林美樹さん(中央)と、日高の家の建て主さんご夫婦
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設計士・林美樹さん(ストゥディオ・プラナ):職人がつくる木と土壁の家


緑豊かな埼玉県西部。ストゥディオ・プラナの林美樹さんが設計した「日高の家」を訪ねました。シンプルで大らかな木と土壁の家です。建て主の矢島尚登さんとイーウェンさんは、お子さんが生まれたばかりの若いご夫婦で、奥様はシンガポールの方です。ふだんは奥様も保育園にお子さんを預けて働いていらっしゃいますが、土曜日の午後、ご家族が揃って、迎えてくださいました。入っていきなり吹き抜けの大空間が開放的で気持ちのいい、おうちです。

矢島さんが見つけて来たイタリアのテラコッタタイルを貼った床から天井裏まで、全体が大きな吹き抜けとなったリビングダイニング。杉材とタイルの色の相性もなかなか。

ヨハナ (木の家ネット・ヨハナ)この家はどういうきっかけで建てられたのですか?

尚登さん (矢島尚登さん)彼女と結婚するのに、家を持つというのがシンガポールの両親の条件だったので、それで家をどうするかを考え始めました。

イーウェンさん (イーウェンさん)シンガポールは中国系、マレー系、インド系、イギリス系など、多くの人が集まって主に商売をしている小さな国で、国全体が都会です。ほどんどの人はマンション住まいですから、私はマンションでもよかったんですけどね。

尚登さん けれど、家を持つとなれば、一生のことですからね。仕事しているうちは、うちに帰って寝るだけですから、便利でありさえすればそれでいいのかも、けれど、その先もずーっと住み続けるのに、本当にそれでいいのかなと疑問で、僕は最初から一戸建で、場所をどこにするかを考えていました。

日高の家外観。東側の赤い扉が玄関だが、掃き出しのガラス戸からも、東南の角を廻っている縁側からも、スッと表に出ることができる、戸外とのつながりのいい家。前の木が育ってきたら、きっと、さらにいい感じに。

ヨハナ マンションになくて、ずっと住み続けるのに必要な何か、とは何なのでしょうか?

尚登さん 自然とつながっている生活、かな。うちの実家は、川越の兼業農家なんですが、仕事をやめた今は、あたりまえに田んぼや畑をやっていて、両親とも生き生きしてるんですよ。マンション住まいの老人には、あり得ないですよね。

ヨハナ 自然と触れ合う生活があってこそ、元気でいられるということですね。

イーウェンさん 私には、その感覚はよく分からないです。シンガポールでは、自然といえばジャングルか、たまにリゾートで遊びに行く南の島ぐらいで、日常的な自然とのつながりというのはないですからね。日本の方が、自然と人とが近いのかもしれない。

ヨハナ 日本でも、マンション育ちで田舎のない家庭で子ども時代を過ごしたら、そうかもしれないですよ。尚登さんには、子どもの頃の原体験があるのでしょうか?

尚登さん そうですね。今でこそ、川越でも田んぼは大分減っていますけれど、小さい頃は、近くの用水路にホタルがいて、おばあさんがよく見に連れていってくれました。

西側の2階妻面に大きく開いた窓からは、裏山が手の届きそうな距離。2階は、将来、部屋に区切って使うこともできるような間取りになっている。

イーウェンさん となりのトトロみたい! 私には、映画の世界です。

尚登さん 子どもにもそういう体験が日常的にあった方がいいなと思うし、そう考えると、庭いじりや家庭菜園ぐらいはできる暮らしは老後になってからでなく、今から始めておくべきだなと。

ヨハナ 家をもつ、ということで、長いスパンでの暮らしのイメージがはっきりされたんですね。

尚登さん 家をもつことになるまでは、意識したこともなかったことが出て来て、自分でも意外でしたけどね。

ヨハナ で、家を手に入れる第一歩として、ハウスメーカーの展示場に行ったりはされたのですか?

尚登さん 行きませんでした。外の世界と家の中をすっかり遮断して、高気密高断熱で一年じゅう快適です、って言うんだけれど、なんか違うなーと。

土を塗らず、わざと竹小舞を見せている壁。ここが部屋になっても、リビングの気配が分かるようにという美樹さんの心配りと、左官の遊び心とが合わさってこうなった。

ヨハナ 「なんか違う」とは、もう少し掘り下げると、どんな感じなのでしょうか?

尚登さん 自然とつながってる感じがしないんですよね。自分にとって住み心地のいい家ってなんだろう?って、考えていったら、締め切って機械で温度調節する快適さではなく、多少は夏は暑かったり、冬は寒かったりしてもいいから、風が入る、日があたるという家の方がいいなと。で、風の抜ける家でゴロゴロしたり、日あたりのいい縁側でおやつ食べたり、そんなイメージで作ってくれる設計士さんにお願いしよう、という方向でネットなどで設計士さんを探し始めました。

イーウェンさん 私自身は縁側は知らないけれど、ドラマとかで縁側のところで座って近所の人と話したりする感じは、いいなと思いましたよ。

縁がなく、目の詰まった半畳の琉球畳が市松模様に敷き詰められた和室。美樹さんお得意の割り付けデザインで建具職の新井さんに特注で作ってもらった障子の外側には濡れ縁があります。

尚登さん いろいろネットで探していくうちに、長く住むことを考えたら、無垢の木の家だったら年々味が出てくるし、飽きないでいいかな、ということも思うようになりました。

イーウェンさん 忙しく仕事して帰ってくる家に、はーっとひと息つけるリラックスの感じ、私は虫はキライだけど、それでも自然と触れ合う感じがあるのには、賛成でした。

尚登さん で、ネットで「無垢の木の家」で検索して、いろいろ比較検討をして、何人かの設計士さんに会ってみたりもしました。

ヨハナ 大分、絞られてきましたね!で、最終的に林美樹さんに辿りついたのは?

尚登さん 無垢の木の家でも、柱をドーンと見せるような「こだわりの伝統構法」も嫌いではないのですが、ホームページで林美樹さんの作品を見た時に、現代の生活に合ったデザイン性があるのがいいな、と思いました。

キッチン脇の土壁が朱く塗られているのは、イーウェンさんの提案でした。いいアクセントになっています。

イーウェンさん 木の家というと日本のものというイメージがありますが、あまり和風過ぎない感じが、私にもちょうどいいです。

ヨハナ 尚登さんがご自身の感覚に忠実に、ぶれないで考えたり調べたりしていく中で、出会えたんですね。イーウェンさんも気に入られているようで、よかったです!

尚登さん ご飯を作ったり、食べたり、寛いだり、パソコンをちょっといじったりという生活スペースは、吹き抜けのワンルームにしましたが、床は昔の民家の土間のイメージで、テラコッタタイルにしました。彼女の生活習慣のもそれが合うようです。

階段上の踊り場からリビングダイニングを見下ろす

イーウェンさん シンガポールはテーブルと椅子の生活で、床は木でなくてタイルです。掃除もしやすくていいです。休んだり、子どもとゴロゴロ遊んだりするところは、畳で座ったり寝っころがって、立ち働くところはタイルで、と、どちらもとてもいいです!

尚登さん 彼女の両親もシンガポールから泊まりに来て、気に入ってくれました。

イーウェンさん 来るまでは、そんなに木を使っていて、湿気で家が腐らない?カビたりしない?と心配していましたが、日本に来てみて納得したみたいです。畳の部屋や、外の緑を見ながら入るお風呂が旅館みたいで気持ちいいねと言われましたよ。

ヨハナ よかったですね!お子さんがこんなに素敵な家で、まわりの自然とも触れ合いながら成長していかれるのが、楽しみですね。


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