八ヶ岳南麓の寒冷地の
典型的な古民家を調査しました
温熱チームが二年続けて「冬の温熱合宿」をしたこの古民家は、八ヶ岳南麓の標高が960mの地にあります。温暖地というには「夏は涼しく、冬は寒い」、山梨県の盆地と比べるとむしろ寒冷地の長野県に近い気候で、冬の厳冬期の最低気温がマイナス5℃以下、最高気温は5℃にならない日もざらです。
建物は終戦間際に建てられた古民家です。南面平入で、東西に妻面があります。玄関より東側はかつて厩屋土間だった名残で天井が低く、玄関より西側は、床があがった田の字プランに2部屋加わった六つ間取りになっています。

非土間部分の南面と西面は、ずっと縁側がまわっています。北面と東面は、土壁ですが、北面は最近、杉樹皮の断熱材フォレストボードを入れ、板を張った大壁にしました。家の内部には壁はひとつもなく、差鴨居と建具のみで構成されています。開口部がやたらと多く、北面の閉じた部分とのバランスが悪く、現代の壁倍率計算ではとても建てられないような間取りです。
西側の二室は、暖房もないため、冬はピアノを弾く時以外は使われていない半ば納戸のような状態になっています。

少しずつ手を入れながら住んで来た
改修の履歴
この古民家に住み始めたのは、2002年の夏。「この家は寒すぎるから、やめておいた方がいい」「古い家はさみしがりやで手がかかる」など前の代の住人にも警告され、引っ越してくる前に、畳をあげ、床下にフォレストボードという杉樹皮の断熱材を入れました。
それでも、まだ寒く、厳しい冬を何回か経験しながら、やるべきことを考え、地元の大工さんと相談しながら、少しずつ手を入れてきました。

右/越屋根から外にそのままつながっていた二階屋根裏を、ふさいだ
その過程で幼少期を過ごしてきた子ども達は、寒さに身体が順応して強くなったのか、風邪を引くこともなく丈夫に育っています。
蓄熱系の
れんがを積んだペチカが主暖房
現在の居間に炉があった形跡があるので、昔は囲炉裏か掘りごたつを置いて生活していたようです。私たちが引っ越して来た当時には、まず、台所に石油ストーブを置きました。しかし、局所的にしかあたたかくならないので、住み始めて2年目に、家のまんなかに「ペチカ」を積みました。

ペチカとは、シベリアから東欧まで、広く採用されている暖房設備です。レンガを積んだ壁と焚き口とで構成され、焚き口で焚いた煙がゆっくりと蛇行できるような煙道をつくります。曲がりくねりながら抜けて行く煙の熱がレンガをゆっくりとあたためることで、レンガの壁全体が大きな蓄熱体となります。そこからの放射であたたまるのです。この作り方は、長野の有賀建具店の有賀さんに教えていただきました。

薪ストーブと同じ、バイオマス系の輻射暖房ですが、薪ストーブよりも「あたたまりにくく、さめにくい」のが特徴です。焚いてからまわりがあたたかくなるまでの時間はかかりますが、いちどあたためてしまえば、レンガはなかなかさめません。熾きをなくさないように火を継ぎさえすれば、よいので、薪の消費量も少なくてすみます。
部屋全体があたたまるわけではないのですが、ペチカのまわりはじんわりとあたたかい。巨大な湯たんぽが家の中にあるような感じです。鉄や鋳物の薪ストーブはできないこととして、蓄熱したレンガの面に「よりかかる」ことができるのが気持ちいいです。鉄や鋳物の表面が高温になる薪ストーブではできないことですが、伝導のあたたかさです。

夏と冬、昼間と夜とで
変わる「生活空間の輪郭」
この古民家には、個室がありません。寝室は屋根裏の2階にありますが、電気もない「寝るだけ」のスペースです。食事など集まって過ごす時間を過ぎても、家族のひとりひとりが自分の場所に「引っ込む」ということはありません。
自分の作業や勉強の道具を持って、好きな場所で過ごしますが、この人の分布のしかたが夏と冬とで違います。涼しい夏は、南の縁側の掃き出し窓や障子、北側の障子も窓を開け放ち、風を通して過ごしますが、人も、思い思いのコーナーに散るようにして暮らします。冬は自然と、火のまわりに集まってきます。全員が、ペチカの蓄熱れんがのまわりに寄りかかっていたり、薪ストーブのある居間に障子をたてて居たり。無暖房の西側の二室には、用事がある時以外には近寄りません。
さらに、同じ冬でも、一日の中で居場所が移っていきます。
朝
薪ストーブに火を入れて、朝一番の寒さをしのぎます。炊事をしているうちに、しのげるようになってきます。
昼
冬の寒い時期は、朝9時頃から昼14時すぎぐらいまでは、南の縁側がぽかぽかとあたたかいので、そこにノートパソコンを持ち出して、仕事をしています。

14時頃から
午後からペチカを焚き始めます。そのまわりで暮らします。
省エネ基準においては、室内と戸外とを「外皮」によってはっきりと分け、内側はしっかりと暖房し、ある程度の温度に保つことを前提としています。
しかし、このような、生活の輪郭そのものが季節に応じて変化させることで、結果的に、使用するエネルギーが低く抑えられるという例もあります。むしろ「茶の間にコタツひとつで十分」というのは、日本のあたりまえの暮らしであったし、今後も、そこから学ぶべきことも、あるのではないでしょうか。
このような暮らし方は、省エネ基準の評価としては、あがってきません。外皮性能が「劣っている」広い家であるならば、その広さなりのエネルギーを使うだろうという計算になってしまいます。このことについては、次ページの「計算してみよう」に譲ります。
冬の生活の工夫
寒くなく過ごすために、身に付いてきた習慣をいくつかご紹介しましょう。空気をあたためる以外にも、できることは結構あります。
敷き座布団や掛け毛布
座のくらしですが、畳や板の間に直接座るのではなく、つねに長座布団などを敷いています。ひざまわりも寒いので、毛布を掛けています。背中はペチカや薪ストーブの放射であたたかくても、直接輻射熱を受けていない面、特に床上15センチぐらいまでの部分には、冷たい空気の層があるように感じるからです。

蓄熱:湯たんぽやレンガ
陶器製の湯たんぽや、レンガ、湯たんぽが常に薪ストーブやペチカの上に載せておき、あたたまった蓄熱体にタオルを巻いて、座る時の腰座がわりにしたり、ひざまわりに置いたりします。頭寒足熱で気持ちよく過ごせ増しし、正座するとひざが痛むのを解消するのにも役立ちます。

着衣:冷やさない工夫
手首、足首、首を冷やさないようにすると、楽です。首にはスカーフやマフラー、靴下は二重履き、手首には古い靴下の足の部分を切った手甲をはめています。身体が冷えてしまった時には、足湯。あついぐらいの湯を流しっぱなしにして10分ほどすると、身体がポカポカとしてきます。尾骶骨に貼るカイロを貼るのもお勧めです。
参加者のみんなからの感想

温度のグラフを見ても、外気温にともなって室内の温度が下がってしまうため、輻射系暖房の効果はあっても、家のハードとしての「熱を保つ」機能は低いのですが、それでも、ペチカや縁側のあたたかさは感じられていたようです。
ペチカにじんわりとしたあたたかさにびっくり
室温はさほどあがらないが、輻射熱でじんわりあたたかいのにはびっくり。よっかかっても気持ちがいい。室温としては16℃ぐらいでも、体感としては、十分。
昼間、南側縁側はとてもあたたかい
けれど、南面の縁側は、日が出ていれば、ぽかぽかとして気持ちよくあたたかい。太陽エネルギーのダイレクトゲインはなんとか生かしたい。
縁側がもったいない!
建具や縁側と部屋の間の障子などに歪みやすきまがあり、ピッチリと閉まらなかったり、縁側の天井の断熱が入っていないことで、外の気温が冷えて行くとその影響をダイレクトに受けるし、中でせっかくあたたまった熱が逃げやすい。これはもったいない。

ちゃんと閉めよう、障子は貼ろう!
障子が破けたままのところがあったり、障子をきちんと閉めないままでいることも多かったり。「紙一枚」とはいえ、結構な断熱性能があるのが障子。それでも、破れやすきまがあれば、それはまったく機能しなくなるので、ちゃんとしましょう。
設計者それぞれからの
提案の発表
林美樹:ストゥディオプラナ(東京都杉並区)


実際の暮らしは、北面、西面、南面のバッファゾーンの内側で営まれている。建物全体の開放性をそこなわないで、バッファゾーンの気密性断熱性を高めては?
まず、建具の気密性断熱性をよくすること。さらに縁側の天井にスギ板を張るだけでもかなり違う。夜、雨戸をたてられるようにするのもいいだろう。バッファゾーンの性能があがれば、南面や西面の陽射しをとり入れた蓄熱土間や蓄熱壁をおくのも効果的かも。
二階との間を行き来するたびに、土間との境の障子をあけて階段をのぼりおりしているのが、もったいない。寒い土間の冷気もあがる。二階への階段を思い切って移動し、二階にあがることによる熱の逃げをなくしてみては?

高橋昌巳:シティ環境建築研究所(東京都練馬区)


バッファゾーンをもっと大事に。生活空間を取り囲むようにしてある南・西・北面の縁側や押し入れの天井や床下に断熱材を入れる。この緩衝地帯の熱損失がなくなるだけでも、かなりよくなるはず。
さらにいえば、せっかくペチカを焚いているのに、建具だらけなので、蓄熱しないのが残念。一部の建具を土塗り壁に変更して、蓄熱させてはどうか?玄関との境の障子を土壁にすれば、かなり効果的ではないか。
日高保:きらくなたてものや(神奈川県鎌倉市)


現在活用できていない、西側の二室を、冬場も使えるよう太陽熱であたためた温水を使った「おひさまたくさん活用計画」を考えた。
景観を考えると、母屋の瓦屋根には集熱パネルは置きたくない。外のあずまやの屋根の上が適当か。
あたためたお湯をホース状のパイプにまわす。現状の床の上にもモルタルを置き、お湯が循環するパイプが這い回らせる。その上にもう一重、床をつくり、温水式床暖房とする。
水野友洋:水野設計室(岐阜県八百津町)


ペチカまわりのあたたかさが、全体にはまわっていない。特に、朝や風呂上がりに手早く暖をとるためには、居間の北側に薪ストーブをもう一台設置してはどうか。
居間の北側部分は、一方が本棚になっていて、ほかの三方にも障子をたてれば、八畳に仕切られた空間が得られる。朝や夜の風呂上がりなど、この小さな空間だけをあたためるのであれば、すぐにあたたまる薪ストーブは有効なので、時と場合によって使い分けるとよいのでは。
図面に書き込んでの案には間に合わなかったのですが、お互いに発表し合う時間間近に登場した山田貴宏さんが、さまざまな要素を「整理」してくださいました。とても分かりやすくまとまっているので、ご紹介させていただきます。これまでの4人の提案や、持留家での生活の工夫は、山田さんの整理した項目のいずれかに分類されるものです。
山田貴宏:ビオフォルム環境設計室(東京都国立市)

A 暖房環境改善のための外皮性能の向上
i) 建具・開口部の性能アップ
・スキマふさぐ、ペアガラス、断熱スクリーン、断熱戸や雨戸の追加
ii) 縁側まわりの断熱
・縁側上の断熱材を積む
B 採暖系の輻射環境の改善
i) 南の縁側になんらかの蓄熱体を
・石、レンガ、ペットボトル、アルミバネル、銅パネル+不凍液
ii) 輻射体の設置
・ロケットストーブ系、かまど など
C 人が動く
・夏冬や、一日の中でのモード替え、湯たんぽ、着込むなど
電気か化石燃料に頼らない熱源利用の整理
太陽:太陽熱温水器、縁側、土壁、ダイレクトゲイン
木質:薪利用:ストーブ、ペチカ、ガマド、ボイラー
山田さんのまとめの言葉として「外皮性能以外にも、環境負荷をかけないエネルギー調達なども評価されるべき」「これさえやれば大丈夫、という突出した案はない。小さなことを組み合わせて、総合力で勝負すべし!」という言葉が印象的でした。
みなさんから出たアイデアの中から、いくつかできることを我が家の暮らしに「採用」させていただきました。
玄関扉を直したこと、土間と居室の境のあがりがまちに厚い遮光カーテンをとりつけたことは、土間の冷気カットにずいぶんと貢献しています。

居間に薪ストーブは、朝や少人数で居る時、風呂上がりなどに、すぐあたたまるので貢献しています。みなさま、ありがとうございました。
今回のプチ改修の費用は、建具系で16万(玄関扉、調整費用)、カーテンで1.5万、ストーブ系で10万(本体、煙突部材、二重煙突を手作りするための断熱材、ストーブ台座の敷き瓦など)でした。