職人がつくる木の家は、そもそも大工が自分自身の手で木に触れ、その性質を読み取り、活かして刻み、組み上げてつくるものでした。「手づくり」といっても、大工は素手で木を加工するわけではありません。道具を使います。木の家は、つくる職人がいてはじめてできるものですが、職人の仕事も道具があってこそ、できるのです。今回は「道具と大工」に焦点をあててみましょう。
■大工道具にはいろいろな種類がある
大工の使う手道具は多岐にわたっています。無垢材の表面をきれいに仕上げる鉋(かんな)、材を切る鋸(のこぎり、のこ)、直角を測ったり長さを測る曲尺(かねじゃく)、まっすぐな線をはじく墨壷、木組のホゾ穴をうがつ鑿(のみ)、鑿を叩きこむ玄能(げんのう)。墨付け・刻みの工程でもこれだけの種類の道具があります。ほかにも太い丸太を荒削りにはつる時に使う鉞(まさかり)や釿(ちょうな)などもあります。 プレカット工場で加工されてきた部材を組み立てるだけであれば、手の道具もそんなに必要ないのですが、手刻みの場合には木の性質、道具を用いる箇所、加工したい寸法や形に応じて、ひとつの道具も数種類持つことも少なくありません。 大工道具の保守も大工の大切な仕事です。鑿や鉋の刃をつねに切れるようにしておく「研ぎ」、鋸の刃をメンテナンスする「目立て」など、時間はかかるけれどもそれをやっておくとやらないとでは仕事のしやすさや仕上がりがまったく変わってきます。研ぐためには砥石が、目立てにはやすりが必要になります。こうして数え上げて行くと、大工道具は何十種類もあることが分かります。
■大工道具が手の延長となるために
木の家ネットの大工さん話していると「道具、というよりも手の延長という感覚」と、みなさん、そう言います。道具を通して木に触れる、木を加工する。道具が自分の手のように使えなければ、木との対話はできません。現在では、加工場でも電動工具を使う割合が多くなっています。電動工具を使えば作業効率はあがりますし、ある部分までは精度が出しやすいかもしれません。さらにいえば、電動工具との併用をうまくしていかないと、大工手間がかさんでしまい、木の家づくりが現実的な選択肢でなくなってしまうのも事実です。でも、手の道具をきちんと使えない大工は、電動工具を使いこなせないともいわれます。 ある大工さんはこう話してくれました。 「私の修業した親方は『鋸のひけない、くぎの打てない、木の削れない大工になったらあかん。いっさい電動工具を使うな』 と特に厳しく、修業時代は一切、電動工具使わず全て手仕事でこなしました。最初から電動工具を使った方が仕事の能率もあがるし、仕事も楽です。でも、鋸や鑿や鉋をつかったり、手で釘を打つことで、いろいろな木の特色が分かるようになります。鉋で木を削ることによって、削りやすい方、削りにくい方、節のある木を削ることによって、どちらが木の元末(どちらが根っこ側でどちらが樹冠側なのか)か分かるようになる。材料を大事に扱う気持ちが芽生えてくる。墨付けをする時も同じ。木のむくり、そり、元末を読み、墨を付けて刻む。そんな経験を経て木の性質を見抜く技術が生まれてくるのです。」
■電動工具を使う比率が高くなっている今だからこそ、「手の道具でもできる」教育が必要
「どんなに電動工具が便利になっても、手の道具がなくなることはないし、仕上がりを決めるのは手の道具」と、大工さんの誰に聞いてもそう言います。仕事の大方を電動工具でした場合でも、最後に鑿でほぞ穴の中を整える、木と木が組み合う部分を仕上げる、そこまできちんと仕上げないとおさまらないのが大工の目であり、その一手間をかけるのは手の道具でするのです。 別の大工さんは将来についてこう見通しています。「住宅のストックが十分にある状態になっているので、これからは増改築工事のウェイトが高くなってくる。これからの時代、手道具を使うことで培った木の性質を見抜く勘、手道具を使って必要なことを現場で直せる技術が新築以上に必要とされてくると思いますよ」どこまでいっても手の道具を使えることが職人がつくる木の家づくりの基本なのです。 「修業時代に手の道具をとことん使い込ませるかどうかで、その大工の素地が決まるところがあります。」工務店経営者からこのような声も聞きました。「手の道具を使えば効率はよくない。でも、手の道具だけで木と向き合う経験は将来に向けての成長に必要な時間なんです。とはいえ、非効率な時間でもありますから、それを割くには経営的な体力も必要で、なかなかむずかしいですよね。人育ては、先行投資的な感覚がないとできないです。」
■道具を選ぶ
木の性質が分かってくれば、その木に合わせた応じ方をするようなります。そんな中で道具の使い分けも覚え、「ここにはこの道具」と選ぶ目が出てきます。 しかも、近くの山の木で家づくり、となると、木の良し悪しを選んではいられなくなります。節のある木もどんどん使っていかなければなりません。「節のある木でもスパッと削れる鉋のありがたみが分かったのは、材料を選り好みしなくなってからですね。金物屋に行って買って来たなんでもない鉋の刃では木肌がめくれてしまうような、一等材の木(節のある普通の木)とこれから向き合っていくんだ。それでも美しく仕上げるんだ。そう決めてからは、どんな道具を使うのか意識するようになりました。ええ鉋だからすべての木がよく切れるわけではない。木と道具との相性とがある。どんな木とも向かい合おうとするのなら、木の性質に会った道具を選ばな。ちゃんとした道具を買い求めるようになりましたね」と、ある大工さんは言います。
■ちゃんとした道具とは?
では、この大工さんが言うちゃんとした道具とはなんでしょう? 鉋や鑿といった、無垢材を手刻みで加工していく刃物の道具について、大工さんたちはこう言います。「切れ味がよく、かつ研ぎやすい道具のことです。」 「切れ味がよく」と「研ぎやすい」とが相矛盾する性質だということにお気づきの方もあるでしょう。切れ味のよさはその刃物の「硬さや鋭さ」に、研ぎやすさは「やわらかさ」によるものです。刃物は硬ければ硬いほど鋭くはなるけれど、同時に欠けやすくもなります。やわらかければ刃は鈍くなりますが、欠けにくく研ぎやすいという粘り強さをもちます。 この二つの相矛盾する性質をひとつの刃物にもたせる工夫をしている、という点が、日本の伝統的な鍛冶屋さんがつくる刃物のすばらしさです。(硬いだけではなく、やわらかさをあわせもってはじめてすぐれた刃物になる・・・木組みの柔構造にも通じる発想があるようにも思えませんか?)道具に関心をもつようになった大工たちが「はまってしまう」のは、鍛冶屋さんのつくる「打ち刃物」のことなのです。次ページでは、日本のすぐれた技術である打ち刃物についてご紹介しましょう。