このページから2ページにわたって、「改正省エネ法」の草案をご紹介します。草案の中身としては、これまで国で行われて来た「低炭素社会に向けて」の会議での配布資料や、パブリックコメント募集の際の参考資料として、経産省と国土交通省から情報公開されているものを用いています。
改正省エネ法は、「外皮性能」と「一次消費エネルギー量」との二本立てで成り立っています。このページでは、改正省エネ法が先行事例として影響を受けている、ドイツでの住宅の断熱化政策について紹介し、「外皮性能」について解説します。
次のページでは「一次消費エネルギー量」の計算方法にあたりながら、「省エネの推奨」というよりは「省エネ製品の推奨」になっているような現状を見ていき、実際に「木組み土壁」の事例を計算してみるとどうなるのか、試してみましょう。
「省エネと経済効果」を両立させた
ドイツが手本に
ドイツでは、政策により、住宅の「熱損失」「快適な暮らしをするのに必要とされるエネルギー消費量」「日射取得」などを規定しており、住宅業界は、その規定以上の建物を建てることが求められているます。複層ガラス、壁、床などの断熱材、光の取り入れ、換気に工夫をすることで、暖房などのエネルギー消費を減らし、太陽光など自然を利用した発電でエネルギーを生み出す「プラスエネルギー住宅」までもが、増えてきています。

2013年には、ドイツ国交省の持続可能な建築部のディーター・ヘグナー事務次官が来日しての「日独サスティナブル建築フォーラム」が開かれ、2012年に改正省エネ法案を国会に提出した前田武志議員も参加しています。
■ エネルギーを生み出すエコ住宅〜環境先進国ドイツに学ぶ:ヘグナー事務次官来日のレポート
http://www.data-max.co.jp/2013/10/30/post_16455_is_1.html

ドイツでは、2010年秋のメルケル政権の時にはじめて「2050年までに二酸化炭素の排出量を最大95%削減」という目標を掲げる「エネルギーヴェンデ(エネルギの転換)」を政策としてとりあげました。いまでこそ「環境先進国」というイメージが強いドイツですが、この政策が実現するまでには「経済成長とCO2削減目標とは相容れない」という既得権益層からの強い反発がありました。1986年のチェルノブイリ事故以来、四半世紀にわたるせめぎあいの末ようやく、市民主体で勝ち取った転換でした。
■ ドイツ・フライブルク市から地球環境を考える 村上 敦:ドイツのエネルギーヴェンデって?
http://blog.livedoor.jp/murakamiatsushi/archives/51823182.html
■ 河野太郎のごまめの歯ぎしり:ドイツのエネルギーシフト(ドイツ出張報告)
http://www.taro.org/2013/11/post-1421.php

市民系の電力会社による再生エネルギー市場の発展と同時に、家庭での消費エネルギーの削減にも、焦点があてられました。ドイツは、日本でいえば北海道並みに寒い国なので、家庭でのエネルギー使用量の中でも、暖房費が飛び抜けて大きな割合を占めます。この暖房費を圧縮するために「住宅の断熱化」が徹底的に推進されています。
そのための手法として、個々の住宅に「家の燃費」を示す「エネルギーパス」を発行する取り組みが実施されました。エネルギーパスには、その住宅においてある基準の温熱環境を保つのに、どれくらいの化石・原子力エネルギーを使うか? CO2を排出するか?が表記されます。この数字が、2050年までに限りなくゼロに近づくように、国民に努力が求められます。

「家の燃費を把握する」という動きはEU全体に広がり、今や、車を買う時に燃費を気にするのと同様に、エネルギーパスに表示された数値が、中古物件を売買する際の判断基準となっています。また、住宅の温熱性能を補助する暖房機器についても、より高効率な製品を選べるよう、ひとつひとつに消費電力の分かりやすい表示がなされています。
改正省エネ法は、このようにhして年2〜3%の経済成長と二酸化炭素25%削減との両方を実現したドイツの環境政策を手本としています。
「省エネ」を義務化することで生まれる、断熱工事や高効率省エネ製品への新たな需要が、環境効果と経済効果とを同時にもたらすに違いない。そのような判断で、日本でもドイツを手本に、改正省エネ法の骨組みを作って行くことになったのです。


持留ヨハナ モチドメデザイン事務所(山梨県北杜市)
木の家ネットの事務局を担当している私は、日本人とドイツ人のハーフです。ドイツは、南部のミュンヘンでさえ、緯度は北海道どころかサハリンに相当し、日本とは気候風土がかなり違い、暖房エネルギーをどうするかが最大の課題となります。ドイツの環境政策には学ぶべきこともたくさんありますが、そのまま取り入れるのでなく、日本の気候風土、歴史文化に合った形を模索することが大事だと思います。

温熱環境性能を把握することは
つくり手にとっては必要なこと
ドイツで始まった「エネルギーパス」の取り組みのように、住宅の温熱環境性能をきちんと把握し、建て主に説明することは、設計者としての役割だ、という考え方は、木の家ネットの中でもかなり広まっています。

高橋昌巳 シティ環境建築設計(東京都練馬区)
限りある資源を大切に使っていかなければならない今、エネルギーを無駄使いしない家を作るのは、設計者としては当然のこと。そのために、自分のつくる家の環境性能を把握することは、必要ですよね。これまで、そのような努力が足りなかったかもしれない。木の家ネットで温熱環境調査を実施したのは、そういった思いがあってのことです。
そこで、木の家ネットメンバーの設計者の有志の間で、自分の建てた家についての温熱環境調査を実施しました。つくり手会員で温熱環境の研究者でもある宇野勇治さんの協力を得ながら、個々の事例の内外の気温・室温の変化のデータと、各世帯の年間一次エネルギー使用量をまとめ、住まい手の暮らしの温熱感との関係とを「木の家ネット温熱環境調査。まずは知ることから!」というコンテンツにまとめました。


山田貴宏 ビオフォルム環境デザイン室(東京都国分寺市)
どんな家であれ、温熱環境面に限りませんが、その家の性能について「作り手側の説明責任と住まい手の住む責任」があるのではないでしょうか?たとえば、「この土壁の家は暖房を焚かない状態で、〇〇℃ぐらいになります。16℃で暮らしたいならこの程度の、20℃で暮らしたいなら、この程度の暖房エネルギーがかかります」みたいなことを、つくり手がはっきりと示し、住まい手も納得づくでそれを選んでいくということが大事だと思います。

設計とは、住まい手が「こういう生活をしたい」ということを、あるクライテリアとして整理し、それを満たすよう実現していく行為です。住まい手がもっている、どの程度の温熱環境で暮らしたいのかという希望に沿って、設計者がプロとして応えていく、というイメージです。
山田さんの発言にあるように「16℃で暮らしたいなら」という想定が自分でできればいいのですが、改正省エネ法では「冬は20℃、夏は27℃」という設定そのものを義務づけています。そこが厄介なところです。

林美樹 ストゥディオ・プラナ(東京都杉並区)
地球環境を考え、限られた資源を大切にし、エネルギ–を少なく暮らすのは今や当たり前のこと。それを前提にすれば、住まい手は、自分のライフスタイルに応じて、温熱環境を選んで良いのではないでしょうか? 建築の自由、暮らしの自由は守られてほしいですね。
住まい手は、自分のライフスタイルに合った温熱環境性能についてよく考えて、家づくりに臨みましょう。
つくり手は、温熱環境性能を把握しましょう。建物の条件を入力すれば、改正省エネ法の基準として示される「外皮性能」や「設計一次消費エネルギー」が基準を満たすかどうか、結果を出してくれるオンラインのサービスもあります。こうしたサービスを活用して、実際に自分が作っている住宅がどのように評価されるのかを知り、建て主にも説明できるようにしましょう。


そこまでは、誰も異議はないのです。ただ、ある一定の基準をつくり、おしなべてその基準にあてはまることを「義務化」するとなると、また話は別です。計算をしはじめる前に、改正省エネ法が住宅に何を求めているのか、その中身を学んでいきましょう。
改正省エネ法予習篇
その1 外皮性能の基準
外皮性能:UA値とは
建物の「熱を逃がさない」性能のこと
外皮とは、建物の「熱的境界となる部分」のことをさしており、建物の外皮性能は、その建物がどのくらい「熱を逃がさないか(UA値=外皮平均熱貫流率)」で評価します。
以前は、屋根、天井、外壁、開口、床から逃げる量と換気によって逃げる量の合計を床面積で割って算出したQ値を用いていましたが、改正省エネ法では、気密性能は評価が難しいので入れず、屋根、天井、外壁、開口、床から逃げる量を家全体の外皮表面積で割ったUA値を採用しました。
簡単に言うと、Q値は床面積の平均熱貫流率、UA値は表面積の平均熱貫流率ということになります。

UA値は、その建物を構成するパーツごとに定められたU値=熱還流率の総和として求められます。U値は「数値が低い方が、断熱性能は優秀」ということになります。断熱材を入れれば低くなり、窓が大きければ高くなる。その窓も、単層ガラスでは高く、ペアガラスでは低くなる、といった具合です。当然のことながら、開口部が多かったり、断熱材が入っていなかったりすると、評価は下がります。


地域区分に応じて決められる外皮性能
日本のほどんどが0.87
外皮性能は、地域区分に応じて、満たさなければいけない数値が決められています。


1〜8地域に分かれている地域区分のうち、5,6,7地域が同じ外皮性能0.87なのは、夏の日射遮蔽を混入させたからです。
キノちゃんあれ〜 奄美大島から新潟まで、おんなじUA値を求められるの? 気候が大分違うと思うんだけどー
キノちゃんが入手した情報によれば、同じ5〜7地域といっても、暖房の使用状況は、かなり違います。
地域区分 | 主な都市 | UA値 | 暖房度日 | 暖房費用 |
---|---|---|---|---|
4 | 長野 | 0.75 | 2805℃日 | 約8万円 |
5 | 新潟 | 0.87 | 2016℃日 | 約5万円 |
6 | 東京 | 0.87 | 1750℃日 | 約3.5万円 |
7 | 鹿児島 | 0.87 | 979℃日 | 約2.5万円 |
イエモンくん鹿児島と新潟じゃあ、暖房費用が倍なのに、新潟で求められる断熱性能と同じだけ求められるの??

なぜそこまで断熱性能をあげなければいけないのか?という問いに対して、いつも出て来るのが、お風呂場から脱衣室に、暖かい部屋から寒い廊下やトイレに移動した時に「ヒートショック」が起きるから、という議論があります。
ヒートショックは、特に高齢者の居る家庭では気を遣わなくてはならない問題といえるかもしれません。しかし、ヒートショックが起きないようにと、家じゅうをあたたかくすると、暖房にかかるエネルギーは膨大になります。
「全館暖房することで、暖房エネルギーがかえって増えた」という報告もあるようですから、ヒートショックが起きやすい脱衣室やトイレなどに小さなヒーターを置くなど「断熱化と全館暖房」によらない、別の解決策もあるのではないでしょうか?
キノちゃんヒートショックのためだけに家全体を20℃に暖房しなければならないというのは、なんだか、無駄な気がするのは私だけかしら??
ところで、人間が住む環境を「冬は寒くなく、夏は暑くなく」保つことは、本当に健康にいいことなのでしょうか?

日高保 きらくなたてものや(神奈川県鎌倉市)
温熱的に手厚くすれば健康になる、というのは逆なんじゃないかと思うんです。現に、熱中症で亡くなる人が増えたのは、エアコンの普及台数カーブと一致している。むしろ、適応能力が落ちるのでは? 健康でいるためには、多少の温度差刺激があった方がいいという医学的な見解もある。


綾部孝司 綾部工務店(埼玉県川越市)
断熱化を押し進めても、人の欲求には限りが無いから、更なる快適を求め、適度なストレスさえも拒絶する様になるのでは? 人として生まれ人として暮らしていく過程の中で、季節変化に対応出来ない体をつくってしまう事は、心身ともに健康な姿ではない気がする。
伝統木造の「よさ」も
UA値で見ると、みんな落第?
さて「改正省エネ法の基準では通らないんじゃないか」と心配されている伝統木造の外皮性能は、どのくらいになるのでしょうか? UA値は、各要素のU値を合算して得ますが、伝統木造の要素のひとつひとつのU値を拾ってみると、なかなかどうして。「悪いねー」というようなものばかりです。
U値 | |
---|---|
土壁 | 4 |
土壁+板壁 | 2 |
土壁+断熱材+板壁 | 1 |
単層ガラス | 6.4 |
イエモンくん1を大きく上回ってる要素ばっかりじゃないか!
キノちゃんこれを足して行って、どう0.87を達成しろっていうの??
伝統木造で代表的な仕様の壁のスケッチをいくつか見てみましょう。U値で見ると??

じつは、木の家ネットのつくり手の土壁施工例のサンプルで、改正省エネ法で求められる外皮性能をクリアしたのは、この土壁の外側にもうひとつ層を作って、そこで外断熱をした山田貴宏さんの一例だけでした。
60mmの土壁の外側に外断熱をし、全体としては約150mmという分厚い壁を作ることにより、UA値をクリアしています。寒い冬にも、土壁が暖房や昼間の太陽熱で蓄熱した熱を逃がさず、最低限の暖房で室内温度をキープできることが分かりました。

キノちゃんここまで手厚くすれば、改正省エネ法基準は合格ね!こう作りたい人には「あり」な仕様だけれど、法律で「これ以外の土壁は認められない」ということになると、困っちゃうな〜
玄関の引き戸や縁側も、採用しにくくなっています。引き戸は重くならないように、普通、単板ガラスを使います。よってU値はどうしても高くなります。また、レールを使い、構造的に空隙があるので、気密性能は取れません
また、外皮性能においては「外界との熱境界」しか見ません。縁側の外部に面したガラス戸のすぐ内側に障子がある場合には「ガラス戸+内障子」として「U値4.3」と性能をカウントされますが、縁側の内側に障子を立てて熱的な緩衝地帯をつくるような場合の障子は、あってもなくても、温熱性能は「ないのと同じ」となり、カウントされません。


古川保 すまい塾 古川設計室(熊本県熊本市)
ガラス戸と障子の縁側空間は無駄だという温熱専門家がいるが、そういう専門家に限って、冬のことしか考えなくてよいドイツの家づくりを崇めまくる。内でもない外でもない日本独特の緩衝空間である縁側は温熱性能のためだけに存在するのではない。夕涼み、日向ぼっこ、地域とのコミュニケ―ション、一夜干しなどの日本の生活に追随した装置である。
キノちゃん縁側、冬の昼間、ぽかぽかで気持ちいいのよね〜 このよさが、もっと評価されるといいなあ。

一次エネルギー消費量の計算方法を学び
木組土壁の家を試算してみました!