家戻しの記録
今回の「家戻し」は、普段から古民家や石場建てに携わっている経験豊かな大工たちの知恵や勘、この家の床下の状況、移動の程度など、さまざまな条件が相乗的にプラスにはたらき、かなりスムーズに行った例です。
家そのものも被災状況も、ひとつひとつが個別ですから、それぞれに応じた工夫は必要とはなりますが、今回の家戻しから、今後のたたき台となるような基本的な手順が見えたといってよいでしょう。
全国にある石場建ての家が「いざ、動いた」という時に活かせる、また、これから建てる石場建ての家を「戻せるように」建てる知恵ともなることを願い、大工たちによる家戻しの記録を公開します。
01芯墨

柱の移動量を曲尺で確認する松村寛生さん。

柱を戻すべき正規の位置に芯墨を打つ。墨糸をはじく山本耕平さん。
02床下のジャッキ位置の検討

床下のジャッキの設置位置を検討する(左から)宮内寿和さん、金田克彦さん、増田拓史さん。柱と柱をつなぐ足固め材の、主要な柱付近にジャッキの爪をかけることに。

床下空間は600mm。足固めの下は、高いところで390mm、低いところで270mm。匍匐前進で進む。床下には土間コンクリートの一様な面になっているので、ジャッキアップはしやすい。ヨガのようなポーズで床下を検討する金田さん。
03ジャッキアップ (足固め)

ジャッキがズラッと並んだ家の外周部分。外周には壁や屋根の荷が大きくかかるので、壁の割れや仕口の破壊を防ぐため、ジャッキをたくさん使って、荷重を分散させたい。それぞれで持ち寄ったのが役に立った。いろいろな種類が出揃い、さながらジャッキ博覧会!

局所的に無理がかかっていないか、建物の音をよく聞きながら、同じようなペースであげていけるように息を合わせ、声を掛け合いながら、注意深くジャッキアップ。手前の青いヘルメットは、松村さん。
04ジャッキアップ(コンクリート立ち上がり部分)

コンクリート立ち上がり部分は足固めにジャッキをかけられないので、柱上部の梁を角材で突き上げてジャッキアップ。建物のきしみ音がしないか耳を澄ませ、注意深くあげているトニーさん。
05テフロンシートセットの準備

建物の総重量は40トン。より小さな力で動くようにするために、持ち上げた柱と礎石の間に、摩擦係数の小さい(=滑りやすい)材料として、二枚重ねのテフロンシートを利用。この写真のように鉄板3mm — テフロン5mm ー テフロン5mm ー 合板12mmというセットをかませた。

テフロン同士の理論上の摩擦係数は0.04。単純計算すれば40トンの建物がわずか1.6トンの力で動くことになる。
これは、E-ディフェンスの実大振動台実験で石場建ての住宅を加振したあと、元の位置に戻す時に使っていた素材。その時に試験体を戻した木の家ネットの大工たちの経験が、今回の「家戻し」でも活かされた。

テフロンシートに均一に荷重がかかるようにテフロンシートと柱の間には、3mm厚の鉄板を入れる。めやすとして、養生用のテープを十字状に貼り鉄板の芯も出しておいた。
06かませるセットを入れていく

持ち上がってきた柱と礎石との間に隙間ができてきたら、曳き家する時に柱との間にかませるセットの素材を順次はさんでいく。まずは、礎石となじみのいい合板を、次に2枚重ねにしたテフロンシートを。

テフロンシートの上に鉄板も入った。さしこんでいるのは、ジョナサン・ストレンマイヤーさん。これでいったんジャッキダウンして、建物移動前の柱の足元の準備は完了。
07引っ張るための反力の確保

曳き家するのに今回、レバーブロックで引っ張るが、その引っ張る力と釣り合うだけの反力がとれる、しっかりとした支点を確保する必要がある。

50mm厚の土間コンクリートでは家を引っ張るだけの反力はとれないので、礎石の下に打ってある独立基礎にケミカルアンカーで鉄筋フックを固定して、反力をとることにした。 鉄筋と、鉄筋を曲げるベンダー、それにケミカルアンカーは、増田さんが持参。おおいに役立った。

ケミカルアンカーとは、コンクリートなど既存の母材に注入する接着剤。この接着剤を注入した状態でボルト等を打ち込むことにより、強い耐力が出る。

鉄筋フックから、シャックルを介してワイヤーがのびる。今回は、現場入りしてから反力をとれるポイントを探したが、石場建ての家を立てる時には、家戻しをする時にどこで反力を取るかをあらかじめ想定しておく必要もあるだろう。
08引っ張る準備

引っ張る作用点は、反力をとっている支点からなるべく遠くにとる。たとえば、全体を東に移動させたい時には、いちばん遠い、西側の柱を引く。近いところの柱を引っ張ると、そこだけが引っ張られて柱の足元が開いたりするからだ。

柱に直接ワイヤーをかけると柱を痛めてしまうので、スリング帯で巻いたり、柱と柱とに渡した当て木を引っ張ったりする。スリングを巻く北山一幸さん。

レバーブロックの一方のフックを、スリングを巻いた柱にかけた。もう一方のフックは、反力を確保した支点につながるワイヤーにかける。チェーンやワイヤーがあたるところには、当て木をする。

ワイヤーがぐるっとまわる。引っ張る時にコンクリートが欠けないよう、添え木をする。

床下をワイヤーが走る。

「休憩しよう!」の声に、床下作業から出てきた、スパイダーマン? 熊本の川尻六工匠の大工 内村圭貴さん。

もうひとり!日高保さん。
09引っ張る

レバーブロックのレバーを引くと、チェーンが少しずつ巻き取られ、短くなっていくことで、ワイヤーでつながれた柱が支点方向に引き寄せられていく。手でのレバー操作だけで、この写真の機種で1.5トンもの力が出る。少しずつ、家が動き出す。

同時に、床下でも同じことをやっている。

レバーブロックで引っ張るだけだと、柱が摩擦係数を超えて動き始める瞬間に「カクっ」と急激に動いてしまうので、危ない。そこで、滑り出しを助けるために。逆側から掛け矢で叩いて、コツンコツンと寄せるように後押ししてやる。一気に一カ所に無理がかからないよう、気をつける。

柱の動きを見て、移動すべき残量を測る。「あと二分!おーっ、来た来た!!」「おっけ、おっけーっ!」と、北山さん。
10押す

引っ張るだけではなかなか動かない柱があり、ちょうど、反力を取れる擁壁もあったので、後押しをすることに。

角材 ー ダルマジャッキ ー 角材で、柱を押す。

反力を取った擁壁。

レバーでジャッキを回すジョナサンさん。

力がかかる方向にジャッキがはずれてないように、角材の上に「重し」として乗っている山本さん。

これで建物はいったん所定の位置に戻ったのだが、ダルマジャッキのテンションがはずれた反動で柱が少し戻ってしまった。

一発叩いたら、動いて元に戻った。イエーイ!
11家戻し、完了!

戻ったところで再度ジャッキアップ。テフロンセットを抜き取り、新しいパッキンを据える。

これで、ジャッキダウンすれば、元通りに。ヘッドライトを点して、床下のジャッキを取り外す日高さん。お疲れ様!!

資材や道具を回収して積み込み。

二日目から参加の高橋憲人さん(右)、金田さんと何やら話し込む。
5月17日の昼に集合。翌日18日の午前中には、家戻し完了。15人工×実働1日で、重機の力を借りず、大工たちの手で家は戻った。今回の経験が、これから被災地の復旧に少しでも役に立つことを願う。
12ふりかえり会議
家戻しの目処がほぼついた夜、今回の経験をシェアする話し合い。作業工程をより改善できる工夫、事前に準備しておくとスムーズなことなど、さまざまな意見が交わされた。

この家戻しは、スムーズに事が進んだ成功例といえよう。現場は、ひとつひとつ状況が違うので、まったく同じようにやってうまくいくとは限らない。
今回の成功要因として考えられることを、下記にまとめた。
大工たち
- 古民家の改修や石場建ての施工経験があり、勘が働いた
- 息の合った仲間たち
- E-ディフェンスの実大実験で得た知恵や経験
- 施工した大工が居て、墨の読み方などを素早く判断
- 人数に余裕があった。
家の構造
- 床下に土間コンクリートが打ってあり、ジャッキを置きやすかった。
- 足固めが入っていて、ジャッキの爪をかけることができた。
- 邪魔になる束があまりなかった。
道具・資材
- ジャッキ、レバーブロック、ケミカルアンカー、ワイヤーなど、みんなの持ち寄った道具が十分にあった
- 摩擦係数の小さいテフロンシートはすぐれもの。
その他
- 天気が良かった。
- ボランティアで報酬がない分、やりやすかった。