限りある資源を大切に使うことは、現代社会にとって、大きな課題です。その重要性は、年々、ますます高まってきています。 建物についても、環境性能が求められるのは当然で、国はまざまな建物について作って来た「省エネ基準」を義務化する方向で進んでいます。規模の大きな建物からこの義務化が進められていますが、2020年には義務化は、300㎡未満の建築にも及びます。そのため、新築住宅を作る際には「夏の冷房時に27度、冬の暖房時に20度」を保てるように断熱化をはかること、一次消費エネルギー量が一定の枠内におさまるように設計することが、求められるようになります。これが「改正省エネ法」の中身です。
「省エネ」自体は、もちろん推進すべきことなのですが、高気密高断熱住宅を前提としてつくられた平成25年度基準では、「実態としては環境性能が高いのに、基準をクリアできない」場合がでてきてしまいます。その代表例が、断熱材を入れることのできない「真壁づくりの土壁」です。 日本の原風景を作って来た、そして環境負荷は低いのに、伝統木造の基本ともいえるつくりかたができなくなることに、木の家ネットをはじめとする実務者も、そして、心ある建築関係者も、大きな危機感をおぼえています。
改正省エネ法の施行に先立ち、住宅・建築物の省エネ基準に関するパブリックコメントが、この12月末から1月にかけて、募集されます。そこでの「公衆の意見」を反映して、「改正省エネ法」アウトラインは確定します。今回の緊急特集では、このままの形で進んで行くことに疑問と危惧を抱いている、木の家ネットとしての意見をまとめてみました。
パブリックコメントの募集要項はまだ公示されていませんが、明らかになり次第、このサイトのトップページにてお知らせします。このコンテンツを読んで「これは、放っておけんな!」と思ったら、あなたの意見を、パブリックコメントで国に届けてください!
関連して、12/13には改正省エネ法で特に危機にさらされる、木組土壁の伝統木造の温熱的特性をめぐって「伝統的木造住宅はどこにむかうか」フォラムも開催されます。
■「伝統的木造住宅はどこにむかうか」フォラム
http://www.kenchikushikai.or.jp/news-data/energy_saving/forum2.html
まずは、木の家ネットのつくり手の声から、いくつかご紹介しましょう。
宮越喜彦 木の家づくりを応援する木住研(埼玉県入間市)
強制しようとしてるところに問題がある
「低炭素社会」「省エネ」の主旨を共有できる部分は多々ありますが、それを錦の御旗として技術基準を「義務化」しようというところに根本的な問題が潜んでいます。温熱性能のランクは従来どおりに努力すべき目標として、自主的に取り組んでいける仕組みが健全なはず。
冬寒かったり、夏暑過ぎたりするような生活を望んでいる人はほとんど居らず、様々に工夫しながら生活していると考えています。国としてより推進すべきことであるなら、エコポイントやフラット35などの税制優遇政策をし、それを国民が自ら選択できることが望ましい姿だと思います。
新基準で断熱性能を高めることは、従来より戸当たり50万円程度以上の建設コスト増となるとの試算もされています。「義務化」とはこの負担分の補填措置が無いことと解釈したほうがよいのでしょうか。だとするとこれも困った問題です。
林美樹 ストゥディオ・プラナ(東京都杉並区)
まとう自由
人は体温を保つため、体調や運動量などに合わせて着衣で調整します。住宅の外皮は言ってみれば、外気と人との間にある、もうひとつの「衣」のようなもの。ですから、「良い塩梅」は地域や個人でかなり幅があって当然です。それを、一定の室温や断熱性能で画一的に数値を決めて義務化するということに疑問を感じざるをえません。
綾部孝司 綾部工務店(埼玉県川越市)
あたりまえな家づくりが?
あたりまえにつくられてきた家が、あたりまえにつくれなくなる日が来る事があたりまえになってしまう世の中は、あたりまえではない気がする。自然体での家づくりの求めに対し、それに答える事が出来ないのはおかしい。省エネが目的であるならば、総エネルギーで考えることが自然ではないだろうか。家電に頼らないで暮らそうとする人もいるが、何故家電を減らして省エネルギーを目指そうとしても基準が無いのかが不思議でならない。
山田貴宏 ビオフォルム環境デザイン室(東京都国分寺市)
環境性、省エネ性は、今の時代の要請
伝統木造も、時代の社会的要請の中での進化していくものです。現代の要請はやはり環境性、省エネ性でしょう。建築の自由度を確保しつつ、どのようにしてそうした要請に応えていくのか。現代の民家を考えるにあたって、そのような視点も必要だと思います。
丹羽明人 丹羽明人アトリエ(愛知県小牧市)
薪ストーブを正しく評価してほしい
これまで携わった家造りでは、随分多くの住まい手が薪ストーブを希望し、設置してきました。言うまでもなく室温を上げ過ぎずに暖まる輻射暖房の快適さを求めてのこと。薪ストーブを家造りに採用したのは、バイオマス燃料の活用は省エネにも繋がるとの思いからです。現在、林野庁の木材利用ポイント事業の中でも推奨されています。また、窓からの通風と扇風機の風を良しとされている方は沢山います。エアコンを回すよりも、環境への貢献度は高いはずです。
ところが、改正省エネ法では、「薪ストーブ」も「扇風機」も、冷暖房設備機器の選択肢にないばかりか、一次エネルギー消費量の計算式に入れると「効率の悪いエアコン」という低い評価となってしまうのは解せませんし、とても残念です。
古川保 すまい塾古川設計室(熊本県熊本市)
住まい手が自由な選択の中で選ぶべきこと
省エネは大事なことで、目的に反対ではないが、その方法は、住まい手が自由な選択の中で選ぶことが望ましい。暖房エネルギー削減のために、建築費用を坪あたり3〜4万円坪アップする工法を義務化するのは、おかしい。奄美大島でも新潟と同じ180㎜の断熱材を入れさせるのはおかしい。
持留ヨハナ モチドメデザイン事務所(山梨県北杜市)
ゴールは省エネではなかったの?
作る時も壊す時も環境負荷が小さい 地域の山の木で職人がつくる木組土壁の家でほどほどの暑さ、寒さも楽しみながらエネルギーを無駄に使わないエコな暮らし。それが、2020年の「改正省エネ」で、できなくなる!? ゴールは省エネであるはずなのに? なんのための義務化なのか、原点にかえって、考え直した方がいいのでは?
日高保 きらくなたてものや(神奈川県鎌倉市)
光熱費値上げの方がよっぽど効果的!
空調設備機械を使って国が定める室温を一律に維持することが大前提のような議論になっているようですが、本来は、実際に使用するエネルギーが低く抑えられればよいはずです。であれば、外皮性能の数値や設計一次消費エネルギーによるのではなく、実際の消費エネルギーに応じて課金する、つまり単純に「石油・ガス・電気といった光熱費を高くする」方が、よっぽど効果的なのではないでしょうか? そうなればみんながんばって省エネしますよ。
高橋昌巳 シティ環境建築設計(東京都練馬区)
違いを認めず、一律な基準をおしつけるのは豊かな社会とはいえない
違いを認める、多様性のある社会こそ、本当に豊かといえるのだ思いますが、グローバル化の波に乗せられて国中の景観が金太郎飴のように同じものになる危機感を感じます。暑い、寒いは本来個人の問題であり、言われなくても資源の節約はしっかりしている人は多いのです。家の性能を住み手にしっかりと伝えた上で、判断は住み手に任せるという作り方もあるはずです。
12/13(土)開催のフォラム
「伝統的木造住宅はどこにむかうか」
主催は、日本建築士連合会、日本建築家協会、日本建築学会、東京建築士会、木の建築フォラム。建築設計に関わる大きな団体が勢揃いして、名を連ねています。
「日本の伝統的な木組み土壁の家は、高気密高断熱住宅を前提に作られた改正省エネ法の基準を達成しない。しかし、だからといって、日本の伝統的な住まい方を切り捨てていいはずがない」と、日本の建築文化への敬意を払う、心ある多くの建築関係者が集まり、このフォラムの開催に至ったのです。
職人がつくる木の家ネットの名前はその中にはありませんが、伝統木造の事例ということで、松井郁夫さんが「伝統的『き』組の設計」について、綾部孝司さんが「伝統的土壁構法の設計施工」について、発表をします。
さて、当事者からの声は、伝統木造を応援して尽力してくださる主催者の思いは、はたして国に届くのでしょうか? 改正省エネ法がいつのまにか施行され「断熱材を入れられない内外真壁の土壁の家は作れなくなってしまった」…そんなことにならないよう、今こそ正しく学び、周りにも伝え、はっきりと意思を表明しましょう。
キノちゃん諸団体のみなさん、ありがとうございます!
イエモンくんぼくらも、当事者としてがんばらなくちゃ!
省エネルギー基準 義務化によって
木組み土壁の家は作れなくなる?
さて、住宅にまつわる「省エネルギー基準」は、これまでにも次のような変遷を経てきました。
名称 | 外皮(損失熱量) | 外皮(日射取得) | 設備 |
---|---|---|---|
旧省エネ基準(昭和55年) | Q値5.2以下 | ー | ー |
真省エネ基準(平成4年) | Q値4.2以下 | μ値0.10以下 | ー |
次世代省エネ基準(平成11年) | Q値2.7以下 | μ値0.07以下 | ー |
平成25年基準 | UA値0.87以下 | μA値2.80以下 | 一次エネルギー消費量 |
だんだんに要求が厳しくなりながらも、これまでは「この基準を満たせば、補助金が出ますよ」とか「減税の対象になりますよ」といった、ごほうび系の推奨法でした。
住まい手がつくり手に「このような温熱環境の家を作ってほしい」ということを言うという場面がない建売戸建住宅を新築する事業主(150戸以上)に対してだけは、国が「事業主判断基準」に合致するように作ることを求めています。この「事業主判断基準」が「冬の暖房時で20℃、夏の冷房時で27℃に室温をキープするべし」というものであり、改正省エネ法では、これをすべての新築住宅に対して、義務として求めるようになります。
ところで、温熱環境についての基準は、住宅以外の建築物についてももうけられています。厚生省がビルに対して厚生省令を、文科省が学校に対して文部省告示を発布していますが、それぞれの温度設定は異なっており、学校よりビル、ビルより建売住宅と、実現すべき「冬のあたたかさ」「夏の涼しさ」は、より高い基準で要求されます。
「あたたかさ」「涼しさ」は人が感じるもので、個人差があるわけですが、とりあえずは、不特定多数が利用する建物については、国が定める「快適域」を守ってくれ、というわけです。
丹羽明人 丹羽明人アトリエ(愛知県小牧市)
私達の多様な生活観や価値観をもっと幅広く汲み取ってください
そもそも、「暑い」「寒い」の感覚は人それぞれ全く違います。果たしてどれだけ多くの人が「冬=20℃、夏=27℃を基に決めた基準」に同意できるのでしょうか。私達の多様な生活観や価値観を、もっと幅広く汲み取って法律にしてもらえたらと思います。一律に強制することには賛成できません!
事業主判断基準を、つくり手と住まい手が直接やりとりしてつくる注文住宅にまで、おしなべて義務化するというこの法律は、どこの省庁が主体となって整備しているのでしょうか?
キノちゃん1=経産省 2=環境省 3=国交省 さあ、ど〜れ?!
キノちゃん「省エネ」というからには環境省かと思うと、さにあらず。これを推進しているのは、国交省と経産省です。
これまで、何回か、国で省エネ基準を作ってきていますが、それはいずれも、「こうすると省エネになっていいですよ」という「推奨法」でしたが、今度の「改正省エネ法」はそうではありません。「基準の室温を、定めた基準エネルギー量の中で実現できるように断熱・遮熱施工をし、高効率な冷暖房設備を備えなさい」と、いう「強制法」となります。
強制法ですから「うちの室温は20℃までなくても、18℃で十分ですから」と住まい手が言っても「20℃をキープ」するための断熱施工や冷暖房設備を備えなければならないのです。そのための費用はもちろん、建築工事費に上乗せとなるわけです。
イエモンくん経産省主導で生まれた省エネ基準だから「お金かけない」省エネは認められないっていうことなの?
キノちゃん省エネ産業促進法って名前変えた方が分かりやすいかもヨ
高橋俊和 都幾川木建(埼玉県比企郡ときがわ町)
これは憲法違反です
自分が住む家の温熱環境を建て主が選べないのですか? 耐震性など、いのちに直接関わるとか、まわりに影響が及ぶといったことならまだしも個人が感じる「快適性」について、努力目標でなく義務として国が規定するのは、基本的人権にふれる憲法違反です。
「二酸化炭素25%削減」を掲げた
鳩山政権時代に「義務化」が浮上
「義務化」の発端は、2009年 民主党が衆議院選挙において、「省エネ政策によって二酸化炭素を25%削減」をマニフェストに掲げたことにあります。政権についた民主党の鳩山由紀夫代表は、国連気候変動サミットにおいて「あらゆる政策を総動員して二酸化炭素25%削減実現を目指していく」と発言しています。環境税の導入、太陽光発電の推奨、排出権取引など、削減のための努力ならなんでもしよう!という政策案のひとつとして「住宅の断熱化の義務化」も掲げられたわけです。
国交省で行われ、改正省エネ法を生み出すものとなった「低炭素社会に向けた住まいと住まい方推進会議」の初回の会議で、「住宅の断熱化の義務化」ということが出てきました。会議に法律関係の専門家として出席していた櫻井敬子委員は「(改正省エネ法によって)『規制を受ける国民の痛み』とか『厳しい財産権の制約』と一足飛びに言っているんですけれども、ほんとうにそういう話なのか。としますと、これは大変な事でありまして、きちんとした最終的な法律の規制のセットの仕方を考えないといけないだろう」と言っています。
委員たちの間ですらそのように評されるほどに、この「義務化」は唐突で、十分な議論を経ないで出てきたものでした。
■ 低炭素社会に向けた住まいと住まい方推進会議:議事録が読めます。櫻井委員の発言は第二回議事録にありhttp://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk4_000023.html
義務化されるその中身は、かなりハードルの高い、櫻井委員が指摘したように国民にとっては「かなりの痛みをともなう」ものとなります。
しかも、上記フォーラムのちらしの文言にもあるように、この省エネルギー基準が元来高気密・高断熱住宅をベースに作られているものであるため、日本の気候風土に合った形で各地で継承されてきた伝統木造住宅、特に、壁に断熱材を入れにくい土壁で真壁づくりの家では、適用すること自体に無理があります。
これが「推奨基準」ではなく「義務」となれば、土壁で真壁づくりの家は「作れなくなる」というおそれすらあります。
エコハウスから伝統木造の温熱環境調査へ
JIA環境行動ラボのはたらき
このフォーラムの牽引役ともなっているJIAの環境行動ラボが、環境省が推進する「エコハウスチャレンジ事業」のコーディネーターをつとめたことが、伝統木造の温熱性能のことについて関わり始めるきっかけとなりました。全国各地でのエコハウス作りに関わる中で、JIAの環境行動ラボのメンバーである篠節子さんは、熊本県の例としてあがってきた、古川保さん設計の木組み土壁のエコハウスに出会ったのです。
■ 環境省モデルハウス事業 エコハウス 熊本県水俣市
http://www.env.go.jp/policy/ecohouse/challenge/challenge18.html
「足るを知る普通の家」
“なごみ”と”もやい”
水俣の気候は温暖で、年間雨量は2200mmと多く、高温多湿な地域である。そこで設計ではこの地域のふさわしい住宅環境性能を確保して、都市型の閉じられた施設のような快適性は求めずに夏は暑くない程度、冬は寒くない程度の家を提案する。外部と内部を遮断するのでなく、家の両者の融合性を重視した間取りが水俣には似合う。
水俣市は水俣病を経験し、人のつながりを重視した「もやい」思想が生まれ、そこから自然との「もやい」にまで発展し、持続可能な社会を形成している。建築材料の生産時も建設時もあまりエネルギーを使わず、生活時も、夏は吸湿材・深い軒と風通しでエアコンは無し、山の整備の手伝いをして冬は山で余っている薪を燃やして暖を取る。
この地域に適した温熱性能として日射遮蔽は充分に考慮し、断熱性能は「ほどほど」とした。
水俣は木材の産地である。水俣の大関山にたくさん杉や檜が植わっている。また、水俣には伝統構法が建築可能な建具職人・左官職人・大工職人がたくさんいる。地元の木と地元の土と地元の紙を使い、地元の職人で伝統構法を採用し、地域の仕事量を増やす建築にする。真壁・無垢の木・瓦・木製デッキ・漆喰・白蟻点検のメンテナンスをして長寿命化させるのが、日本流である。役目が終われば土に戻すか煙になる。
「循環の視点」でゴミになる前の段階から考え、自然に対して何も足さない何も引かないの精神で必要以上の性能を求めることなく、「足るを知る普通の家」を水俣から提案する。
設計:古川保
■水俣市環境共生型住宅 「足るを知る普通の家」資料
p1 概要と温熱性能
p2 平面図と特徴
p3 立面図
地域の山の木と自然素材を使い、製造時にも廃棄時にも使うエネルギーが少なく、改正省エネ法が求める基準には満たなくても、そこそこの温熱環境を実現でき、自然な暮らし、自立した暮らしを展開できる。その家の魅力を知ると同時に、このような家づくりが、改正省エネ法で作れなくなってしまうかもしれないと知った篠さんは、木組み土壁の家の施行例をいくつも集めての調査を始めました。
JIAのメンバーと木の家ネットメンバーとが重なっていたこともあり、調査対象となった事例の22件のうち19件が、木の家ネットのメンバーが設計した事例でした。
内外真壁だけでなく、外は大壁にして断熱材を入れた17の事例のうち、改正省エネ法の基準に適合したのは、たったの1例だけだったそうです。
改正省エネ法が今のままで施行されれば、これまでのようには家づくりができなくなる。これは大変なことです。