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環境工学者・宇野勇治さん(宇野総合計画事務所):夏涼しく、冬温かい木と土の家をつくる


次に、「木と土の家」における冬のパッシブデザインについて、お伝えしましょう。土壁と柱の隙間から外が見えたような昔の田舎の家を思い出して「土壁の家は、冬寒い」「いくら暖房しても底冷えしてあたたまらない」というイメージを持つ方もあるようですが、実際はどうでしょうか?

「木と土の家」でも「冬あたたかく過ごす」ためにはさまざまな工夫がありますが、まずは、昨年8月の土壁アンケート特集でも意見が錯綜した「土壁 無断熱」と「土壁 外断熱」とで、冬にどのような違いがあらわれるかを、実測とシミュレーションを通して検討してみましょう。

土壁の家は寒い?

主に2000年代前半に建築された愛知県内の土壁住宅13件、新建材住宅12件の計25件を対象に暖房した室内の気温・湿度の計測を2007年冬に行い、その中で在室時間が比較的長い、土壁の家4件、新建材の家4件のデータを抽出して時間ごとの平均値を求めてみました。

冬季の平均気温、最高気温、最低気温を比べてみると、両タイプの住宅に顕著な傾向の違いは認められません。施工精度が確保されていれば「土壁だから、すきま風があって寒い」ということは、そうはありません。

最近の土壁の家では、一般的な昔の仕様よりも塗り厚が厚い場合が多いようですし、両面から中塗をかける、仕上げ塗りをかける、チリじゃくりを設ける、外壁を貼る、サッシを用いる、木製建具にペアガラスを使うなど、すきま風が入りにくく、断熱性も相対的に向上したつくりになってきているとも言えます。

木の家ネットの2010年8月号に行った「土壁アンケート」では、土壁の塗り厚は70〜80mmという回答が多数。
ほかの結果についてはこちら

断熱性能が低い家は、しっかり断熱してある家に比べると、どうしても暖房効率は悪くなります。夏の室内環境についてデグリーアワーをみましたが、冬については、前ページでご紹介した4つのモデル住宅について、室内温度の設定温度に応じて暖房負荷がどのくらいかかるかについて見てみましょう。

冬の室内環境についての解析

(1)土壁の家の暖房負荷は?

設定気温ごとの暖房負荷エネルギー量のシミュレーション

冬季の各設定気温における暖房負荷エネルギー量を示しています。同じ気温を維持するための暖房負荷が最も高かったのは「土壁B:無断熱」であり、設定気温が高くなるにつれて負荷は大きくなっています。空間を暖めるためには、土壁の熱容量の大きさ、つまりあたたまりにくさが負荷となっており、また断熱性の小ささにより熱が外に放熱されていることを示しています。「新建材A:高断熱」と「土壁A:外断熱」の暖房負荷は同程度でした。

ただしこの暖房負荷シミュレーションは、全館暖房を行い、家の中全体が均質な気温を維持することを想定していますので、ある一室で薪ストーブを焚き、あとの部屋は多少寒くても気にしないというライフスタイルであれば、消費エネルギーはむしろ低くなるかもしれません。

(2)冬季の室内気温

無暖房状態での気温変動のシミュレーション

暖房なしで、窓から太陽熱の取得があるという条件での室内の気温のシミュレーションです。「土壁B:無断熱」は低温で推移しています。外気が0〜6℃という中、「土壁A:外断熱」は「土壁B:無断熱」よりも2℃も気温が高いわけですから、外断熱をすれば熱損失を抑え、その分暖かくすることができることが分かります。

「新建材A:高断熱」と「土壁A:外断熱」を比べると、両者とも比較的暖かく推移していますが、「土壁A:外断熱」の方が温度の変動幅がより少なくなっています。あたたまるのも冷えるのもゆっくりな土壁の蓄熱性と、外断熱されるいために放熱がないことがあいまって、より安定した室内温熱環境となっています。

土壁に外断熱を施すと、冬暖かい室内環境を得られることが分かりました。寒い地方ではこれは非常に効果的といえるでしょう。ただし、温暖地において「外断熱しつつ、夏涼しく」を実現するには、外断熱をしない場合以上に、夏に土壁をあたためてしまうことのないよう、徹底した日射遮蔽などの配慮が必要となります。

土壁外断熱仕様の一例:土壁の上に間柱を立て、杉樹皮をコーンスターチでかためたフォレストボードを入れ、
下地板+ラス網+モルタルで仕上げた
 写真提供=古川保(熊本県 古川設計室)

暖かい住まいづくりのポイント

冬に暖かく過ごすパッシブデザインの工夫

■太陽熱の取り込み(ダイレクトゲイン)南側の大型窓+夜は保温
■断熱屋根、壁、床、開口部からの放熱抑制
■蓄熱土壁、土間等による蓄熱 気温・壁温の安定化
■床材熱伝導率の低い床材(無垢のスギ板など)
■湿気調整土壁、木、畳(藁床)による吸放湿

(1)太陽熱の取り込み(ダイレクトゲイン)と蓄熱

冬の室内を暖かく過ごすためにまず考えたいのは、太陽熱の取り込み(ダイレクトゲイン)です。冬の縁側はぽかぽかしていて、よく猫が昼寝しています。冬の日射しは高度は低くても、直接あたっていると、輻射熱のおかげでかなり暖かく感じられるものです。南側の大型窓から日射を取得し、土壁などの部材にも蓄熱し、夜間は障子や雨戸で保温をする方法を考えましょう。屋根、壁、床の断熱性が高ければ、その熱を夕方から夜間にかけて持ち越すことができ、暖房負荷を低減させることができます。

古民家の例。冬の低い日射しは、縁側や縁側に面した部屋にまで入る

ただし、夏の日射遮蔽と冬の日射取得とを両立させる必要があります。夏の日射遮蔽を重んじすぎて庇・軒を深くしすぎてしまうと、冬の低い太陽高度からの日射が入らなくなってしまいますので、夏の日中の高い太陽高度からの日射は軒・庇で、朝夕の低い太陽高度の日射は緑のカーテンや簾、雨戸など可動のもので遮るようにするとよいでしょう。

(2)外断熱をする場合、しない場合

土壁を外断熱した場合の冬における効果は、先のシミュレーションで見た通りです。ただし、夏には日射遮蔽や夜間通風などの対策を施し、土壁をオーバーヒートさせないようにしないと、冷房への依存度をかえって高めるおそれもあるので、気をつけましょう。

土壁の蓄熱・調湿性を活かした環境デザインについて、筆者の考えを整理した試案。
土と木を活かした、自然と共生したライフスタイルをイメージしている。

比較的温暖な地で外断熱を施さない場合は、冬季に屋外との熱的な緩衝空間となる縁側や収納空間を設けるなど、室内からの放熱を抑制する工夫をします。特に冷えやすい隅角部は内側を板張りにする、開口部は複層ガラスにする・内障子を設ける、ヒートショックの影響が懸念される浴室・脱衣室・トイレなどは室内側で断熱するなど、設計上できる工夫がいくつもあります。また、冬あたたかくするエリアをある程度決め「夏は広く、冬はせまく暮らす」というライフスタイルも考えられます。そのために建具をうまく活用して区画可能な間取りをあらかじめ設計する工夫もできるでしょう。

木の家ネットの2010年8月号に行った「土壁アンケート」では、「土壁の家に断熱材を入れる?入れない?」についてのつくり手の声も集めました。こちらへ

(3)床材

フローリングと無垢の杉板材とでは、素足で感じる温度が違うことはみなさんご存知でしょう。冬、足元をあたたかく感じるには、熱伝導率の低い杉の厚板を採用することは有効です。樹種としては、やわらかく、傷がつきやすいという難点はありますが、あたたかく感じられるスギ板はおすすめです。床に使われることの多い素材の熱伝導率を次にあげてみました。

床材の熱伝導率

0.11 [ W/m・K ]
スギ、ヒノキ0.12 [ W/m・K ]
ナラ、ブナ、プラスチック(P)タイル0.19 [ W/m・K ]
タイル1.3 [ W/m・K ]
出典:(財)建築環境・省エネルギー機構:住宅の省エネルギー基準の解説

数字で見ると差は小さいように見えますが、皮膚と床の温度関係が同じならば、スギ、ヒノキは、合板の75%、Pタイルの63%の熱流量ということになります。熱流量が少ないために、スギやヒノキの無垢板の床の方が冷たく感じにくいのです。

(4)湿気調節

現代の一般的な住宅では、空調で気温だけをあげていくと乾燥状態になるため、鼻、のど、皮膚の乾きを訴える声が多いという報告もあります。しかし、木と土壁の家では、土や木の調湿作用により暮らしやすい湿度を保つことができます。また薪ストーブなど放射暖房で、気温を上げすぎずに体感気温を高めることも効果的です。

冬の室内環境についてのアンケート
(愛知県内の土壁住宅13件、新建材住宅12件の計25件を対象)

自分らしい住まい方と環境負荷低減

人は誰しも自分らしく生きたいと思うのと同じように、自分らしい住まい、自分らしい温熱環境の中で暮らしたいと思うものです。環境負荷低減をふまえた生活をするにあたり、どのような組み合わせで自分の望む温熱環境をつくるか、その方法の選択には、自分らしさがあってしかるべきだと思います。

暑さや寒さをすべて排除するのではなく、自然と共にある、おおらかな生活環境の価値がもっともっと認められてもよいと思います。そんなあたり前のことが、省エネ、健康、地域性、持続可能性などに繋がってゆくのではないでしょうか。さらには、木と土の家の建設時や廃棄時の環境負荷も含めた総合的、定量的な検証と評価も望まれるところでしょう。

「池の見える家」は「土壁B:無断熱」の仕様に相当します。先に述べた工夫をいろいろ施していることもあって、冬もそれなりに暖かく暮らすことができています。薪ストーブの放射熱はとてもやわらかく、パチパチと薪が燃える聴覚的、視覚的な刺激も心地よさにつながっています。ちょっと寒かった空間が、薪ストーブの炎とともに温まってゆくプロセスはなかなかいいものです。それも「寒さがあるからこそ、暖かさがうれしくなる」。機械的にコントロールされた均質な環境とは異なる、ドラマのある温熱環境だと思います。

薪ストーブが冬の家の中心となる

夏には、窓を開けて過ごすことで、風を取り入れるだけではなく、虫の鳴き声や鳥のさえずり、雨の音などを聴くことができ、季節の移り変わりを身近に感じます。エアコンは設置してあるのですが、ほとんど使いません。それは我慢して使わないのではなく、その方が総体として「気持ちがいいから」そうしています。夏の間、2階リビングの窓はルーバー窓のまま、ずっと風が通っています。1階の縁側の外には緑のカーテンがあります。いつも外と繋がっているのです。夕方の涼しさはとても心地のいいもので、暑い日はそれだけでありがたく感じます。

木と土の家における温熱環境デザインの工夫をいろいろ取りあげてきましたが、過ごしやすい環境をつくるためには、まだ多くの可能性があると思います。自然とともにある、開放された建築空間はシミュレーションや評価がまだまだ困難であり、複雑で繊細な人間の感覚を再現することも難しいのが現状です。伝統的な建築に内在する知恵には、私たちの理解が追い付いていないこともあるでしょう。木と土の家のポテンシャルを活かすため、今後さらに柔軟に検討を重ね、よりバランスのとれたものにしてゆく必要があるだろうと思っています。

夕顔棚納涼図

最後に私の好きな絵をご紹介しましょう。久隅守景の「夕顔棚納涼図屏風」があります。江戸中期の作品です。

夕顔棚納涼図屏風(国宝、東京国立博物館蔵):
2曲1隻、紙本墨画淡彩。木下長嘯子の和歌を主題としたらしい。「夕顔のさける軒端の下涼み男はててれ(襦袢)女はふたの物(腰巻)」。
詳しくは東京国立博物館コレクションのページへ

地味な作品なので、国宝らしくない国宝とも言われているようです。夕顔棚の下で、親子が涼んでいます。お父さんは一日仕事だったのでしょうか。寝そべったお父さんとお母さんと子供。日中の暑さが和らいで、ほっとしているような。「今日は暑かったな〜」そんな声が聞こえてきそうな、幸せそうな家族の風景です。この心地よさは、昼間の暑さをみんなで凌いだ体験の共有にも基づいているわけです。けして設備によってもたらすことのできる感覚ではないでしょう。「足るを知る」は言い換えれば、「足らないことも魅力」といえるかもしれません。

■参考文献
  • 太田昌宏,宇野勇治,堀越哲美:伝統構法木造住宅と現代構法木造住宅を対象とした室内熱環境実測と評価,日本建築学会大会学術講演梗概集,D環境工学 pp.89-90, 2008.9
  • 太田昌宏, 宇野勇治, 堀越哲美:伝統構法木造住宅及び現代構法木造住宅を想定した室内温熱環境シミュレーションと評価, 日本建築学会大会学術講演梗概集(東北), D環境工学 pp.165-166, 2009.8
  • (財)建築環境・省エネルギー機構:住宅の省エネルギー基準の解説(改訂第3版),2010
  • 梅干野晃:住まいの環境学 快適な住まいづくりを科学する,放送大学教育振興会,1995
  • 彰国社編:自然エネルギー利用のためのパッシブ建築設計手法事典,1983


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池の見える家:軒先に吊るした干し柿に、季節のめぐりを感じる暮らしがここにある。