5月5日は端午の節句、こどもの日です。五月晴れの青空を気持ちよさそうに泳ぐ鯉のぼり、棚田、茅葺き屋根とくれば、絵に描いたような日本の山村の風景ですが、実は旧暦5月5日(現在の6月初旬)は入梅の季節で雨が多く、本来、鯉のぼりは雨の日に揚げて出世を意味する「鯉の滝登り」をイメージさせるものだったとか。ということで6月号コンテンツの冒頭に鯉のぼりを登場させた季節感のずれはご了承いただくとして、注目したいのは鯉のぼりを揚げる「棹」(さお)です。今は金属のアルミポールが主流ですが、もともとは山から伐り出した杉の木が使われていました。このように今回は私たち日本人の暮らしのさまざまな場面に登場する身近な木の話題をいくつか取り上げてみました。
■鯉のぼりがよく泳ぐのは杉棹
山に立っている木がどのようなプロセスで木の家になるのか、林業や木材産業にかかわる人以外にはあまり知られていないと思います。葉っ「実家では鯉のぼりの棹に今も杉を使っているよ」という友人の話に興味を覚え、5月半ばに彼の実家がある兵庫県北播磨地方の多可町を訪れてきました。一昨年11月に合併するまでの町名は「加美町」。その山間部にある岩座神(いさりがみ)という珍しい名前の集落です。ここは棚田100選にも選ばれた美しいところで、鯉のぼりと茅葺き屋根の組み合わせが周囲の風景によく映えます。友人の実家はスギやヒノキの小径丸太を円柱状に削り出す丸棒加工場を営んでいるのですが、お父さんはもともと林業の方が専門で、以前は杉や桧を伐り出したり、植林したりといった山仕事で生計を立てていました。杉棹はそのお父さんが孫(友人の長男)のために自分で山から伐り出してきたものです。
杉棹とアルミポールはどこが違うのか、お父さんに尋ねると「木の方が(鯉のぼりが)よう泳ぎます」と教えてくれました。アルミポールは風が吹くとたわむので見栄えがいまひとつなのだといいます。使われる木は元と先の太さがあまり変わらないものが立てたときの姿がよく、ラッパ木(元が太くて先が細い木)は避けます。長さは、例えば6mの鯉のぼりには13mの棹が使われるというように、だいたい鯉のぼりの倍くらいになります。昔は「鯉のぼり用の棹を」という注文が結構あり、鯉のぼりを用意して待ち受ける家に直接届けに行ったこともあったそうです。そういう配達には楽しみもあって、跡取りが生まれて大喜びのおじいさんがご祝儀を出してくれたり、お酒を1本お土産に渡してくれたりしたこともあったと、お父さんは懐かしそうに話してくれました。
■杉棹の風情が勝る
創業が明治41年と100年近い歴史を持つ群馬県前橋市の節句人形専門店「田中人形」によると、アルミポールが主流になったのは10数年くらい前からということでした。原因は鯉のぼりのサイズが小さくなったこと。軽くて扱いやすく、メンテナンスも楽なアルミポールですが、強度的には杉棹の方が断然勝ります。そのため同店では今でも7m以上の鯉のぼりには杉棹を勧めていますが、広々とした農村地帯ならともかく、最近は住宅地やマンションで生活しているお客さんが増え、あまり大きなものは好まれないそうです。鯉のぼりが小さければ棹にかかる負担も軽くなるので、手軽なアルミポールが選ばれるようになったというわけです。「昔は男の子が生まれると地域全体がお祭り騒ぎでみんなが協力して杉棹を立てていました。いまはそういうこともなくなりましたから」。杉棹が使われなくなったのは、地域のつながりが希薄になったことも影響しているのかもしれません。
それでもやはり杉棹にはアルミポールには求め得ない風情があっていいものです。「○○ちゃん、おじいちゃんが鯉のぼりを揚げるよ」。朝、友人のお父さんがそう声をかけて手際よく鯉のぼりを揚げると、折からの程よい風をはらんで鯉のぼりは気持ちよさそうに泳いでいます。それを見上げながら棹に手を触れてみると、木が受け止めている朝日の暖かさがじんわりと伝わってきました。自然の木の樹皮を剥いだだけですから、もちろん完全な円筒形ではありえません。でも陽の光に不必要にきらめくこともないし、何よりもすっくと真っ直ぐで頼もしいのです。「やっぱり鯉のぼりは杉棹に限るな」。実際に見て納得しましたし、来てよかったとつくづく思ったものです。