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設計士・林美樹さん(ストゥディオ・プラナ):職人がつくる木と土壁の家


伝統的な木組み土壁の家でありながら、現代の生活に合った、デザイン性のある家づくりをする美樹さん。シンプルで、余計なものない。かといって、ぶっきらぼうではなく、洗練されていて、さりげない遊び心やあたたかみも感じられる。何気ないおしゃべりから、そんな作風につながる林美樹さんのお人柄を感じていただければと思います。

赤城の山荘。父の設計したものの中でも、好きな建物のうちの一つです。

「時を経た、いい感じ」が好き

時間が経って、いい感じに古びて、まわりの木も育って、住まい手の暮らしがにじみだしてくるような・・そんな家が好き。どうってことない建物でも、丁寧に使われると、時間が経った方がステキになると思います。学生時代から、人のいない、家具もない、ピカピカした建築写真って、なんか違うなあって思っていました。

アルバムの中の一枚。左が幼い頃の私。ダイニングテーブで朝ご飯を食べています。

家をあれこれ改修し続ける両親

両親とも建築設計関係の仕事をしていて、祖父母の敷地に建てた9坪2階建ての小さな自宅は、二人の研究材料のようなものでした。父は「ここに絵をかけたいから壁にする」、母は「そこは窓!」なんて言い合いながら、私たちの成長に合わせてよく家をいじっていたので、しょっちゅう出入りの大工さんが来てました。庭で鉋で削ってるのをずっと眺めていたり…。あの木の匂い好きだったなあ。

「らしく」仕上げるインテリア設計には向かない私です

親と同じ設計の道を選んだからよけいに、親のスネをかじりたくないという思いがあって、ちゃんとお勤めしようと、日本設計に行きました。その当時、女子は建築設計部には入れてもらえなくて、所属は新設のインテリア設計部。バブル最盛期の仕事で、お金をかけて表面を「らしく」お化粧するとか、目新しさを出して差別化するというようなことばっかり。その上、何年かすればすぐにリニューアルされてしまいます。やっぱり時を経てよくなっていくのは本物だけ。そのような本物の魅力に惹かれるし、そんなものづくりを私もしたいと思っています。

愛猫、ぐらと寅次郎

猫の居る暮らし

二匹、猫が居ます。のびやかで、気ままで、自分のしたくないことはしない、そんな猫が、大好きです。そして、ポイントは、人間の思い通りにはなかなか動いてくれない、ということ。思い通りにならない、会話も成立しない相手のことをああかな、こうかな、と思いながらコミュニケーションする、というのは、想像力をうんと伸ばすと思うんですよ。相手が猫であれば、なおさらです。あと、猫は正直で(ずる)賢い!暑い時、寒い時、言われなくても自分にとって気持ちのいい場所を上手に見つけて寛いでいる。本人たちは気づいてないけれど「温熱環境チェッカー」の役目も果たしてくれてもいるのです。猫が寛ぐコーナーがたくさんある家になっていれば「よしっ、いいぞ」と、ひそかに満足!

イタリアで学んだこと

日本設計に居た頃、自主研修制度を使って休職して、イタリアの大学の建築学科に通いました。二年間、グラッパ山が見える風光明媚なところで、設計の課題をやったり、建築史の授業に出たり。当時は著名な建築史家のタフーリ教授が教鞭をとっていました。そこで一番心に残ったのは、歴史観の違い。新築でもその場所の歴史的背景を徹底的に調べた上で、だったら今どう作る、将来どういうものとして残るかを考える、というのがあたりまえなのには、驚きました。イタリアでは新築でもいい意味で「目立たない」、風景や歴史に融け込んだようなものが一般に評価されているように感じます。隣との違いを個性?として主張するのとは、大違いです。

作って食べること。きれいに盛ること。

食べることもですが、料理が大好きで、時間に余裕があったイタリアでは、使ったことのない食材を買ってはいろいろと試していました。今では、その頃より忙しいですけど、平日のお昼も事務所で簡単なものを自炊するよう、心がけています。季節の素材を取り入れて、ちょこちょこっと作ります。そうやっていただくご飯で、スタッフたちと午後を乗り切ります。特別なおもてなしでなくても、食器は事務所にある、そう多くはない器の中から選び、盛りつけにもちょっと気を使っています。見た目が美しいことも、食事の楽しさのひとつですから。

修道院をリノベーションした美術館 Musei Civici Eremitani

日本でも、イタリアでも、あたりまえなこと

イタリアでは、あたりまえに古い建物を大事にしているし、それを今の生活に活用しようということをしています。私が今、日本で伝統的な手法に学んだ家づくりをしているのも、なにも特別なことではなく、そのあたりまえの感覚の延長にあるものです。身近な材料を使うこと、気候風土に合っていること、シンプルであること、機械や工業製品に頼らず自然であることは、世界どこでも、その土地に根ざした建築に共通していることではないでしょうか。イタリアまで行って学んだのは、実はそんな基本的なことだったのか…という感じですが、今の日本が一番忘れてしまっていることなのではないでしょうか。

吉祥寺東町の家

ゆるやかな暮らしの器

で、私の作る家は? と問われれば、建て主さんのお話を訊いて、こう暮らしたいんだな、とキャッチしたことを、かたちにすることではないかと。心がけているのは、作り込み過ぎないこと。今のご家族の状況や好みに合わせてきっちり作り込んでいくと、将来の家族構成や嗜好の変化についていけなくなるからです。長く住むことを考えれば、家はあっさりとした、ゆるやかな器でいいと思っています。味付けは、建て主さんの住みこなしで!日本の家は、昔からそんな感じだったんじゃないでしょうか。

南葉山の家。林野庁のDVD用撮影取材がはいった時の一枚。

納得して進んでいただけるよう心がけていること

とはいえ、建て主さんは一生に一回の家づくりですから、いろいろとこだわられることもあります。ここはこうしてほしいとか、これを使いたいとか。そのようなご要望には、なるべく添うようにはするのですが、全体のバランスを考えてどうかな、とか、家族構成が変わった後の事まで考えてどうかな、と思う場合もありますよね。そんな時は、どうしてそうしない方がいいのか、どう考えたらいいのか、ということを納得の上軌道修正できるよう、いっしょに考えるようにしています。「それは違います」と、ズバっというよりまわり道のようですが、そちらの方が最終的には良い結果となるようです。

大工の都倉さんとの出会い

イタリアから帰り独立して、住宅設計を手がけるようになった一軒めで、伝統構法に熱意をもっている大工の都倉さんと出会えたのは幸せなことでした。自分が描いていたことを、木を使って実際のカタチにしてくれる、という手応えがあり、教えられることばかりでした。仕事ぶりももちろんですが、印半纏を着ている都倉さんは、職人気質でキマっています。(笑)腕だけでなく人柄も素晴らしいので、お施主さんの受けも抜群。以来、都内や近郊の仕事の場合は、都倉さんと組んで仕事させていただいています。

大工の都倉さん、左官の江原さん

ひとりでは、できない。チームだから、できる。

杉材で家の骨組みを作り、竹で小舞を編んで土の壁をつけ、開口部には木製建具が入る、というのが私の家づくりの定石ですが、それができるのも、ベストメンバーのチームがあってこそ。その代表メンバーが、大工の都倉さん、左官の江原さん、建具の新井さん。私が「こんな風にしたいな」と描くものを、具体的に実現してくれるのは、この3人です。投げかけると、どんどんいいアイデアを出してくれるので、細かいところまで悩みすぎずに現場で相談することにしています。おもしろいのは、3人であれこれと調整しはじめて、どんどん話が弾んで、思わぬ方に広がっていくこと。これぞ現場の醍醐味!もちろん、その他の職人さんたちも、気心の知れたいい人ばかり。ほんとにいいチームに恵まれて、幸せです。

京都、宝泉院

高気密高断熱?

外の環境と室内とを遮断するハコを作ってその内部を高効率エアコンで空調するのが省エネで快適な住まいであるという高気密高断熱の考え方は、どうもしっくりきません。季節を問わず一年中同じような、そしてさらに、家の中の隅々までが均一な温度に保たれていなければならない、ということが必須だとは思えないからです。しのげないほどでなければ、多少の暑さ寒さは季節感として楽しめばいいし、それくらいの方が、むしろ身体の体温調節機能を活性化させるはずです。冬も、家の中に多少寒いところがある方が、食品の保存などにもいいのではないでしょうか。

都倉さん作の茶杓

茶道に学ぶこと

お茶のお稽古には今も通っています。茶の湯はまさに、季節の変化を味わう日本の文化です。亭主は客に、暑い時には涼しさを、寒い時には温かさをどのように演出するか、心を配ります。暮らしの中のそのような知恵は、まさに風土に育まれて来た文化といえるのではないでしょうか。シンプルな空間や丁寧に手づくりされたものへの尊敬の念も、茶道ではとても大切にしています。あと、お茶をやっている人同士の間で、何か通じ合うような部分ってありますよね。いっしょに家づくりをしているチームメンバーの3人は、実はそれぞれお茶をやっていて、偶然のような、いや、知らず知らずのうちに惹かれるところがあったのかもしれません。

日高の家

ほどほどが、ちょうどいい、そんな家

風通しをよくして、お日様の恵みを十分に取り入れたり遮ったりできるプランニングを心がけています。壁には、室温や湿度をやんわりと調節してくれる土壁を塗り、障子一枚でやわらかい光を取り入れたり、木製雨戸やガラリ戸で暑さ寒さを和らげたりする。そんな家がちょうどいいんじゃないかなと思っています。不思議と、私に設計を依頼してくださる建て主さんは「クーラーが苦手なの」という方が多く、そんな私の「加減」を好んでくださいます。エアコンは設置してもよほどの時以外は使われない方が多いですね。家とライフスタイルとの間に相関関係があるような気がします。

ライフスタイルの尊重

省エネを進めるために守らなければならない基準が作られようとしていますが「室温は何度以上」「家じゅうに温度差がないように」「エアコンをつけない場合でもつけると想定して計算」というような考え方は、どうかと思います。どのような温熱感で暮らすかは、ライフスタイルに関わることです。そもそも、省エネを建物や設備の性能だけで達成させようとすることに、疑問を感じます。それによって、伝統的な構法の建築がつくれなくなるようなことや、簡素に少ないエネルギーで暮らしている人たちまで規制の枠にはめることはあってはならないと思います。

受験勉強に励んでいた時のノート

電気工事士の資格に挑戦

最近、電気工事のできる資格取得をめざしました。筆記試験はどうにか通過、あと実技の結果発表を待っているところです。以前から、消費エネルギーが少なくて済むような暮らしをサポートできる家を作りたいと思っていました。太陽光発電を導入する場合でも、電力会社への売電でなく建て主さんが「自分の屋根で作ったものはまずは自分で使う」ことを希望した場合に対応することも視野に入れて、パネルや蓄電池の配線もできたらいいなあ、と思ったんです。そういう夢の部分で意気投合できる建て主さんに巡り会えたら、楽しいし、そんな時に実現できる自分でありたいですからね! それに現場の職人さんたちが羨ましいなと思うことも多くて、私にもひとつぐらい、現場で手を動かしてできることが欲しかった!というのもありますね。

つなが〜るズの4人、左から神田雅子さん、濱田ゆかりさん、林美樹、平山友子さんです。写真は「ロハスデザインアワード」に出展した時のもの。つなが〜るズで、第9回ロハスデザイン大賞2014で大賞を受賞しました。

つなが〜るズ

2013年に「くさる家に住む。」というヘンな題名の本を共著で出し、建築女子4人でいろいろな活動を始めました。4人が集まったのは「便利な設備が整った工夫にあふれた家が、傷まないで長持ちする家が、本当に『いい家』なのだろうか」「世の中、私たちが思う方向と違うところに向かっているみたい」という疑問や不満。そこから始まって「人が人らしく生きられる家や暮らし」や『小さいエネルギーで暮らせる方法』などを、4人のネットワークを活かしながら探っています。布草履の作り方や、草木染めワークショップなどの手仕事講座や街歩きを開催し、今後も小さな太陽光発電パネルつくりのワークショップや「小さいエコをシェアしよう」という『エココンテスト』の開催等を目論んでいますので、どうぞご期待下さい!


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ぐらと寅次郎