3.11の地震、それに続く原発事故で、もうこれ以上エネルギーを無駄遣いはできない、ということを多くの人が感じています。家のつくりを工夫して、エネルギーをできるだけ使わずに、暑さ寒さをやわらげることが、家づくりの条件のひとつとして大きく浮上してきたといえるのではないでしょうか?
木の家ネットでは、2011年10月に石巻で行った第11期期の家ネット総会で「原発はいりません宣言」を決議し、2012年2月にそう宣言するのはなぜかについて、サイト上で発表しました。さらに、2012年6月には、普段から木の家ネットのつくり手が実践している「原発のいらない家づくり&暮らし方」をまとめたコンテンツを公開しました。
それに関連して、木の家ネットでも「自分たちがつくっている家の温熱調査をしよう!」という動きが起き、2012年8月の猛暑期と2013年2月の厳冬期、つくり手がつくった家の温熱環境調査をしました。
一方、国では、省エネ法の改正によって住宅の省エネ化を促進する動きが急ピッチで進んでおり。平成30年までには、すべての戸建て住宅について、国が定める省エネ基準を達成することを義務づけられようとしています。
今回のコンテンツでは、木の家ネットの温熱調査について、改正省エネ法の動向をからめながら、現状をレポートします。
自分たちのつくっている家の
温熱環境をまずは知ることから
具体的には、つくり手がそれまで自分の建てた家の建て主さんにご協力を得て、温度と湿度を自動計測するデータロガーという機械を一定期間設置させていただき、かつ、暑さ、寒さについて感じたことやどう対処したかという日誌をつけること、放射温度計という機械での表面温度を計測することなどを、お願いしました。
夏の調査に25名、冬の調査には16名のつくり手が参加。地域も、関東、北陸、東海、近畿、四国、九州と、広範囲にわたっています。研究機関が主導するのではなく、普段の業務の合間を縫っての自主的な調査とあって、今はまだ、データが揃いきっていなかったり、集まっているデータにもばらつきがあります。細かい分析やとりまとめは「まだ、これから」ですが、今後の調査のまとめかたによっては、今後「木の家の温熱環境」を考える「宝の山」となり得るかもしれません。
夏冬通しで温熱調査に参加したつくり手
北陸 | 富山:草野 鉄男 新潟:長谷川 順一 |
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関東 | 埼玉:綾部 孝司、高橋 俊和 東京:高橋 昌巳、林 美樹、山田 貴宏 神奈川:日高 保 |
東海 | 愛知:丹羽 明人、静岡:寺川 千佳子 |
近畿 | 兵庫:米谷 良章 |
四国 | 徳島:佐藤 恵子、愛媛:橋詰 飛香 |
九州 | 福岡:宮本 繁雄、土公 純一 佐賀:松尾 進 |
「夏は涼しいけど、冬は寒い」ではなく!
もともと日本の民家は「家は夏を旨とすべし」と言われ、深い軒で夏の高い陽射しを遮り、風通しもよくつくられています。けれど、「夏は涼しそうだけれど、冬寒いんじゃないの?」と心配です。すきま風が入り、底冷えしするような家で、空気は冴えきり、囲炉裏やコタツなどにあたることでかろうじて暖をとっている、そんな昔ながらそのままの家は、実際に現代の生活を送るには現実的でないでしょう。
木の家ネットのつくり手がつくる家は、伝統的な民家の知恵に学ぶ部分もありますが「夏はいいけれど、冬はつらい」家そのものではありません。「冬でもTシャツ一枚で過ごせます」とまで、季節感がないほどまでにあたたかくはなくても「寒さをガマンする」ことを強要するような家にはならないような工夫を、それぞれのつくり手が、それぞれの地域なりにしています。
どのように陽光を取り入れるか。土壁のような蓄熱体や空気層の使い方。どんな暖房方法と組み合わせるのか。それが古民家の改修であっても、そのよい点を生かしつつも欠点を補う方法を採用しています。その手法はさまざまであれ、日本の伝統的な手法で外界の陽光や風を取り入れながら適切な断熱も行うことで、高性能な機械空調に頼って人工的に環境調整する度合いを最小限に抑えた、自然な暮らしのできる家をめざしているという点において、おおまかに共通しているようです。
つくり手は自分たちのつくる家の
温熱環境を説明できる根拠をもつべき
まずは、これまでにつくってきたた家でどのような温熱環境が実現されているかを計測し、それぞれの工夫がどれほど成果をあげているかをフィードバックする。その結果を共有したら、よりよい温熱環境を実現するためにお互いに高めあえるのではないか。せっかく全国に160名近い会員がいるのだから、これは、ためになるはず!そんな思いで木の家ネットでの温熱環境調査の「言い出しっぺ」となったのが、シティ環境建築設計の高橋昌己さんです。
高橋さんは、東京で木と土壁の家をずっとこだわって作り続けています。それが、住まい手にとって、夏、暑すぎず、冬、寒くない、自然でほどほどに気持ちいい環境をつくると信じているからです。「僕らつくり手は、自分たちがつくってきた家の温熱環境がどうなっているのか、もっと知るべき」と、高橋さんは力説します。
「信じているだけ、木と土の家はいいんだと声高に言うだけでなく、本当にそうなのか、どれくらいそうなのかをきちんと調べ、これからの建て主に説明できなくてはいけない」そう思った高橋さんは、気温を自動で計測するデータロガーを自前で揃え、これまで建ててきた家に取り付け、データを取りはじめました。測ってみて、あらたに木と土壁の温熱環境のよさを再確認したり、改善点を見いだしたり、つくったものをフィードバックしてみることの大切さを実感したそうです。
データをとる、フィードバックする
共有する、広がる
木と土壁の家づくりを手がける設計者として、高橋さんは自分のつくる家では、これだけのエネルギーで気持ちよく暮らせているということを、数字や言葉で説明できるようなデータをとる責任があると思っています。「3.11以降、木と土壁の家をつくってほしいという依頼は増えました。余裕のある世代ではなく、まだ若くて、子育てまっさかりの世代が『エネルギーを無駄遣いする家は、もう作れない』と、予算は厳しくても本気で頼んでくるんですよね。生活にかかるエネルギーのこと抜きに家づくりを考えられない。意識の高い建て主は、そういう段階に、とっくに入っています」
都会で土壁&薪ストーブの家
子供が二人いる若い夫婦のための家です。2013年冬の室内温度調査結果のグラフにより内外の温度差がわかりますが、土壁の蓄熱性と薪ストーブの輻射熱のおかげで、薪ストーブひとつで十分あたたかく冬を過ごせることが実証されました。断熱材は、屋根と焼き杉板張り下の外壁にウッドファイバー40mm、床下にフォーレストボード25mmを入れています。厚み80mmの内外真壁の部分は断熱材を入れようがないので、入っていません。なお、室温は15度でも、土壁表面は19度。室内の快適性は、室温以上に室内の床・壁・天井の表面温度により大きく影響されているようです。木と土壁の家が新たな注目を集めるようになり、同業者からの講演依頼も増えたそうです。「土壁の家づくりを実現するしくみや計測した温熱データについて話すと、みんな感心してくれるんです。けれど『すごいですね〜 高橋さんだからできることですね』と言われるのが、ものすごく歯がゆい。そうじゃない、本気になって取り組めば、できることなんだ、その方法をオープンにしてるんだから、どんどんやってくれよ、と思うんです。僕ひとりがやってる『特殊なこと』にしたくない、広がっていってほしいと心から思います。せめて設計者は、自分のつくる家の温熱データを実際に測ってみて、そこから次につなげていく努力をしなければいけないんじゃないか」
木の家の温熱環境を
追求してきた会員たち
木の家ネットには、高橋さんと同じような思いで、それぞれ独自に自分のつくる家の温熱環境について意識して取り組んでいるつくり手が、ほかにもいます。
まず、高橋さんのこの思いにすぐに反応したのが、同じく東京で木の家づくりをしているストゥディオ・プラナの林美樹さんです。「温熱環境は家そのもののつくりだけでなく、住まい方の感じ方やライフスタイルとからんだ形でできています。木の家ネットのつくり手が住まい手に協力してもらっての調査では、単に温度を測定するだけでなく、その室内気温をどう感じているのかといった温熱感や、住まい方が暑さや寒さにどう対応しているのかという暮らし方など、数値だけではとらえきれない面も把握できるのではないでしょうか」と、木の家ネットならではの、ソフト面でのきめこまやかな調査に期待をかける林さんは、高橋さんとともに、温熱環境調査を牽引する立場で活躍しています。
兵庫の米谷建築設計工房の米谷良章さんは早い時期から小さなエネルギーで気持ちよく暮らせる家づくりを早くから意識していて、新築はもちろん、既存の住宅の温熱改修についてもとりあげながら「本当にすごいエコ住宅をつくる方法」という本を野池政弘さんと共著で世に出しました。
本当にすごいエコ住宅をつくる方法
野池政宏/米谷良章 共著発行:エクスナレッジ
敷地や間取りの考え方、エコ設備や部材の選び方をイラストや図解で分かりやすく解説します。風通しも日当たりも暖かさも涼しさも地球にやさしい暮らしも家族の笑顔もぜーんぶ手に入れる。家づくりの打ち合わせに必携の一冊。
パッシブデザインで簡単に快適エコ生活を手に入れる!/夏にエアコンなしで眠るには?/太陽の光で明るいリビングにするには?/建物に囲まれていても日当たりをよくできる?/風とおしのよい家の大原則とは?/太陽熱給湯器と太陽光発電どっちがエコ?
■目次
- 第一章 住まいのエネルギー
- 第二章 自然の力を活かすエコ住宅のキホン
- 第三章 住まいの配置とカタチ
- 第四章 超おすすめ!快適間取りのヒント
- 第五章 効果バツグン。窓の工夫
- 第六章 エコ設備の選び方
- 第七章 エコ住宅で暮らす
- 巻末 Forward to 1985 energy life
東京のビオフォルム環境デザイン室の山田貴宏さんは神奈川県相模原市藤野に「里山長屋」というコーポラティブハウスをつくり、実際に自分自身もそこに住んでいます。木組土壁であるだけでなく、太陽熱集熱システム「そよ風」、太陽光発電、薪ストーブ、ペレットストーブ、ダイレクトゲインによる土間蓄熱、天窓による重力換気と照明負荷低減、雨水利用タンク、雨水利用トイレなど、温熱環境の向上や自然エネルギー利用に積極的に取り組んでいます。また、環境モニタリングシステムもあらかじめ設置してあり、温熱データをとりつづけています。「集まって住む」ことで、インフラの共有、コミュニティづくりにつながっている興味深い事例です。
埼玉の都幾川木建の高橋俊和さんは、壁断熱材なし土壁平屋建て薪ストーブの住宅において日に3度お施主さんが測った温度湿度データを木の家ネットのメーリングリストに流してくれました。
富山の草野鉄男建築工房の草野さんは、木の家スクール富山でも温熱環境に関する講座を開催し、施主の辰尾茂さんの家での計測データを辰尾さんと共に検証し続けています。詳しくは、草野さんと辰尾さんとの対談や、辰尾さんのブログ「木の家の住み心地」をご覧ください。
ひとりひとりで高まって来ている意識が、横につながり、互いに情報共有、情報交換ができたら、何らかの力になるにちがいありません。そして、さらに心強いことに、木の家ネットには、設計業務にも携わりつつ「木の家の温熱環境」を専門分野にしている二人の研究者がいます。
愛知の宇野総合計画事務所の宇野勇治さんは、愛知産業大学造形学部建築学科の准教授で、大学での研究や教育活動だけでなく、全国各地での講演会で土壁の温熱環境などについて講義をしています。「暑さ寒さをしのぐ家」として木の家ネットのコンテンツにもなっていますのでぜひ、ご覧ください。
東京の樋口佳樹暮らし環境設計の樋口佳樹さんは2012年9月から日本工業大学生活環境デザイン学科の准教授となり、今後の活躍が期待されています。お二人は、木の家ネットでのこの手弁当の調査に、機材の貸与やデータのグラフ化、データをどう読むかなどといった面で、多大な協力をしていただいています。
このように、すでに木の家の温熱環境について敏感に意識しているつくり手が調査に関わることで、調査そのものの厚みが生まれています。