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環境工学者・宇野勇治さん(宇野総合計画事務所):夏涼しく、冬温かい木と土の家をつくる


「木の家って寒くないの?」「省エネなの?」木の家を建てようと考えるみなさんにとって「木と土の家の温熱環境」は関心事のひとつでしょう。

木の家ネットでも昨年、土壁に関するアンケートの回答をまとめたコンテンツを2回にわたって掲載し、大きな反響がありました。会員の自主活動として、昨夏、会員で環境工学者でもある宇野勇治さんの自宅で「木と土でつくる家の温熱環境研究会」という集まりが始まり、今年も8/9に山田貴宏さんが設計した神奈川県相模原市藤野町の「里山長屋プロジェクト」で第2回を開催予定です。

「木の家ネット6月号で震災・原発災害後の感想を会員から集めてまとめたコンテンツをお届けしましたが、「エネルギーを無駄に使うことなく、かつ、暑さ寒さをしのいで暮らせる家づくり」が多く語られていました。そこで今回は、伝統構法住宅の温熱環境や伝統民家の環境性能について研究している宇野さんに、これまでの実験や実測の研究成果から得られた知見について、執筆をお願いしました。

宇野勇治さん プロフィール

「伝統構法住宅の温熱環境」、「伝統民家に学ぶ環境デザイン」などを研究テーマとする環境工学の研究者。伝統構法による住宅設計も手掛け、自宅「池の見える家」ではグッドデザイン賞、中部建築賞、すまいる愛知住宅賞などを受賞。愛知産業大学造形学部建築学科 准教授、宇野総合計画事務所 代表、博士(工学)、一級建築士。職人がつくる木の家ネット会員。愛知県みよし市在住。

夏涼しくて、冬温かい 木と土の家 をつくろう宇野勇治

これまで私たちは現代の便利なテクノロジーを使って「快適」な空間をつくろうと邁進してきたわけですが、今回の地震、津波、原発災害で、電気に寄りかかり過ぎることのリスクを誰もが感じさせられたのではないでしょうか。

木の家ネットの震災後の感想特集に寄せられていた「本当に必要なものは何かを考えなければ」「危険なものや巨大なものを背負わずに成り立つ経済や暮らしのしくみを構築するという社会的挑戦を選びたい」というコメントにも共感を覚えました。家づくり、暮らしにこれからもっとも必要な視点だと思います。そこで、今後、土や木のポテンシャルを活かしながら「夏涼しく、冬暖かい木と土の家」をデザインしていくのにどうしたらよいか、私なりの考えをまとめてみました。

第3の道

もともとの日本の家は、夏は涼しくて過ごしやすいが、冬は寒いというのが難点でした。この、第1の道における課題を解決しようと、近年は第2の道としての高気密高断熱志向の家づくりが推進されてきました。しかし断熱性、気密性を高めたことで、夏は冷房に依存しがちになってしまったことも事実でしょう。また、息苦しさを感じるという意見を持つ人もいます。

これらを踏まえ、どのような家づくりを目指すべきかを考えたとき、第3の道として、夏は涼しさを伝統建築に学び、冬の暖かさには現代の技術も用いて、住み心地、健康性、環境負荷の低減をあわせて実現すべきではないかと思っています。

では、これからの家づくりを、どう目指すべきなのでしょうか? 私はここで「第3の道」として「木と土の家」がつくりだし得る温熱環境の可能性について、みなさんにお伝えしたいのです。

といっても、これは、これまでになかった新しい道ではなく、温故知新と革新とをうまく組み合わせた道です。具体的にいえば、夏を涼しく過ごす知恵を伝統建築に学び、冬暖かく住むためには現代的な材料(断熱材や複層ガラス[ペアガラス]など)や施工方法を用いながら、住み心地・健康性・環境負荷の低減をバランス良く実現する道です。

建物のあり方とライフスタイルを併せた
「パッシブデザイン」

高効率機器を用いて環境を制御する「アクティブコントロール」に対し、家のありようそのもので環境を調整する手法を「パッシブコントロール」と言います。「木と土の家」では、自然素材のポテンシャルを最大限に活かしながら、太陽熱、風など気候要素を取り込むことができる「パッシブコントロール」の能力を高めたいものです。

ここでは、住まい手のライフスタイルまでを総合したものを「パッシブデザイン」ととらえたいと思います。この手法は伝統的な建築や住文化にも通じるところであり、機械設備に頼らなかった先達がどのように知恵を絞ったのかを学ぶ意義は大いにあると思います。

栗の木の下で考える家の形

「パッシブデザイン」のヒントとなるエピソードをひとつ紹介したいと思います。我が家のすぐ脇に大きな栗の木があるのですが、夏の暑い時期に、いつも思うのです。この栗の木の下が、私たちがめざす「家」の「素形」ではないかと。暑い日の午後、近所のおじさんたちとお茶を飲んでくつろぎながら、そう実感するのです。

栗の樹の枝は大きな傘のように広がり、かなりのスペースができます。程よい木漏れ日、時々吹くそよ風がとても気持ちよいのです。暑いかと問われると、確かに暑いのですが、でもそれよりも「気持ちいいなあ」としみじみ思います。空調機は「暑くも寒くもない空間」を提供してくれますが、「暑いけれど、心地よい」そんな贅沢な温熱環境は、なかなかつくることができません。

栗の木は猛暑の外界と隔絶しているわけではないけれど、気持ちがいい。日射を遮蔽しながら、そよ風が体の表面を冷やしてくれます。トタン葺きの車庫の日よけよりも木陰が涼しく感じるのは、焼け込んだトタンから受ける高温の放射熱がないからです。葉面の蒸散による冷却効果もあって再放射を抑えてくれます。そして、さやさやと木の葉の擦れる音や木漏れ日のゆらぎなど、視覚的、聴覚的な刺激も涼感を増す効果があることでしょう。

そんな、木陰のような「家」をつくりたいと思い、私の自宅「池の見える家」を伝統的な手法を用いた「木と土の家」としてつくってみたのですが、これは「栗の木」に通ずるものがあると、生活しながら実感しています。

人は気温だけで快適さを感じているわけではない

人間の感覚はとても複雑なもので、人が感じる温冷感を気温だけではかることはできません。家庭用のエアコンでは主に気温や湿度をコントロールするわけですが、人間が温冷感を感じる要素は、栗の木の例からも分かるように、もっといろいろあります。

同じ気温であっても、湿度が少し低かったり、少し気流感があったり、そして放射温度(周囲の壁・天井・床面の温度)が気温より少し低くて体から放射熱を奪ってくれるなど、脇役がいい仕事をしてくれると、夏の1日もよりドラマチックで心地よいものになります。田舎の民家でごろ寝をしていたら、地窓から時折吹きこむそよ風が心地よくて、うっとりしてしまった。そんなシーンを体験した方もあるでしょう。

気温という主役だけでなく、気流や放射といった脇役達にも最大限活躍してもらえるような舞台をセットしたいものです。自然と相対する環境づくりは、空調機がつくる均質な温熱環境とはちがって、季節ごとに、そして時々刻々と変わるドラマが繰り広げられます。それを少し厳しく感じる時もあれば、季節がめぐる幸福感として感じる時もあるでしょう。そうした要素を総合して、それぞれの季節らしさを気持ちよく過ごすことを考えたいものです。

木という素材、土という素材

次のページからは、「自然とともにある心地良さ」テーマとして、私の自宅「池の見える家」を例にひきながら「木と土の家」の温熱環境についてご説明しますが、その前に「木」「土」の素材の特性について少し触れておきましょう。

(1)多孔質ゆえに湿度を調節してくれる

まず、木材や土壁は多孔質な自然素材です。多孔質とは、微細なすきまが連続していて、そのことによって非常に大きい内部表面積をもちます。その表面積の大きさがすなわち、湿度の変化に応じて水蒸気を吸着したり放出したりする量の大きさにつながっています。

木や土の「調湿性能」「吸放湿性」ということが言われますが、それは木や土にある一定の湿度にコントロールする性能があるということではなく、空気がじめっとすれば水蒸気を吸い取り、乾いていればその水蒸気を放出してくれることで、外界と比べ、室内の急激な湿度変化を抑制する性質があるととらえた方がよいでしょう。美術品の収蔵庫の仕上げを杉材で覆うのも、作品に急激な湿度変化の影響を与えないためです。居住空間においては、結露防止等に有効です。

(2)断熱性は低くても蓄熱性が高い土壁

次に、土壁の温熱特性について簡単に触れておきます。まず、熱の伝わりやすさを表現する物性値として「熱伝導率」があります。この値が小さいほど、熱を伝えにくい、つまり断熱性能が高いということになります。熱伝導率でみると、厚みが80mmの土壁があっても、その熱抵抗(断熱性能)はグラスウールにして4mm、杉板にして9mmにしか相当しないことになります。土はけっして断熱性が高い素材だとはいえません。

素材別に見る熱伝導率

土壁(荒木田)0.894 [ W/m・K ]
コンクリート1.6374 [ W/m・K ]
グラスウール(16K)0.044 [ W/m・K ]
木材(杉)0.097 [ W/m・K ]
値が小さいほど断熱性能が高い
出典:住宅の省エネルギー基準の解説 改 訂第3版(財)建築環境・省エネルギー機構

土壁の温熱的な特徴は、熱を蓄える性能(熱容量の高さ)にあります。熱容量とは、各材料の容積比熱に、各材料の容積を乗じたものです。たとえば、同じ容積の土壁を1℃温めるのに、スギを温める約1.7倍の熱エネルギーが必要ということになります。土壁の家における壁土の容積は相当なものですから、とても高い「蓄熱性」をもった建物であるいうことになります。

土壁はその熱容量の大きさゆえに、ゆっくりと温まり、ゆっくりと冷めるので、一日の外気温変化に対し、室内気温の変動幅を小さくし、また熱くなるピークの時間を後ろにずらしてくれます。蓄熱性の低い、同じ熱抵抗の素材と比べると、極端な暑さや寒さが減ることになります。そんな穏やかな素材が持つ性質をうまく使いこなす家づくりや過ごし方を次ページからご紹介しましょう。

素材別に見る容積比熱

コンクリート2,013 [ kJ/m3K ]
土壁1,327 [ kJ/m3K ]
ヒノキ933 [ kJ/m3K ]
プラスターボード854 [ kJ/m3K ]
スギ783 [ kJ/m3K ]
値が大きいほど、蓄熱性が高い。
出典:住宅の省エネルギー基準の解説 改 訂第3版(財)建築環境・省エネルギー機構

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筆者の宇野勇治さんが設計、同じく木の家ネット会員の岡崎製材所が施工した「池の見える家」。岡崎製材所の現場報告はこちら