1 2 3

大工・沖野誠一さん(沖野建築):土佐の大工が土佐の素材でつくる家!


バリアフリーの木の家:T邸

84はちよん大工の家の第3号となる家が、南国市に建ちました。施主のTさんのお宅では、3人の子どもが独立、夫婦二人の生活になりかけたタイミングで、奥様が難病となり、入院。病院では、自宅で車いすで身の回りのことができるようにリハビリをし、家の状態が奥様が暮らせるよう整ったところで、戻ってくることになりました。その受け皿となる「バリアフリーの木の家」の新築を、沖野さんがてがけました。

T邸外観。手刻みによるバリアフリーの家

ヨハナもとは、どんな家に住んでいたのですか?

Tさんこの同じ土地に30年前に建てた、新建材をベースにした家です。彼女を自宅に迎えるにあたって、リフォームで乗り切るのか、壊して新築するか、大分悩みましたね。あっちこち傷んでいるとはいえ、それなりの思いを込めて作り、暮らしのにおいがしみこんだ家ですから、壊すのはしのびない気持ちもありました。とはいえ、部屋も細かに分かれていて、子ども3人との生活にはそれでよかったとしても、車いすでの生活にはむずかしい面も多く、バリアフリーリフォームでは、どうしても取ってつけたようになってしまう。車いす生活をストレスなく送るには、思い切って建て直した方がいいのかな・・と思い始めた頃、倒れる前の彼女が「木の香りがする家に住みたい」という住み替えの希望をもっていたことを思い出しました。「彼女にとって居心地のいい家づくりをすることが、急に身体の自由が利かなくなってつらい状態の彼女の希望となるかもしれない」そんな気持ちになってきた頃、縁あって沖野さんと出会い、人柄やものづくりへの真摯な姿勢に触れて「棟梁にお願いしよう」と、新築に踏み切りました。

ヨハナ一生に二度めの新築なんですね!

Tさん彼女の病気で急遽決断した予定外の新築だったので、予算的にも、過大なことは望めない。けれど、せっかく新築するのだから「これから生きていくのが楽しい」と喜んでもらえるような空間をかまえてあげたい。彼女のために特化した、シンプルな家でいいから・・そんな思いを棟梁にお話しし、ご理解いただけたことで、実現しました。きびしい予算だったと思います。それでも、どんなに小さなこともないがしろにせず、心をこめてしてくださったことに感謝しています。

沖野Tさんの奥様を思う気持ちをおうかがいして、なんとしても、奥様がストレスなく、というよりもう一歩進んで、気持ちよく家に帰ってこられるような家をつくろう!という思いで始めさせていただきました。奥様のご希望は「木の空間」ということでしたので、そこは、ぼくら大工の真骨頂であり、がんばりどころでした。木が見えることで、奥様が家にいながらにして自然とつながれる、風の通りも感じられる心地いい家をつくることに、終始精魂をかたむけました。材も、ゴツすぎず、自然に感じられるようなものを選び、木の家ネットでも伝統構造法を学ぶ会でもいっしょの小松匠君に、刻みの段階から協力してもらいました。もちろん、高知県産材です。

施工担当の松匠建築の小松匠さん。愛車にまたがっての一枚。

南国市内の、そう広くはない、コンパクトな家です。スロープのついた玄関をあがると、まず、台所と居間とがひとつながりになった吹き抜けのリビング空間が広がります。正面には繊細な格子の入った、大きな障子。左奥には、太い丸いすべすべに磨かれた柱に階段がとりついて、吹き抜けの上を囲むようにして二階にあがっていきます。

Tさん木の空間といっても、伝統的などっしりした家というよりは、モダンで明るく、シンプルな空間が彼女の希望でした。

左:スロープのある玄関 中:玄関ホールからフラットに続く台所 右:リビングの吹き抜け。

木はたくさん見えてはいますが、圧迫感はなく、障子越しのやわらかい光がまわっています。自然で、あたたかみのある空間です。

ヨハナ先日、奥様が一時帰宅されて、どうでしたか?

Tさん一年半ぶりに新築になった我が家に帰って来て、天井を見上げてひとこと「沖野さん、期待以上です、ありがとう!」と。

沖野まずは、ほっとしましたね。

奥様の居室はリビングの右手にあります。部屋の南側は外のウッドデッキに、東側はリビングに、北側はトイレ、洗面、お風呂にそのままつながっていきます。車いすに座ったまま使える洗面台に、トイレやお風呂も、バリアフリー対応のものが採用されています。鴨居の上には蛍光灯がついていますが、ベッドで寝ていて、まぶしくないように、光源を隠すための木の箱で囲われています。

居室からトイレ、その奥の浴室と、全てフラットでシンプルな動線。

Tさん車いすを人に押してもらうのでなく、自力で動かしての移動が、ストレス無くできるようであってほしい。そのためにも「ギリギリだけど通る」「狭いけどなんとかいける」のではない、余裕をもたせてくださいということを、第一にお願いしました。

沖野バリアフリーを条件とした新築は初めてでしたが、車いすの動線というのは、結構幅をとるんですね。まっすぐ行くだけでなく、方向を転換する分もありますし。ドアの開け閉めは、開けられたとしても後ろ手で閉めるのはむずかしいので、引き戸にしました。ただし、敷居にレールがあると車いすで通りにくいので、敷居の無い、吊りの引き戸に。引き戸の把手の引き残りの寸法というのもあって・・・などなど、考えることが山ほどありました。

ヨハナできあがってみるとシンプルに見えても、大変なんですね。

Tさんトイレの引き戸をあけた時の幅を最大限にとれるよう、隣の押し入れの中に引き込めるように施工してくれました。彼女が不必要なガマンや無理をしないで済むように、という棟梁の工夫のひとつです。

移動の際の邪魔にならないよう、壁の中に収納される引き戸

ヨハナ使う人の立場に立って、最良の方法を探られたわけですね。

沖野病院や介護施設であれば、多くの人が利用されますので、随所で高さや角度の調節ができるようになっています。けれど、ここは奥様が住む空間なので、いろいろな細かいことを想像したり、病院に定期的に通われているTさんにお伺いしたりしながら、動線、引き戸のとっての高さ、スイッチの位置などは、奥様に合わせた寸法でまとめていきました。

リビング兼ダイニングの吹き抜け空間がこの家の中心となります。居室から車いすを手で漕いで、テーブルに寄り付く。台所側からはTさんが座ります。テーブルの脇には、障子窓があり、外の様子がうかがえます。

ヨハナすっきりとした開放的な空間ですよね。Tさんがごはんづくりをするのですか?

左:台所 右:ゲスト用につくった椅子。座面の下が収納になっている。

Tさん主にぼく、またはヘルパーさんですね。キッチンセットで調理したものを、台所とリビングとを仕切るテーブルに出し、台所側からつくった人が座り、彼女と向かい合って食べるというスタイルです。車いすの彼女にとってちょうどいい高さをリハビリの先生に訊いて、食事テーブルを製作してもらいました。それに合わせて、いっしょにテーブルにつく人用の椅子も。彼女に特化してつくりこむんだけれど、つくりこんだ結果が、あくまでも「さりげない」というのが、彼女にとっての居心地のよさなのかなと思って。

沖野病院や施設でなく、家に居るんだという感覚で過ごせるためには、バリアフリーであることはあえて意識にのぼらないような空間でないと、と思うんです。木の空間。でも、機能としてはバリアフリーのための要件を満たしていると。テーブルも、収納箱を兼ねた椅子も、車いすで座る奥様に合わせて、小松君がつくってくれました。

Tさん既製品を買って来て組み合わせるのでは、こうはいかない。大工さんにお願いしているからこそ細やかにできることで、ありがたいです。そして、相談できる間柄であってこそ。不思議と棟梁は、こちらが相談する以前に「うーん、これはどうしたらいいのかな・・」と気にしていることを先に察して、何らかの策を提案してくれるんですよね。それも、棟梁のはたらきなのか、とびっくりしました。

ヨハナ住む人のことを思ってのものづくりをしているからこそ、なのでしょうね。

二階は和室が一部屋と小さな洋間が一部屋。吹き抜けの上の回廊的なオープンスペースがあり、そこでTさんが寝起きされます。

二階からリビングを見下ろす。

沖野二階にいても、下の気配が感じられるように、ということで、階段をあがりきった先のオープンスペースを大きくとっています。

Tさん下に居る彼女に何か異変や不都合が起きているのに、自分が扉が閉まっているところに居たがために気がつかなかった、というわけにはいかないですから。二階に居ても、彼女の様子が分かるようにそうしていただきました。

ヨハナまわり階段でひとつ上の階にのぼるフェリーのようですね。欄干のところから身を乗り出すと、下の階が見渡せて。下からは、見張られているような息苦しさはしなくて。

沖野常にいっしょにいるということではないでしょうから、お仕事されながら、休息されながらも見守れるような上と下のつながりが実現できたかなと思います。

Tさんむずかしかったのは、居室からバルコニーに出る部分です。バルコニーは、外の空気に触れることのできる、彼女にとっては貴重な空間なので、人の手を煩わせず、好きな時にバルコニーに出るためには、サッシのレールの段差、バルコニーとサッシのわずかな段差などで、ひとりで出られても、中に入ってくるのがなかなかむずかしいい。このあたりは、彼女の一時帰宅後、棟梁に相談して微調整してもらいました。

取材後、バルコニーの段差解消のために、サッシのレールの脇に薄いスロープがつけられた。

ヨハナひとつひとつが特殊解、しかも、状況が変化していくこともあり、家自体も、合わせて成長していくということなのでしょうね。

Tさんこれからも成長しつづける家だととらえています。まだ病院にいる彼女のこれからの生活を、棟梁と僕とで想像して作った家が、やっとできた。これまでは想像であったのが、ここで彼女が生活をし始めるようになる。そこで、問題がでてくれば、知恵を出し合って成長していく。そういうのびしろも、この家にはあると思うのです。これからも引き続き、沖野さんに相談にのっていただきながら、よりよくしていきたいです。

ヨハナそのような関係性が築かれているのが、いいですよね。

沖野お施主さんとの関係性は竣工後も切れることがなく、生涯続きます。「住み始めてから後」の様子をしょっちゅう見に行っては、必要なことをするのは大工としてあたりまえのこと。今は、瑕疵担保保険だとかいろいろ言いますが、そんな制度をつくる以前から、それが施主と大工のあたりまえ信頼関係だと思いますよ。

外壁

外にまわってみました。外壁には土佐漆喰が塗られ、屋根には安芸瓦が載っています。

沖野土佐漆喰の名左官の松本勉さんに塗っていただきました。土佐漆喰は他県の漆喰に比べ、石灰にのり(海苔)を混入せず、藁スサを醗酵させたものと練り合わせます。そのため、粘りが強く、わらの繊維が残ったものが壁の強度を高めてくれるんです。高知では、台風の横殴りの暴風雨から壁を守るために、土佐漆喰を塗るんです。

ヨハナきれいな、人肌のような色なんですね。

沖野これは今だけの色で、年月が経つと真っ白になっていくんですよ。

ヨハナそうなんですか!この色もいい感じですが・・

沖野この色で止まってくれ!と私らもよく思うんですけどね。このお宅は四角い家なので、水切りのために、下地のところどころに木の桟をまわしました。風や雨から建物を守る、高知独特の知恵です。

土壁の施工過程

ヨハナスッと横線が入るのが、ちょっとしたアクセントになっていますね。

沖野あと、妻側に吸排気口がつくのですが、それを隠すのに、細い色違いの木を並べてみました。

ヨハナかわいいですね!

沖野小松君のセンスです!

吸排気口の目隠し

Tさんおかげさまで妻のための家が完成して、沖野棟梁と小松君には、ほんとに感謝しています。住んでみていろいろ出てくるかもしれませんが、この新生活をスタートするベースとしては、満足な家ができました。あとは、ひとつひとつ起きてくることに応じて、よりよくしていきたいと思っています。

ヨハナ今回は、車いす生活で自宅に復帰される奥様のための家づくりで、予算も限られている中、棟梁と施主さんとの二人三脚で「このケースの最善策」を探していった現場だったように見受けられます。何よりも信頼関係と、棟梁の懐の深さとたくさんの引き出し。それによって、奥様が居心地よく暮らせる空間ができたのではないでしょうか。

沖野高知県産材、土佐漆喰、バリアフリーの家がようやくできて、ほっとしています。やはり生涯住み続ける家は、単に機能的であるだけでなく、自然素材のもつやわらかさやあたたかみに守られているのがいいと思います。昔ながらの民家は、バリアフリーとはいえませんが、動線を十分に想定して整理した間取りを工夫し、引き戸や有効幅をうまく考えれば、いつも作っている木の家でも対応はできるはずだということが、今回で見えました。Tさんの奥様が帰って生活を始められてからの反応をおうかがいしながら、よりよい方向性を探り、先につなげていきたいと思います。

中脇修身さん制作の、沖野さんを紹介する映像。T邸の墨付けと、入交邸改修の様子が収録されている。


1 2 3
T邸の墨付けをする沖野さん