ふってわいたような補正予算。
実際に建物を揺らす振動台を手に入れよう!
自分自身は専門を木造に変える気はまだなかった私ですが、若い人たちには「木造の研究をやったらどうだ」と積極的に勧めました。これまで手つかずの分野を新しくはじめるには、研究費も必要です。とはいえ、若い人では科研費をとってくるのがむずかしい。「人にやれやれと言うばかりではいかんな」ということで、自分から若い人たちに声かけをして「土壁研究会」をおこし、京都の棟梁や左官職のみなさんと交流して学ぶ勉強会を始めたんです。
この「土壁研究会」で始めた研究から、京都の土壁は建築基準法に規定されている壁倍率よりもはるかに強いことがわかり、土壁の壁倍率の見直しにつながりました。また乾式の荒壁パネルの開発、金沢工業大学の浦先生による壁土の標準試験法の提案など、多くの研究成果にも結びついています。
震災直後、ふってわいたような話があったんです。「文部省から震災後の特別補正予算があり、震災関連の研究に予算をつけるから申請せよ」ということです。朝9時に、防災研究所の教員が集められて概要説明があり、申請の締切は当日のお昼の12時という、急な話でした。しかし、またとないチャンス!
それならば、実際に建物を揺らしてその応答をしらべることのできる振動台を導入しよう。「強震応答実験装置」の申請書を一気に書きあげ、京都大学本部、さらに文部省にまわって、見事に採択されました。この装置は、京都大学防災研究所で今でも活躍してます。普段から、それを実現できる予算はなくとも、こういうことをやりたい、という構想は思い描いていることは大切で、機会があれば直ぐにアイデアを出せるんですね。
伝統構法の建物を、揺らしてみたい!
短期間で振動台を製作するのに苦労をしましたが、振動台が完成し、さあ実験をやろう!ということになりました。ところが試験体をつくるお金がない。でも、よくしたもので、「振動台で木造の実験をしてみたい」という申込みが企業からありました。まだ木造の実大振動台実験は目新しかったので、在来工法の木造軸組に筋かい、構造合板、土壁などの耐震要素を組み込み、神戸の地震波などで揺らしてみて、地震時の揺れや壊れ方を調べてみました。(この頃の記録は、こちらにあります)
実験から得られる木造軸組の耐震性能は、壁倍率に基づく壁量計算による耐震性能とは必ずしも一致しないことが分かり、「これは、ちゃんとした精緻な木造の解析や設計理論が必要だな」とつくづく思いましたね。
同じ木造でも、在来の軸組工法はハウスメーカーが主体となって研究することもできなくはない。正当な検証がなされていないがゆえに、結果的に法律に違反したような立場におかれている伝統構法の木造こそ、我々が主体的に研究すべきだという気持ちが高まっていきました。阪神大震災後の調査でヒアリングした、まちの大工棟梁たちが建て、震災にも耐え抜いた伝統構法の建物が頭に浮かんでいました。そういう建物を揺らしてみたい、という目標が見えてきました。
建築学会に伝統構法のための特別委員会を。
阪神大震災後の調査で、きちんと建てられた伝統構法の建物はけっして地震に弱いものではないということが分かったものの、検証して裏付けをとっていかなければ、その正当性を主張できない。このままでは地域の工法や木造文化を残したくても、最終的に「筋交いつけろ」「金物つけろ」ということで、残せないことになってしまう。なんとかしなければ、という気持ちが募りました。とはいえ、木造の中でも特に取り残されてきた伝統構法の検証は、ひとりでやれることではありません。
そこで1999年(平成19年)、建築学会によびかけて学会の中に「木構造と木造文化の再構築」特別研究委員会をつくりました。木構造だけでなく、木造文化という言葉をもりこんだのは、この研究を通して、地域の歴史と文化とともに、まちなみを形成してきた地域性豊かな伝統構法木造建物の保存・再生ができたら、という想いからです。
伝統構法には構造的に解明されていないことがたくさんあるんです。仕口の問題。石場立てや礎石立ての足下のすべりや移動の問題。水平構面と鉛直構面の相乗効果。委員会では、そうした構造力学的な問題と、木造を取り巻く社会的、法的な問題や木材の生産から家つくりに至る問題を列挙して研究課題としました。
若い研究者も含め、さまざまな分野の方がたくさん集まってきてくださりました。「WG1 木構造の構造力学的再構築」「WG2 木造建築物の終局強度型構造設計指針」「WG3 山と町をつなぐ木造建築ネットワーク」「WG4 安全・安心の木造住宅」という4つのワーキンググループができました。
建物の地震時にふるまいを追うには、
壁量計算ではなく限界耐力計算が向いている。
現行基準法の仕様規定では、耐震性能は壁の量で評価されます。ところが、伝統構法とはもともと建物を「壁でもたせる」ものではなく、「軸組でもたせる」もので、壁量計算にはなじまないのです。雑壁などの伝統的な要素も壁量としてカウントできるようにしてなんとか壁量計算で済ませるようにしよう、という考え方もありますが、それが本当に伝統構法らしい評価といえるのでしょうか?
そもそも、壁量計算で十分な壁量を満たす建物でさえも、振動台で揺らしてみると、耐震性能が必ずしも壁量と一致しないことすら多いのです。逆に、開放的な伝統構法が、意外と強かったりもする。こうした実験からも、壁量計算が建物の挙動の現実と必ずしも合っていないことが分かります。建物は地震で「動く」ものです。まっすぐ建ってる建物だけを見て耐震性能がどう、ということはいえないんです。壁量計算では「本当の耐力」は見えてこないんですね。
鉄骨造やRC造といった建築物は「終局強度型設計法」といって、その建物が最終的にどのように変形をするかということをシミュレーションした上で設計法が編み出されています。そこまでしていないのは、木造だけです。木造は木造は規模も小さいから、方法論的に簡単だからと言って、「壁量さえ満たしていればいい」と簡略化してしまって、よいのでしょうか?
もともと高層ビルの耐震をやってきた私としては、木造であっても「応答解析」つまり、地震の入力に対して建物がどう動き、どう終局を迎えるのかということをベースにしなければ、耐震性を構造力学的に正しくとらえきることはできないと思うのです。建物の挙動に合った形をトレースするには、壁量計算よりも限界耐力計算の方が、建物の実態に迫ることができるんです。限界耐力計算とは、ある建物がどのように変形していって終局を迎えるのかというプロセスをとらえるものだからです。
建築基準法の性能規定化で
限界耐力計算で伝統構法を評価できるように。
折しも2000年(平成12年)から「性能規定」が建築基準法に加えられました。それまでの建築基準法は「仕様規定」といって、材料や構造、寸法などを具体的に規定してそれらの基準を満たしていれば適法ということになっていました。それを「仕様規定を満たしてはいなくても、構造的な安全性がきちんと証明できれば、よいことにしよう」というのが、性能規定です。
性能規定は、設計の基本理念や最新技術を導入できるようにすることや、海外の工法や建材を日本でも使えるにしてほしいという外圧からもうけられたものです。そして、この性能規定を適用する計算方法として、それまでにも仕様規定を外す場合に使われてきた「許容応力度等計算」に加えて、かの「限界耐力計算」も用いてよい、ということになったのです。
建築基準法の仕様にない伝統構法に、やっとチャンスがめぐって来ました。「建築基準法を守りながら建てる道がない」と地元の工務店も設計士も嘆いている伝統構法。限界耐力計算がこの窮状を救う一本の道となるかもしれない!そんな光明が射してきたのです。
「伝統構法を活かす木造耐震設計マニュアル」
をまとめる。
この設計マニュアルの目的は、伝統構法による住宅や社寺の耐震要素をどういう軸組でつくったらいいかという指針を示すことにあるのですが、結構ディテールが大事になってくるんですよ。たとえば、大きく傾きはしても倒壊しないで踏みとどまり人命を守る、という伝統構法のダイナミックな構造メカニズムを担保しているのが、大工さんが刻んだ仕口という接合部の構造ディテールだったりするんです。そこがいとも簡単に壊れるようでは、ダメ。うまくできている建物は、もつ。そこに分かれ目がある。ですから、仕口のめりこみなどといった詳細に至るまでの検討を重ねて、構造ディテールまできちっときめていけるような設計法にしたかったんです。
この設計マニュアルは、完璧にできたから世に出したというものでは決してありません。ぼくの立場からすると、ひとつの通過点に過ぎません。本当はこの設計法をもっともっと詳細なところまで詰めた形にもっていきたい。けれど、早く世に出さないと、伝統構法がやれなくなってしまうから、通過点であっても出そう、ということで、あの時点で出したのです。たくさんの人に勉強していただいていて、版も重ねることができましたので、そのたびごとの改訂で新たに分かったことを盛り込んでいます。今後もより「使える」マニュアルとして充実させていきたいと思っています。
そして最終的には、地震動や木造の材料的なばらつきも含めて、信頼性理論で解いていきたいなと思っています。そこまでいくと、私が木造のことに関わる前に積み上げて来た研究ともクロスしてくるはずです。