1 2 3

大工・沖野誠一さん(沖野建築):土佐の大工が土佐の素材でつくる家!


十分使える昔の家を直して使うのも、沖野さんの仕事です。高知市内でありながら、庭のすぐ裏が雑木林の山になっている場所に、沖野さんが築75年の古民家再生を手がける入交邸があります。門をくぐり、踏み石をたどり、玄関を入ると、玄関に小さな床の間があります。

入交邸外観

次の世代にまで伝えたい座敷空間

まず、玄関をあがって左奥、長刀を飾ってある六畳に続く、二間続きの座敷に案内していただきました。落ち着いた色の壁、欄間、目の詰んだ天井板そして開け放たれた障子の向こうには、縁側美しいガラスの掃き出し窓を通して、て裏山へと続く庭の景色が眺められます。少しゆがみのある、手づくりの時代の趣のあるガラス戸で、真ん中に大きな四角。そのまわりを囲むように、東西南北に四片のガラスが囲む、お洒落でリズミカルなデザインです。

引渡し直後に、座敷で行われたお祝いの会

もともと日本の家には、ある程度以上の家には、日常の生活は茶の間で、来客や集まり、家父長とのあらたまった話は座敷でといった空間の区別がありました。座敷にはその家の格式をあらわす書院や床の間があります。現代の家から見ると無駄なように思われますが、生活感は低く、スッキリと心洗われるような、精神性やその家の家風が感じられる空間です。書院と縁側の間に刀のつばを透かし模様に埋め込んだ板がはめられていました。帯刀を赦されていたこの家の格を感じさせる名残でしょうか。

土佐漆喰に松を燻した炭を少し混ぜるとこの壁のような落ち着いた色になるのだそうです。なにも混ぜなければ真っ白な土佐漆喰ですが、混ぜものによって、部屋の雰囲気が変わります。

お座敷で、施主の入交(いりまじり)さんの奥様にお会いしました。NPO法人84はちよんプロジェクトに、行政メンバーとして関わり、理事をされているかたでもあります。

入交さん。

ヨハナ ステキなお座敷ですね!心が洗われるようです。

沖野 このように丁寧に作られ、大切に使い込まれてきた家の風格や気品を感じる空間です。昭和の大工が作った手の跡を、住んで来た人たちが育んできた空間が、次の世代に受け継がれていく、そのためのお手伝いができて、嬉しいです。

いい家は古くても住み継いでいける!

ヨハナどういうご縁で、沖野さんに再生をお願いすることになったのですか?

入交さん以前、父が住んでいる実家の耐震診断をしたところ、合板や筋交いを入れて、壁倍率をあげるように、という結果が出てしまったのです。ずっと守って来た家のただずまいが全く変わってしまうような直し方でないと、住み続けられないのか?ということがどうしても納得できなくて、私も行政という立場で関わっている84はちよんプロジェクトを通して伝統的な大工技術のエキスパートである沖野さんに見ていただいたんです。

沖野相談を受けて見に行かせていただいて、昔ながらの石場立てに土壁の家で、地盤沈下して土台が腐っている部分はありましたが、現代工法での耐震工事のように合板を張ったり筋交いを入れると、かえってそれが悪さをするだろうと判断しました。また、E-ディフェンスの実動大振動実験を見学した時の話や動画を見てもうことで伝統構法の信頼性が高まりました。

入交さん今のままでも十分です、地盤沈下で足元が腐っているところだけは、ジャッキアップして直しましょうと言われて、ああ、やっぱり現代の家とはつくりが違う、それを理解して直せる、信頼できる大工さんに出会えてよかったな、と、とても嬉しかったです。

ヨハナ 十分住み続けることのできる家であっても、現在行われている耐震診断が、現代の固くかためる家を想定しているために、悪い結果が出てしまう。そのことによって、まだ住める、あるいは少し手を入れれば、安心して住めるような古い家を壊してしまうケースが結構あります。

沖野もったいないことだと思います。見方、直し方さえ分かって、適切な手を入れることができれば、救われる家がたくさんあるはずです。昔ながらの技術をもった大工に相談してもらうのが、一番いいんです。昔ながらの家のつくりの耐震性が解明されて、それに見合った設計法や耐震改修方法が明らかになっていくことを望んでいます。

入交さんその後、主人がこの築75年の家を買うことになり、元のよさをできるだけ残しながら住み続けたいという気持ちでした。そこで、「そうだ、沖野さんに相談しよう!」とすぐに思い、お願いしたんです。

沖野生活スペースは、元の建物を活かしながら、現代的な暮らしができるようなリフォームをしますが、この座敷はもとの雰囲気をそのままに残そうということになりました。

入交さんこの座敷は、父と私の共通の趣味である、お茶の稽古などに使おうと思っています。今度、沖野さんに炉を切ってもらうんですよ。

ヨハナ庭の季節感を感じながら、ステキなお茶が楽しめそうですね。

創建当時の梁組が生活空間によみがえる

大々的にリフォームしているのは、玄関をあがって右手の、生活空間の部分です。昔は、小屋組が見えていた土間空間の竃(かまど)があったようですが、竃を使わなくなったあとに天井を張って、煤けた梁を覆ってしまっていたようで、入交さんが購入した当時は、天井の低い、暗い空間だったようです。

入交さん棟梁がこちらを見に来られてまず、天井裏にあがってみたい、とおっしゃるんです。で、主人も私もいっしょにあがりました。埃だらけだったんですが・・

天井裏を調査した時の写真

沖野不規則な丸太の梁が組み合った、すばらしい空間がそこにはありました。小屋組みはすべて地松の丸梁を使っています。昔の大工が、腕をふるったこの技は、間違いなく、見せないかん!と、寝室と食堂以外は、思い切って天井を取り去って、木組みを見せる吹き抜け空間にしました。

ヨハナ建てて何十年もたって、ふたたび、梁組が人の目に触れることになったんですね!

沖野天井裏で埃だらけになっていた梁を、木そのものの力強さや先人の手仕事の跡が見える形で甦らせることを今回の再生のテーマにしました。もとあったそのままではなく、またひとつ違った形で再生できるのも、古民家のふところの深さですね。

左:食堂。左端に小さな薪ストーブがある 右:あらわしになった梁

吹き抜け空間の真下は、居間とキッチンになります。元の台所だった天井の低いところは食堂です。小さな薪ストーブももうけてあります。

ヨハナキッチンと居間は天井が高くて開放的、それに面している食堂は天井が低いというのが対照的ですね。低い天井の食堂も、普段使いには親密な感じがしていいですね。

沖野高知は暑いですから、引き出しの上部には、クーラーが入るのですが、その本体は見えないよう、戸棚にしまいます。

食堂での入交ご夫妻。後ろの、間接照明がつけられている戸棚の中にクーラーがある。

ヨハナ「現代の生活の要望にこたえるための設備を丸見えにしない配慮も、古民家再生には必要なことですね。

入交さん食堂には、この家に昔からあった、たくさんの引き出しのある箪笥をサイドボードとして置きました。ひとつひとつの引き出しに、当時の用途を記した紙のラベルが貼ってあります。

沖野引き出し箪笥とクーラー隠し戸棚との間の壁には、檮原の山奥でロギールさんというオランダ人の和紙作家が自家栽培したコウゾ、三椏、桑にコットンを漉いた4層の和紙を貼りました。面としては大きくないですが、毎日目に触れるところに本物の和紙をもってくるのがいいと思ったんです。

居間と襖で仕切られた和室は、寝室として使います。ピンク系のかわいい漆喰の色がほっとした雰囲気を醸し出しています。

寝室

ヨハナ庭が見える、天井がきれいに張られた座敷空間と、力強い木組みの吹き抜けのくつろぎ空間、巣ごもりしているような親密な食堂や寝室と、さまざまに味わいや表情があってステキですね。

沖野前の世代の何を残し、何を変えていくのか。それぞれの世代を経て住み継いでいく中で、取捨選択していった結果が伝統なのだと思います。時代が変われば、生活様式も建物の用い方も変わっていくのは当然です。その中でも、変わらず伝えられゆく息吹のようなものを、大切にしたいと思っています。

和紙職人 ロギールさんを訪ねて

 

入交邸に使う和紙をつくっている檮原町のロギールさん宅に行ってきました。ロギールさんはオランダ人で、和紙に魅せられ、土佐の山奥で、手漉きの和紙を漉いています。原料となるコウゾやミツマタといった植物も、自家製です。

沖野材料を自分の畑でつくり、木を焚いて繊維を取り出し、水につけてやわらかくし・・といった作業から自分たちでしているのは、スゴイですよね。

ロギールさん昔はこういうことをしてくれるお年寄りが近くに居たんですけど、高齢化して亡くなったりして、やる人が居なくなっていて、結局、自分で作るしかないんです。

梼原町にある、ロギールさんの工房

沖野手づくりというのは、材料調達が途切れるとできない。ぼくらの場合でも、同じです。瓦やさん、左官屋さん、昔はもっとこまかに竹屋さん、小舞屋さんとさまざまな職種がいましたが、消えつつあります。

ロギールさんだったら自分がやるしかないな、ということでやっています。

沖野世の中に大量生産品であふれるようになっていて、手間をかけてする手づくり品は、スピード時代に逆行しています。手づくりの中にこそ、文化があります。が、値段でみると、大量生産品が選ばれてしまう。それでもやはり、手づくりならではのよさが、ある。ロギールさんの和紙を見れば、それが分かります。かといって、手づくりを特殊な人にしか手が届かないものにはしたくない。そこにジレンマがありますよね。

ロギールさん和紙で身近な例をあげると、障子を毎年張り替えるようになったのは機械漉きになってからなんですよ。ほんとの手漉きの和紙は、植物の繊維がしっかりからまりあっていて、そう簡単には破けないから、張り替える必要がないんです。ならば思い切っていい和紙を買って、大事に使うという風にしてもいいはずなんです。

ロギールさんがつくっている和紙の数々

沖野価値観の転換ですね。家づくりにしても、そうです。手づくりのよさ、もののよさや長持ちするということを分かってもらうことが大事ですよね。手刻みで丁寧につくった木の家は、メンテナンスさえすれば、100年以上もたせられます。現代の大量生産の家が坪30万でできたとしても20年もすれば古びて建て替える以外ない、となることを考えたら、手刻みの木の家がけっして高いことないんですよね。

ロギールさん違いが分かるチャンスがないと、選べない。梼原町の子ども達は、ひとりひとりがここへ来て、自分で紙漉きの卒業証書を手で漉きます。つくった体験がある子は、そのことを一生覚えていますよ。

沖野触れれば、違いは分かるのでしょうけれど、違いがあることすら知らないというのが今の課題です。知ってもらうことが大切ですね。私も時代に逆行するかのような「伝統構造法を学ぶ会」を作り、子どもたちの鉋研ぎ体験や継ぎ手・仕口のミニ講座などをしています。そういったことを通して、違いが分かる大人に育って欲しいと願っています。

ロギールさんそう。人の手でしっかりと作られたものは美しく、長持ちするということを。そのために銀座で個展もしますし、わが家を「紙漉きの宿」として宿泊客を受け入れ、紙漉きの体験をしてもらっています。

「紙漉きの宿 かみこや」のWebサイト

沖野手作りのもののよさを暮らしの中で浸透させていくために、私も、ロギールさんの和紙をなるべく建築でも使っていきたいと考えています。

ロギールさんお勧めしているのは、入交さんのお宅のように、日常的に目にするところでワンポイント的に和紙の面をつくるとか、インテリア衝立や明かりに、本物の和紙を使うことです。

沖野使ってみてよさが分かる。分かれば次、と、気の長い話ですが、そのようにしてじわじわと手づくりのよさが伝わっていけばいいと思います!

入交邸の食堂。引き出し箪笥とクーラー隠し戸棚との間の壁には、ロギールさんの和紙が使われている。

1 2 3
家の裏山に植林する入交ご夫妻