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設計士・吉野勲さん(創夢舎):家族が つどう、地域が そだつ


住まい手:福田文彦さん(八枝神社宮司)

つくり手:吉野勲さん(創夢舎)

聞き手:持留ヨハナエリザベート


埼玉県上尾市の荒川にほど近い平方(ひらかた)地区に、樹齢数百年という立派なケヤキやエノキの巨木が林立する、緑豊かな境内が素敵な八枝(やえだ)神社があります。ここは「平方の御獅子(おしし)様」として知られる、悪疫退散に悪疫退散に霊験(れいげん)あらたかな獅子頭があり、かつて近在はもとより遠方の村々にも神輿にかつがれて貸し出されていったそうです。また、担ぎ手が自らも泥だらけになりながら、使われなくなった「隠居神輿」を泥の中に転げまわし、最後は荒川で禊ぎして神社に戻るという「どろいんきょ祭り」で知られ、今でも埼玉県内のみならず、東京方面にも多くの講があります。

うっそうと茂る青葉の葉影に、八枝神社社務所とこちらの宮司である福田文彦さんのご自宅(創夢舎 吉野勲さん設計)をお訪ねしました。

立派なケヤキの木と八枝神社社務所

まずは社務所を新築

境内の南側にあるこの社務所も、吉野さんの設計で建てられました。高さを低めに抑えた、やわらかいラインの屋根が境内の自然の中に平たく融け込んでいます。福田さん (以下、福)「お寺は構築物である寺院建築が主役ですが、神社はまわりの自然や風景により融け込んだ場所だと思います。社務所はもっと立派でないと、という意見も計画途中にはありましたが、威圧感のあるものをつくりたくなかったので『建物を低くして、ガラス越しに向こう側の風景が透けるようにつくりましょう』という吉野さんのプランには納得がいきました。結果的には神社らしい、自然との一体感のある社務所となり、氏子のみなさんも満足してくださっています」

(福)「40過ぎて父から神社を継ぐ時を迎えるにあたり、当時の社務所が古い小学校の廃材を利用したモルタルを塗りで、床も落ちそうな状況だったのを何とかしたいと思っていたんです。10年前、自宅の設計をお願いするつもりで吉野さんと相談を始めたのですが、話していくうちに『自宅よりまず社務所を』ということになり、先に手がけました。氏子さん方と話し合い、寄付を募った上での普請なので時間はかかりましたが、よい時期によい社務所をつくったと、氏子さんたちも喜んでくださいました。その結果、自宅はようやく3年前に完成と、当初の心づもりよりは大分遅れましたが、社務所を先にしてよかったと思いますし、十分に時間をかけただけの甲斐はありました」

どろいんきょ祭りには大勢の氏子さんたちやお客様が見え、お正月には書き初めの披露もするという広い土間には、たくさんの石が敷き詰められていました。吉野さんの提案で、氏子さんたちと共同作業でつくられたそうです。吉野さん (以下、吉)「集まっての作業なんて面倒、今年は役だからしかたないなどとつい思いがちですが、実際に恊働作業すれば楽しいし、自分たちで創ったんだ!という気持ちになれる。建築の過程の中にコミュニティー再生につながる要素をもりこめればと、なるべく心がけています」

すっきりと片付いた玄関

敷地の南寄りに、社務所と平行するようにして自宅があります。玄関に入ると、お子さんが4人いるにしては、随分すっきりと片付いています。その秘密は? 玄関からあがった動線が二つに分かれているからでした。お客様は正面に進みますが、子どもさんたちは玄関の右奥に進み、靴や身支度を収納スペースに納めてから家にあがります。これは奥様の三千代さんのひとつのこだわりでした。三千代さん (以下、三)「こどもたちは学校から帰って来たら、玄関右奥の収納棚にかばんを置き、靴をしまい、帽子をかけるように習慣づけています」 野球の道具、たまに学校にもっていくピアニカ、ランドセル以外に持っていくものがある時の手提げ袋など、始めから定位置が決まっているから、散らからないのです。(福)「仕事柄、お客様も多いので、玄関はいつも清浄に、すっきりとしていないと」 玄関脇にトイレがあるのも、使いやすそうです。

家族がひとつの大きな空間に集える『家族室』

玄関を入って左に進むと、薪ストーブのあるリビング、食堂、キッチン、畳の小部屋がひとつにつながった大きな家族室が広がります。畳の小部屋と台所の上は、ロフト風になった二階子供部屋。リビング、食堂空間の上は、棟のラインまで吹き抜けになっています。

(福)「家族が集う空間は大きくし、細かい部屋はなるべく設けず一体に、というのが私の希望でした」(吉)「家族がくつろぐ空間、ご飯を食べる、ご飯をつくる空間がひとつになった『家族室』として計画しました」 八角形の太い柱が、家族室の空間の中心にあり、ゆるやかにリビングと食堂とを仕切っています。(三)「こどもたちは帰ってきて、ほとんどここにいますね。宿題もダイニングテーブルでするか、そのへんで寝転んでするか、です」 杉の厚板の床はやわらかく、フローリングのように冷たいこともなく、寝転ぶと気持ちがいいのです。

左:いくつもの部屋が一つにつながった家族室 右:ロフト風の二階。障子を開けると家族室の吹き抜けにつながっている

二階の子供部屋の足元にあたる位置には明かり障子が入っています。障子を開ければ、吹き抜けになった家族室とつながるので上と下とで顔を見たり、声をかけあったりすることもできます。(福)「二階に子供部屋という家は多いものですが、階段をあがって個室に入らないと子どもの気配が分からないでしょう? そうはしたくなかったんです」二階はきょうだい4人まとめての、細長い船のような空間。南北両方に窓があり、南側にはお庭が、北側に社務所と境内が見え、明るさに満ちています。(福)「ひとりずつに個室を与える必要はないと思っているんです。どうしても必要になれば、仕切って3畳ずつの個人コーナーにし、ベットと勉強机を置くぐらいで十分」 障子をあけたところに物干竿がかけられていました。(三)「冬はここに洗濯物を干すと、ストーブからあがってくる熱気であっという間に乾くんです」

家族室南側は開口部いっぱいの大きな掃出し窓になっています。生け垣と低めの木々で植栽されたお庭が全面に見え、北側のうっそうとした境内とはまた違った、明るく、開放的な雰囲気です。掃出し窓の外は濡れ縁になっていて、子どもたちがそこから外に出たり、ご近所の方が立ち寄って腰掛けておしゃべりしたり。(三)「縁側のような使われ方をしてますね」 玄関からの出入りとは違った、カジュアルな関係性がこちらには築かれているようです。(三)「子どもたちがたくさん家に来ている時に『外に出なさ〜い』と声かけると、ここからパーッと出て行きます。濡れ縁に並んで腰掛けてDSやってる時もありますが」 ストーブの薪も、庭の薪置き場から濡れ縁ごしに入れてきて焚いています。

小上がりの畳スペース&台所

畳の小部屋は家族室から一段上がっており、その下が引き出し収納になっています。部屋の北側の窓越しに社務所が見え、さらに社務所の掃出しのガラス戸の向こうに、境内の緑がすけて見えて「自然との一体感」と福田さんがおっしゃることが実感されます。(福)「社務所に誰か見えても、すぐに分かるんですよ」 これもこのお宅には大事なことです。「ちょっと便利なのが、ここに玄関の郵便受けの取り出し口があること」 なるほど!ちょっとした仕事ができる机がわりの長板が書棚と合わせてつくりつけられているのですが、これも小部屋の段差を活かし、畳のへりに座ると机の下にちょうど足をおろせるようになっています。

小上がりの畳スペースから台所に通じるにじり口を開けたところ

そして、おどろいたことに、この小上がりと東側の台所との間に、人がくぐって通れるだけの高さのにじり口が。(三)「ここが、いいんですよ〜台所仕事が一段落してホッとするとにじり口のところに腰掛けてお茶を飲んだり、畳にゴロンとしたりして、一息つけるのがいいんです」 4人も子どもさんがいると、誰かが風邪で休むことも。(三)「子どもを畳部屋に寝かせ、にじり口をあけておいて台所仕事をしていれば、寝ている子の様子も分かって安心です」

小さいながらも段差をうまく利用しながら多目的に活用されているこの部屋は、夜はご夫婦の寝室になります。もとは家族室の南東にある寝室で家族6人で寝ていたのですが、今はこどもたちが4人で布団を並べて寝るのでいっぱいになってしまい、親2人が畳スペースで寝るようになりました。(福)「障子の東側をあけて寝ると、朝日が入ってきて気持ちいいんですよ」 朝もにじり口からすぐに台所に出られて、お母さんにも便利ですね。

洗面、トイレ、風呂

台所の東にトイレ、洗濯機、洗面所、お風呂場とがまとまっています。家族6人分の洗濯物は大仕事。台所と近いので、家事がひとまとまりにできて便利です。お風呂場からは、外が見えて、とても気持ちよさそうです!


お父さんの趣味ウィング

左:ホビールームのスクリーン。両脇には大きなスピーカーが見える 右上:スクリーンを上げると後ろにはプレイヤーやアンプが。 
右下:御影石の上におかれた機材。特注のものも多い。

家族室と子供部屋で完結しているかと思いきや、家の西側には、オーディオや映画鑑賞がご趣味の福田さんが思いを叶えたホビールームがありました。ここだけは入り口はドア、鍵もかけられるようになっています。入ると、AV機器やCD、DVDソフトが整然と並び、奥には部屋の間口近くもある、大きなスクリーンがおりていました。(福)「鍵をつけてはみたんですが、結局はこどもたちがドラえもんを見る時間がいちばん多いですかね」 結婚されて自宅を完成させるまでに10年という長い時間を待っただけに、「自分の趣味の空間をもちたい!」という気持ちは強かったようです。スクリーンをあげると、その奥は御影石が敷かれた床面にアンプとプレイヤー、数セットものスピーカー群が。ショパンのピアノ協奏曲を聞かせていただきました。

レンジの広さとやわらかい音色にうっとり。(福)「木の床にスピーカーを置くと、木や木の下の空間が振動して雑音が混じるので、部屋の4分の1ほどは大きなコンクリート基礎を打った上に御影石の板を敷き、オーディオセットはその上に置きました。木の空間は音がいいです。オーディオ雑誌の取材もあったんですが、取材に来られた方が感心していかれましたよ」 ホビールームの右手の扉の向こうには納戸があり、レコード類がぎっしり。(福)「やはり、CDよりレコードの方が音がいいですから・・・」 (三)「なかなかゆっくり音楽や映画を鑑賞する時間もないんですけれど」 とはいうものの、そうしようと思えばできる空間と環境があるというのは、豊かなこと。それが心の余裕につながりますよね!(うらやましいです)


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