川越市で行われた、気候風土適応住宅の勉強会
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気候風土適応住宅のススメ


2017年4月26日、「木の家ネット・埼玉」の主催で、気候風土適応住宅の勉強会が行われました。川越で設計施工の工務店を営む綾部孝司さんが講師となり、現状の説明と省エネ計算の実務の実際を紹介をしてくださいました。

要旨

講師をつとめた綾部孝司さん

2020年以降はすべての住宅が適合義務対象となると言われている省エネ基準において、外皮性能の適用が除外され、基準一次エネルギー消費量も緩和となる「気候風土適応住宅」という枠組みができました。木の家ネットのつくり方にとっては、朗報です。これまで建築士会連合会やJIAメンバーと連携して「省エネ達成には、外皮性能向上以外にも道があるはず。外皮性能だけを評価する省エネ基準では、伝統木造住宅がつくれなくなるおそれがある」と訴えてきたことがようやく実った、という感があります。

とはいえ、省エネ基準が義務化された場合、2020年以降すべてのつくり手が省エネ基準に適合しているかを自ら計算をしなければならないことに変わりありません。その上で「気候風土適応住宅」として申請し、認定してもらう必要があります。ですから、省エネ計算は誰もができるようになる必要があります。

また「気候風土適応住宅」の認定基準は、全国一律ではなく、地域の気候風土に応じたものとなり、基準作成は各特定行政庁に任されます。この基準作成に、実務者として積極的に関わっていくことも、今、とても大事です。

川越での講演では (1)省エネ計算ができるようになること (2)地域での気候風土適応住宅認定基準に積極的に関わること のために必要な情報が共有されました。以下、講演の内容を、実務で使える形にまとめ直して、ご紹介します。

勉強会の会場となった川越市の喜多町会館

建築物省エネ法とは?

建築物省エネ法(建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律)が2015年7月1日に国会で成立しました。1979年に石油ショックを背景として「エネルギーの使用の合理化に関する法律」が生まれ、産業、業務、運輸、民生の各部門において省エネをしていくことが国の方針として示しされました。この方向性を、建築分野に実現しようとするのが建築物省エネ法で、具体的な内容としては「省エネ基準への段階的適合義務化」を主眼においています。2020年には、住宅部門を含め、建築分野全般にわたって国が示す省エネ基準に適合することが義務化される予定です。

この「省エネ基準」はこれまでに何度か改正されてきていて、今のところは努力義務にとどまっています。基準は「断熱化すれば省エネになる」という考えに基づいており、壁や床、天井に断熱材を入れ、開口部の建具の断熱性能をあげることで建物の「外皮性能」の数値を一定以下にすることが求められます。

現在示されている「28年省エネ基準」では、外皮性能だけでなく、設計段階で暖房、給湯、照明、換気、家電など、その建物の1次エネルギー消費量の総和を計算し、その値を設定された基準以内に抑えることが求められます。

2020年の完全義務化までのスケジュール

国では、建築物についての省エネ基準として

  • (1) 外皮性能基準
  • (2) 一次エネルギー消費量基準

この二つを地域別に基準値を示しています。

現在では、

  • 2000平米以上の非住宅建築物の新築・増改築
  • 300平米以上の住宅を含む建築物の新築・増改築

については、省エネ基準に関する義務が課せられています。

まず「2000平米以上の非住宅建築物」については、確認申請の前に、省エネ基準に適合しているかの判定を受け、確認申請時にその建築物が省エネ基準に適合しているという認定証を添付しなければなりません。この認定証を「適合判定通知書」というそうです。

「300平米以上の住宅を含む建築物」については、着工する21日前までに省エネ基準に適合しているかを計算し、その結果を届け出なければなりません。ただし、「2000平米以上の非住宅建築物」とちがって、適合義務は課せられていません。設計者に省エネ計算の「練習」をさせる、ということあわせて、どのような建物でどのくらいの数値がでるのかを行政側でもリサーチしたいという意味合いもあるようです。

現在のところ、小規模住宅については省エネ基準適合義務も届出義務もありませんが、2020年に省エネ基準が義務化されれば、面積に関係なく、また届出だけでなく基準への適合性を求められるようになる予定です。

現在は省エネ基準を達成することは義務ではありませんが、基準達成を条件にした数々の補助金制度などの誘導措置は行われており、省エネ基準の達成度合いが住宅の性能を表示するめやすともなっており、差別化はすでにはじまっています。

HEAT20やZEHでは、H25省エネ基準よりも より高い性能を求める(UA値は、小さいほど外皮性能が高い)

義務化にむけて全国で
「住宅省エネルギー講習会」を開催

面積に関係なく、基準への適合性を求められるようになる「2020年の省エネ基準の義務化」に先立って、国交省では「住宅省エネルギー技術講習会」を全国で開催、実務者の啓蒙をはかっています。

講習会の目的は「新築住宅における省エネ基準適合率を平成32年度までに100%とすること」です。講習料も低く抑えられており、受講すると分かりやすいテキストも手に入ります。講習には施工者向け、設計者向けとがあり、下記のサイトで各地の開催情報を調べることができます。つくり手のみなさんは、ぜひ参加することをお勧めします。

講習に出席することでもらえるテキスト。「基本篇」「設計篇」「施工篇」があり、さらに、RC住宅を意識した「沖縄篇」、北海道を意識した「1〜3地域篇」があります。上記サイトの「研修資料デジタルブック」のコーナーで閲覧もできます。

とはいえ、講習会に出席しただけでは、なかなか省エネ計算は身につきません。自分の物件で実際に計算してみるのが一番!です。このコンテンツの続きとして、次々号で「大工が初めて省エネ計算に挑戦!」特集を組みますので、お楽しみに!

建築物の省エネルギー性能を達成するには?

一次エネルギー消費量基準をクリアしているかどうかは、国が用意しているプログラムで判定をします。一次消費エネルギーのシミュレーションプログラムでは、それぞれの分野で、用いている設備機器を選択するようになっていて、断熱化向上による外皮性能向上以外にも、住宅のインフラを支える設備面でも省エネのための工夫を求められていることが分かります。設計段階で次のような仕様を選択することが、要請される基準値をクリアするポイントとなります。

  • 冷暖房:効率のよい冷暖房設備を選ぶ
  • 給湯:低エネルギーで給湯できるものを選ぶ
  • 照明:白熱灯をやめ、LEDなどにする
  • 換気:24時間換気が必要な場合、効率のよいものにする

しかし、プログラムにはまだ疑問ものこります。選択肢にないもの、たとえば暖房において薪ストーブを使っていれば、それは「効率の悪いエアコン」と同等の、大きなエネルギーを使うものと見なされてしまいます。薪ストーブでは、電気もガスも、化石燃料も使うことはありません。むしろ、伐り捨て間伐により森に放置される場合のCO2放出量を削減することに寄与するのに「効率の悪いエアコン扱い」とは、いかがなものでしょうか。

また、四国や九州などの、低温になる日数が少なく、またたいして気温が低くならないような地域では、コタツや家電型の放射型ストーブなどを間歇的に使用するだけで暖を取る、という暮らしも少なくありません。そのような場合でも、やはり選択肢がないので「効率の悪いエアコン扱い」となってしまいます。使用エネルギーは「効率の悪いエアコン」よりは低いような気がしますが。

このようなさまざまな暮らしのシーンからの指摘は、省エネ基準に関するパブコメに多く寄せられていました。プログラムは国立研究開発法人建築研究所のサイトでオンラインのプログラムとして提供されていますが、国民の意見を反映するよう、頻繁にバージョンアップを重ねているようです。2020年までに国をあげての義務化をするのであれば、それぞれの地域での多様な暮らしぶりを把握し、全国民の理解を得られるようなプログラムとしていただきたいものです。研究所の叡智を集約した、さらなるチューニングを望みます。

省エネ基準適合判定とは

省エネ基準適合判定において、基準達成のチェックをすべき計算が3通りあります。

  • (A) 外皮平均熱貫流率 UA値
  • (B) 平均日射熱取得率 ηA
  • (C) 一次エネルギー消費量

この3つの値が、国が地域別に設定する基準を達成していれば「省エネ基準に適合」していることになります。(奄美から新潟までが同じ基準?という問題はありますが)

地域区分の地図
地域区分とUA値。5,6,7の地域が、UA値0.87と、同じ値。

省エネ計算の意味
(A) 外皮平均熱貫流率 UA値

建物が、どれくらい外界の自然の影響をどれくらい遮断できているか、という「外皮性能 UA値」を求めます

なにをアップすれば外皮性能が向上するのでしょうか?

  • 開口部:窓や建具を小さくする。断熱性能が高いものを使う。
  • 開口部以外:断熱材を分厚く、性能のよいものにする。

南面を大きく開放した開口部、自然系の断熱材、工業製品でない木製建具などは、外皮性能においては、不利にはたらきます。

省エネ計算の意味
(B) 平均日射熱取得率 ηA

夏の陽射しを遮蔽することが室温上昇を防ぎ冷房効率をよくします。冬の陽射しは、取り込むことで暖房効率があがります。南にいくほど夏の遮蔽率のよさが、北に行くほど冬の日射取得率が求められます。

開口部の窓の断熱性能や、軒の出かたがこの数値には関係してきます。

外皮性能・平均日射取得率の
計算に使用するプログラム

プログラム

「外皮平均熱貫流率 UA値」と「平均日射熱取得率 ηA値」を計算するプログラムは、住宅性能表示協会や現在サッシメーカーなどから、何通りか無償でも提供されています。

要素を選択していくことで、外皮性能計算ができるエクセルのシート。これはYKK APが配布しているもの

プログラムに代入する主なこと

(1) 断熱材仕様

断熱仕様ごとの面積と断熱仕様とを選んでいきます。天井、壁、屋根それぞれが、断熱材や木材、建材からなる「サンドイッチ」のような構成となっているはずです。

壁の仕様例 提供:ビオフォルム環境デザイン室

その構成について、エクセルで各構成要素の名称と厚みを「レタス1mm、ハム3mm、パン10mm」というような要領でひとつひとつ選択し「その構成のサンドイッチ」がどのくらいの面積であるかを代入します。サンドイッチの構成が変わるごとに区切って、作業を繰り返します。

(2) 開口部仕様

上記のサンドイッチには建具や窓がはまっているところもあるはずです。計算をしたあとで、建具や窓の種類を選び、どの方位にどのくらいの面積のものが入っているかを指定します。ここで代入した情報が、平均日射取得率にも連動します。

プログラムの選び方

各メーカーから提供しているプログラムでは、自社製品の製品情報をのせていて、断熱材、窓、サッシなどの種類を選べるプルダウンメニューに製品名や厚みがでてきます。そのプログラムのプルダウンメニューに使っているものが現れない場合には、製品情報を自らあたり、手入力で代入しなければなりません。

森林文化アカデミーの辻充孝先生が開発した「環境デザインサポートツール」が、木組み、自然素材の断熱材、木製建具といった構成の住宅には使いやすいようです。日射取得率の計算をするのに、軒の出の構成を詳細に入れることができ、建物の実態に迫れるのも魅力です。このプログラムは、辻先生の講演会に出席すると、計算をすること前提で配布されます。(この特集の続編として、次回、辻先生のプログラムを使って計算をしてみるというコンテンツを公開予定です)

辻充孝先生(森林文化アカデミーのWebサイトより)

省エネ計算の意味
(C) 一次エネルギー消費量

設計段階で、その建物がどのくらいエネルギーを消費しそうか、面積や外皮性能、使用する冷暖房や給湯機器など、設計条件をプログラムに代入してシミュレーションします。これを設計一次エネルギー消費量といいます。

設計一次エネルギー消費量 < 基準一次エネルギー消費量

となることが求められます。基準一次エネルギー消費量は、その建物の広さ、主要居住部とそれ以外の割合、外皮性能、家族の人数といったさまざまな条件から算出されます。エネルギー消費量は年間の消費量としてギガジュールで表記されます。

一次エネルギー消費量計算(国土交通省発行:「住宅・建築物の省エネルギー基準 平成25年改正のポイント」より)

プログラム

「基準一次エネルギー消費量 」「設計一次エネルギー消費量 」を計算するプログラムは、建築研究所でオンラインで使えるサービスとして提供されています。

省エネ計算の矛盾点

省エネは外皮性能でしか達成できないわけではありません。外皮性能は悪くても、低いエネルギー消費量で生活できるような家づくりや暮らし方が実際にあります。

その代表となるのが、日本の伝統的な木造住宅です。縁側や土間などの開口部が大きく、土壁や落とし込み板壁といった、基準に合わせた断熱材が入れにくい構成、木製建具や石場建てなど「外皮で室内を外界から遮断する」のではなく「内部と外部がゆるやかにつながる」中で、季節に応じて暮らす、生活がそこにはあります。外皮性能が低いからといって、エネルギーを浪費するわけではありません。

「外皮性能をあげること」は省エネの「ひとつの道」ですが、別の道で省エネを実現できる可能性を、同じ計算では表現できないことが問題として指摘されています。

外皮性能をベースとした省エネ計算にはそぐわないという理由で日本の住文化である伝統木造住宅がつくりにくくならないよう、国会の国土交通委員会の附帯決議がなされ、外皮性能を適用除外とし、一次エネルギー使用量についても緩和措置される「気候風土適応住宅」という枠組ができました。

木の家ネットのつくり手のつくる家の多くは、省エネ基準をクリアするのにこの「気候風土適応住宅」を用いることになると思われます。次ページで詳述します。

1ページ目のまとめ。

  • 2020年以降は小規模住宅でも必ず3種類の省エネ計算をしなければならない
  • 計算結果を特定行政庁に届け出なければならない
  • 計算結果が国の示す基準以下におさまるような設計でなければならない

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