかしないかは、実務者次第?

とすれば、大橋先生のつくる設計法が選択肢とはなり得ない建物についても、ピアチェックにまわらない「別の選択肢」があってもよいのではないでしょうか。「関西版マニュアル」がその「ピアチェック送りにならない、別の選択肢」とはなり得ないのでしょうか? 越海室長に突っ込んで訊いてみたかったところです。

ところで、この事業の発注をした越海室長は「足元フリーは時期尚早、設計法にはまだもりこめると約束はできない」という大橋先生とは少し毛色のちがった発言をしています。

越海室長:「来年、一棟だけ、足元をとめない石場立てで揺らしてみたい。その一棟をどういうものにしたらよいか、みんなで考えて、意見集約ができますか?」

これは、大橋先生の登場に先立つ、パネルディスカッション第一部での「伝統構法の建物を考えるのに、足元フリーの石場立てははずせない」という会場の意見にこたえる形での発言です。

実務者としては、大橋先生のつくる設計法では足元フリーの建物をカバーできないので、伝統構法を生かす木造耐震設計マニュアル〜限界耐力計算による耐震設計・耐震補強設計法」(通称・関西版マニュアル)を使って確認申請できていた、2006年6月以前の状況に戻してほしいと考えていますが、「関西版マニュアルには足りないデータがたくさんあり、構造安全性の証明には不十分」と大橋先生は言います。越海さんが約束した実験をすることで、簡易設計法・詳細設計法では救われない、足元フリーの石場立ての構造安全性証明のための道筋を補えないものでしょうか?

「一棟だけの実験。そのための具体的な提案ができますか?」という越海室長の投げかけに、答を出せるかどうか。そこは実務者の踏ん張りにかかってくるところです。

さて、その「関西版マニュアル」を世に出し、限界耐力計算で伝統構法の建物の安全性の証明する道筋を拓いた鈴木祥之先生は、伝統構法の扱い方や今回の事業について、なんと発言されているのでしょうか?

鈴木祥之先生:「大工棟梁さんの技や知恵は、まだ解明されきってはいないが、これからの先端的な技術になりえる。さまざまな要素がからみあっているそのすべてが科学的に解明されていなくても、設計そのものは可能。あまり細かな仕様規定に走らず、性能規定型の設計法を活かして、地域性、多様性を組み込めるゆるさ、自由度を確保するのがよいと思う」

「分かることを積み上げていく。分かったことはできるようにする。分からないことはできるようにするわけにはいかない」と言う大橋先生とは、スタンスが違います。「分からない部分があっても、設計そのものは可能」する鈴木先生にはの、これまで地震調査の経験に裏打ちされたという根拠があります。

「伝統構法の建物を被害調査では、ほとんどの建物は滑ってない。足元をとめつけなければならない、ということにするのであれば、実際の被害報告をきちっと調べるべき」「自由度の高い設計法にするなら、書類を揃えなきゃならないというが、棟梁さんがつくられる軸組で長期荷重に問題があることは、ほとんどない。といって、ノーチェックでは安全性の確認ができないので、普通使われる部材についてデータベースを整備して、それを引用すればいいということでよいのではないか」と、鈴木先生は言います。

鈴木祥之先生:「伝統構法の木造住宅の設計法としては、従来からずっと建て続けられて来ているものをきちっと見せた形でつくるべき」

まず、よい伝統構法の建物は、それが科学的に解明できないとしても残せるようにする、ということが優先事項としてにある。「耐震的に安全ということが科学的に証明できるものだけ残しましょう」というのとは微妙に違います。伝統構法の全貌の方が、現時点で科学的に証明できる範囲よりも広い。その広がりを否定しない、というのが鈴木先生の考え方です。 「解析できないものを認めるわけにはいかない」という大橋先生と「概ね大丈夫なものはくくれる、ゆるやかな設計法を」という鈴木先生と違いについて、古川保さんは「大橋先生のアプローチは、風邪ひいて『ゴホンと言ったら、その原因を遺伝子レベルまで研究する』感じ。鈴木先生のアプローチは、『ゴホンと言ったら葛根湯』経験的に大体、これくらいだったらいいだろう、という感じ」と表現しました。

正確さ、厳密さという意味でいえば、大橋先生の方が研究者として正統なスタンスかもしれません。しかし、両者のどちらがどの程度の幅や汎用性をもっていまある伝統構法の建物をくくっていけるか、どちらが既存の建物を含め、残していくことにつながるのでしょうか。スタートの姿勢の違いで、道は大きく分かれそうです。実際の事業の行く末は、主査である大橋先生が握っているわけですが・・・。

前述の古川保さんはこう主張しました。

古川保(設計士):「今やっと研究をはじめたところで、3年めの時点で分かった分だけを許可するというのでは、伝統構法は残らない。研究しなきゃいかんことと運用とを、分けて考えるべき」

「今、大橋先生が研究していることは、大事なことだし、将来的には解明していった方がいいことではあるが、解明できるまではまかりならんということでストップをかけていたら、それまでの間に伝統構法は消滅してしまう」ということです。

最後に、大工の宮内さんの発言の全文をそのまま、引用します。なお、こちらからは、動画でもご覧いただけます

宮内寿和(大工):「僕らが建てられるのは、年間ええとこ、3軒か4軒やな。そういう施主さんがあらわれてるわけですよ。それができないとなると、死活問題なんよな。生活してかなならんもんな。それが、行政のどうのこうので辛抱なさいと言われるほど情けないことないな。技術がないわけでもないし、お金がないわけでもない、それを望んでる人がいないわけでもない。あんたに建ててほしい。こういう家を建ててほしい。そういう人もいるのに。


2006年までは建てられてたわけですよ。それがあの姉歯の事件で、それは越海さんが言われたように伝統構法がその中に入ってくるか思わんかった、ということかもしれんけど、その一言、すっごい罪やとぼく、思いますよ。それ毎月ね、給料入ってくる人はええかもしれんけど、ぼくらね、釘打ってなんぼなんですわ。


それをね、これができるまで待てとかね、そんな問題、ちゃうなあ。建ててくれ、言わはる人のために一生懸命努力してやってるんですわ。それがたかだか姉歯の問題ひとつで、こんだけの人間が、こんだけつらい思いして、施主さんが建ててくれ、言わはるのに、行政があかんから建てられませんて、自分が悪うないのにな。ほんで解析できひんから、安全でないか確認できひんから、許すわけにいかへんて言われたってな。そんな問題ちゃうやんな。何が悪いんや、と、訊きたい。


親父からこの代受け継いで、最初に言われたことは「親方になる人間はな、家一軒つぶしてやり直す覚悟がないとあかんのや」と。建ててる人間はね、自分の仕事に関してはいのちかけてるわけですわ。そういう人間を規制して、4号特例で建ってる、筋交計算もせえへん家を何も規制せんと見逃して。今、ああいう建売住宅とか、簡易に建てられとる住宅がどんなにひどいもんかということ無視して。ほんで、一所懸命やろうとしてる人間、人によろこんでもらおうと思って建ててる職人ばっかり締め付けるようなことを、なぜ国はするんですか。考え方が違うんじゃないですか。


これがね、ほんとにこれから未来につながってることになるんですか。勝手ですやん。ものすごう勝手なことにぼくら巻き込まれて、計算ができんかったら、解析できんかったらって、そらま今の時代ですからそういうこともできんとあかんかもしれないけど、できたんですよ。それまで、できたんですわ。それが、あの2007年6月の法改正があってから、ぼくらが建てて来た建物、全部、既存不適格住宅、欠陥住宅ですわ。こんな馬鹿な話、ないですやん!


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