調査したつくり手同士が
Skypeで事例発表
さて、ここで、木の家ネットでの温熱調査の話に戻ります。夏冬の調査が終わり、まだ一次資料を揃えている途中段階ではありましたが、4月19日に、お互いの事例について、調査者の有志の間で簡単に発表しあうSkype会議を行いました。
会議に先立って、発表者の写真、仕様、住まい手につけてもらった温熱日誌の一部、つくり手が住まい手にインタビューした夏冬のヒアリングシート、住まい手にとっておいてもらった水道光熱費の領収証等から求めた「一次エネルギー消費量」、つくり手本人がその建物で実現した温熱環境についての自己評価といったデータを、発表者全員が見ることのできるブログにあげてきました。お互いのデータを見ながら、順番に、それぞれがつくった家がどんなつくりで、断熱はどの程度していて、開口部はどうなっているのか。その家でどのような冷暖房方法を採用し、どのような実態で使っているのか。住まい手が工夫していることがあるのか。そして、そのように家での温熱環境に住まい手は満足しているのか。といったことを、冬のシーンについて、発表しあいました。

そして、宇野さんがそれぞれの発表者のデータロガーから取り出した温度のデータをグラフにしたものを突き合わせ、そこで実現されている温熱環境と家のつくりや断熱材の入れ方、暖房方法などとの関連について、つくり手本人、会議の参加者、温熱環境研究のエキスパートである宇野さんとで、それぞれの事例について議論をしました。普段自分がやっているのとは違う方法に触れることで、互いに聞き合いたいこともたくさんあり、6組の発表と議論で、3時間と予定したSkype会議の時間は、あっという間に過ぎていきました。調査者全員分について夏と冬について発表しあうだけでも「勉強になるし、実務に役立つだろうね!」と高橋さんがまとめ、またこうした機会を重ねていこうと誓い合って会議を終えました。
土壁、落とし込み板壁など
木の家ネットらしい6事例
今回の発表で扱った6事例の報告のダイジェスト版を、以下にまとめました。。土壁真壁平屋(壁無断熱、薪ストーブ)〜土壁真壁2階建(無断熱)〜土壁大壁(壁無断熱、薪ストーブ)〜土壁大壁(断熱あり)〜落とし板パネル(断熱あり)〜貫工法木ずり漆喰壁(断熱あり)と、木の家ネットらしいさまざまな事例がバランスよく出そろいました。ぜひ、見比べてみてください。
冬の温熱調査:事例発表に参加したつくり手
丹羽明人さん(丹羽明人アトリエ)[ 愛知 ]: | 土壁+空気層(断熱材なし)+杉板大壁の家 |
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寺川千佳子さん(恒河舎)[ 静岡 ]: | 土壁+ウール充填+杉板張りの家 |
林美樹さん(ストゥディオ・プラナ)[ 東京 ]: | 貫工法+パーフェクトバリア+木ずり+漆喰壁の家 |
佐藤恵子さん(佐藤建築企画設計)[ 徳島 ]: | 落とし板パネル+ロックウール(一部)の家 |
綾部孝司さん(綾部工務店)[ 埼玉 ]: | 土壁真壁の家 |
高橋俊和さん(都幾川木建)[ 埼玉 ]: | 土壁真壁+薪ストーブの家 |
室内気温のグラフは、計測を行った2月中旬から3月初旬の中で外気温の特に低かった3日間について、居間と脱衣室の気温の変化を表したものです。脱衣室の気温を調べたのは住宅の断熱化をより進めていこうという議論で必ず出てくる「ヒートショック問題」の実態を把握するためです。屋外の気温は、住宅所在地から最も近くにあるアメダス観測点の気温を用いました。
土壁+空気層+杉板大壁の家


土壁+ウール充填+杉板張りの家


貫工法+パーフェクトバリア+木ずり+漆喰壁の家


落とし板パネル+ロックウール(一部)の家


土壁真壁の家


土壁真壁+薪ストーブの家


総評
- 暖房時温度は10度〜20度
- 室内気温は一般論としての快適域といわれる「20度以上」よりも気温は「10〜20度」と低めで推移していますが、全体的には、それで満足している事例の方が多いようです。ヒアリングした住まい手の生の言葉からは、その満足度は「とてもあたたかい」というのとは少し違っていて「寒さを感じるときもあるが、冬だから、そこそこ寒いのはあたりまえ。ガマンしなければならないほどでもなく、これで十分」という捉え方が多いようです。「寒い時は着込む、ルームシューズを履く」など、室内気温をあげるのではない、ちょっとし工夫を暮らしに取り入れている様子も伝わってきました。
- 土壁で得られる、変動小さめの安定した温熱環境
- 土壁の家では気温の変動が小さめとなる傾向がみられます。土壁の外側が大壁になっていて、断熱を施している家もありますが、そういった家では、より安定した温熱環境となっています。
- 土壁は輻射暖房との相性よし
- パワーの強い輻射暖房である薪ストーブを採用している家では、土壁への蓄熱が行き届き、あたたかく過ごせています。床暖房+土壁+断熱材の家でもそうです。土壁の家には、空気をあたためるエアコンより、輻射暖房が向いているようです。
- ヒートショック
- 居間と脱衣室の室温差は5度以内あるいは、ほとんどない家がほとんどで、ヒートショックの心配はなさそうです。また、脱衣室等に電気ストーブなど部分暖房を用いている家もあります。
- 一次エネルギー消費量については、全体に低め
- 地域、世帯人数からみた標準的な一次エネルギー消費量の数値より低い例が多かったです。中には、太陽光発電との組み合わせで、かなり少ないお宅もありました。
建物の種類によって違う 温熱環境基準
この報告の最後に「温熱環境に関するさまざまな基準」を比較した図をご覧いただきましょう。

世の中には、さまざまな規模や用途の建築物があり、国では、それぞれ関係する省庁から、このくらいの温熱環境をめざしてほしいという「基準」を出しています。子ども達が通う学校については「学校環境衛生基準(文科省告示)」が、規模の大きいビルには「建築物環境衛生管理基準(厚生省省令)」がかかります。住宅については、つい最近までは推奨法はあっても強制法はなかったのですが、平成21年の省エネ法の改正で、150戸以上の建売戸建住宅を新築する事業主に「事業主判断基準」がかかるようになりました。
それぞれの基準は「冷房・暖房時におよそこれくらいの室温に」という想定の上でつくられていくわけですが、学校よりビル、ビルより住宅と、実現すべき「冬のあたたかさ」「夏の涼しさ」に要求されるハードルが高くなっています。たてえば、学校で子ども達は冬10度の寒さ、夏30度と、ビルで働くお父さんたちは冬17度、夏28度という想定なのが、住宅(150戸以上の建売戸建住宅の場合)では冬20度、夏27度と、「快適域」と想定される温度の幅がせまくなっているのがお分かりいただけると思います。
住宅についての省エネ基準
より断熱性能をあげる方向に変遷
住宅についての省エネルギー基準は、昭和55年にはじめて制定され、その後、断熱性能や気密性能を強化する方向で、数度の改正が行われています。改正の度に、Q値(熱損失係数)、断熱材、開口部の仕様といった外皮性能についてより高いものが求められていくのが分かります。
IV地域、木造戸建て住宅
断熱材=住宅用ロックウウール(天井・壁はマット、床はボード)の場合
基準 | 性能保証等級 | Q値 | 断熱材:天井 | 断熱材:壁 | 断熱材:床 | 窓仕様 |
---|---|---|---|---|---|---|
旧省エネ(S55)基準 | 等級2 | Q=5.2 | 35mm | 25mm | 20mm | 金属製サッシ+単板ガラス |
新省エネ(H4)基準 | 等級3 | Q=4.2 | 50mm | 35mm | 20mm | 金属製サッシ+単板ガラス |
次世代省エネ(H11)基準 :標準 :開口部強化型 :躯体強化型 | 等級4 | Q=2.7 | 155mm | 85mm | 80mm | 金属製サッシ+複層ガラス(AS6) |
Q=2.1 | 155mm | 100mm | 80mm | 金属製遮断サッシ+複層ガラス(AS12) | ||
Q=1.9 | 270mm | 130mm | 105mm | 金属製遮断サッシ+LowE(AS12) |
特に、「地球温暖化防止京都会議(平成9年)」の2年後の平成11年に当時の建設省と通産省とで定めた基準は、欧米先進国の基準とほぼ同等の躯体断熱性能、気密性、暖房性能をめざしたもので「次世代省エネルギー基準」と呼ばれました。これは強制法ではなく、推奨法であり、この基準に適合していることでその住宅の省エネ性能がある一定以上であることが担保され、住宅の付加価値があがったり、融資や補助の対象となるものです。日本としてはこれまでにないきびしい基準を作ったわけですが、欧米諸国からは、基準が欧米の最低レベルでしかないこと、しかも、これがそもそも強制力をもつものでないことで「まだまだ不十分」との批判を受けたようです。

そして平成21年の省エネ法の改正では、年間150戸以上の建売を販売する事業主には上の図に示したような「事業主の判断基準」を満たす義務が生じるようになり、断熱性能、空調設備、給湯設備などの設備機器の仕様と性能から一次エネルギー消費量を計算し、基準値を満たすことが求められるようになりました。個人が建築主となって建てる注文住宅については、まだ強制力をもった基準はありませんが、平成25年10月に予定されている再改正では、「建築主等の判断基準」として「事業主の判断基準」と同様の基準が推奨されるようになるという予想もあります。
前ページで述べたように、省エネ法の網を産業・運輸部門だけでなく、民生部門(住宅・建築部門)にも強制法としてかけていこうという「改正省エネ法」の流れがあり、まだ強制法の対象となっていない住宅についても、2013年(平成25年)10月からは推奨法としての「建築主判断基準」ができ、さらにそれが2020年(平成32年)には強制法として義務づけられていくことになっています。

但し、2015年(平成27年)4月1日までは経過措置
2020年(平成32年)4月1日には、注文住宅や150戸未満の建売住宅についても、強制法として義務化される。
出典:国土交通省 住宅・建築物に関わる省エネルギー基準の見直しについて(案)
そもそも、少ないエネルギーで
気持ちよく過ごせていればいいはず
今年10月に施行される「建築主判断の基準」は、「事業主の判断基準」並になっていくでしょう。暖房時の室温が20度以上、冷房時の室温が27度以下という環境を、外皮性能と高効率な機器との組み合わせで実現することが求められてきます。それが、「努力目標(推奨法)」でなく「義務(強制法)」となっていくとしたら、どうでしょうか?
木の家ネットで調査した上記の6例では、暖房時室温の変動範囲はおよそ「10〜20度」。建売住宅に最低の室温求められる20度にまでなるのは、暖房をつけ続けた時間がある程度経った夜に20度に達することもある、という程度です。かといって「寒くていられない」という風に感じているわけではありません。むしろ「このくらいで十分」と思っている例がほとんどです。暖かさや涼しさに対する要求は、家族によって大きく違います。「寒さをガマンしているわけではない。この程度でいい」という人にとっては、「冬に室内が20度以上になっていないと『快適』とはいえないだろう」という基準は、ある意味「過保護」すぎともいえるのではないでしょうか?
温度湿度自体は客観的な数字としてあらわれるものですが、その温熱環境を「どう感じるか」には、個人差があります。 暑がりの人、寒がりの人。人によっては15度以上で十分と感じられるが、十分すぎるほどの冷暖房に慣れている人は、多少の暑さ寒さにもガマンできなくなっていることもあるでしょう。寒い時、暑い時に一枚羽織ったり脱いだりする、湯たんぽや打ち水をするなど、気温そのものを調節する以外にできることをマメにしている人には、それほど高い冷暖房設定は不要かもしれません。その人の暮らしぶりやライフスタイルに因る幅も大きいようです。
そもそも、少ないエネルギーで住む人が満足して暮らせていれば、それで住宅の省エネは成功しているといえるはずです。その満足には個人差もあり、気温でなく輻射熱を感じているケース、生活上の工夫で気温は低めでもあたたかく過ごしているケールなど、さまざまです。「個人差やライフスタイルまでは、客観的な基準にはなりえない。だから安全側の基準をつくる」という発想で、快適域をより狭めた想定へと過剰に推し進めていくことが、ことに強制法として義務化されている流れの中で、家づくりの多様性を奪う方向にいかないよう、願いたいものです。