山でテレポテーションする人たち
最近は「林業をやりたい」という人が都会でも増えています。では、いったい林業とはどんな仕事なんでしょう? まず思い浮かぶのは、森林を持っていて、そこに生えている木を売った収入で暮らしている人たちのことです。この人たちは「林業家」や「山持ち」と呼ばれています。ただ、林業家といっても自分で木を伐っているとは限りません。中には、自ら山に入って伐った木を市場や製材工場に出荷している人もいますが、多くの場合、木を伐るのは林業の作業を専門に請け負う業者に任されます。そこで働く人たちは、木を伐る手間賃をもらって生計を立てているわけです。また、そうした業者の中には、木を植えたり、その木を育てるための手入れをしたりといった仕事を専門にしている人たちもいます。
このように見てみると、「林業」で暮らしている人は大雑把に言って「木を売って生活している人」と「木を伐ったり、木を育てたりといった作業をして生活している人」の2通りに分かれることがわかります。そして都会の人が「林業をやりたい」と言うときは、地下足袋や安全靴を履き、チェーンソーを携えて「山の中で作業をしている」人の姿を思い浮かべているのではないでしょうか。
山の仕事をしている人に驚かされるのは、何といってもまずは歩く早さです。林業の現場には60代や70代といったかなりの年配で現役として働いている人もたくさんいます。そういう人たちが平地にいるときは、普通のお年寄りにしか見えませんし、歩くスピードもどちらかというとゆったりしたものです。ところが、ひとたび山の中に入ると、驚くほど移動するスピードが早くなります。傾斜がきつくなっても足の運びがほとんど変わらないので、どんどん速さが増していくように見えるのです。都会から移住した人が「爺さんたちと山に入っていると、テレポテーションでもしてんじゃないかって思うことがあるよ。ちょっと目を離すとえらく離れたところにいるんだから」と話すの聞いたことがありますが、まさにそんな感じです。年季の入ったプロはさすがに違うものです。
木を思い通りに伐り倒す
そんな山仕事のプロの真骨頂が発揮されるのは、やはり現場の作業をしているときです。例えば木を伐るときのことを考えてみましょう。求められるのは倒すべき方向を見定める判断力と、思い通りの方向に倒す技術です。これが難しい。木は高さや太さ、枝ぶりなど1本1本が違った姿をしているので重心の向きはさまざまです。周囲の木の込みぐあい、傾斜、林道との位置関係などの条件もすべて異なります。風向きや風の強さといった気象条件も的確に把握しなければなりません。
プロの林業者は、そうしたもろもろのことを踏まえて木を倒す方向を決めます。判断の基準は倒しやすい方向はどこかということと、倒した木を後で運び出すのにはどこに倒せば作業がやりやすいかということです。倒れるときに木が傷まないようにすることも考えなければなりません。傾斜地に立っている木は多くの場合、山の下の方(「谷側」といいます)に向いて枝がたくさんついていて、重心が下向きであることが多いのですが、これらのことを考えて横向きや上向き(「山側」といいます)に倒さなければならないこともままあります。伐り倒した後に山の中にしばらく置いて乾燥させる「葉枯らし」をする場合は、山側に倒すのが鉄則ですから、多くの場合は重心にさからって倒さなければなりません。
プロの林業者は、そうしたもろもろのことを踏まえて木を倒す方向を決めます。判断の基準は倒しやすい方向はどこかということと、倒した木を後で運び出すのにはどこに倒せば作業がやりやすいかということです。倒れるときに木が傷まないようにすることも考えなければなりません。傾斜地に立っている木は多くの場合、山の下の方(「谷側」といいます)に向いて枝がたくさんついていて、重心が下向きであることが多いのですが、これらのことを考えて横向きや上向き(「山側」といいます)に倒さなければならないこともままあります。伐り倒した後に山の中にしばらく置いて乾燥させる「葉枯らし」をする場合は、山側に倒すのが鉄則ですから、多くの場合は重心にさからって倒さなければなりません。
そうやって決めた方向に思い通りに倒すには、とても高度な技術が必要になります。平地に1本だけ立っているのとはわけが違います。方向が狂えば、ほかの木に引っかかってしまうかもしれません。それを外すのはとても大変ですし、危険です。そんなことにならないように細心の注意を払って作業しなければなりません。チェーンソーの刃の入れ方や、切り口が閉まってチェーンソーの刃が挟まれて動かなくなるのを防いだり、いよいよ倒すときに切り口を広げたりするために打ち込む楔(正確には「矢」といいます)の扱いなど、そのひとつひとつに長年の経験で培われたプロの技術と勘が凝縮されています。方向が決まってから木が倒れるまでの時間はわずかですが、彼らの一挙手一投足からは目が離せません。
山仕事の「技」は多種多様
山の仕事はこのほかにも木を植えることに始まり、苗木の周りの雑草を刈り取る下刈りをしたり、枝打ちをしたりとさまざまです。そしてそれらひとつひとつの作業に長年にわたって磨かれてきたプロの技の冴えがあります。苗木を植えることなどは簡単に思われるかもしれませんが、1日に200本も300本も植え、すべてがちゃんと育つようにするというのは大変なことです。植え方の技術はもちろんですし、忍耐強さや集中力、そして傾斜地で鍬を振るい続ける体力が求められます。
枝打ちや間伐も同様に技術が物を言う作業です。節を早く巻き込むように枝を打つにはどうするか。腕の良し悪しで結果がまるで違ってきます。間伐は木を伐り倒すという点で上記のような技術が求められますし、間引きだけが目的で行われる場合は、倒した木が山から流れ出さないようにするという配慮も必要になります。山仕事のイメージではないかもしれませんが、山肌を削って林道をつくる工事も林業の大切な仕事のひとつです。林道があれば伐り倒した木を運び出すのが楽ですし、作業現場との往復時間も短縮されます。そのような役に立ち、しかも重機が行き来するのに耐える道をつくるためには、効率的な利用を可能にするルートの選定から、水の浸食から路面をどう守るかなど、さまざまなことが検討されます。これも立派な林業技術といえます。
このほかにもチェーンソーや鉈・斧といった道具の手入れにも技術が必要です。刃物類は切れ味ひとつで作業効率や仕上がりがまるで違ってきますから、プロは綿密に手入れをします。現場に行くと、休み時間にチェーンソーの刃にヤスリを当てて目立てをする姿がよく見かけられます。林業というと、やはりまずは木を伐り倒すことが思い浮かびますが、そのほかの作業や道具の手入れ、山の歩き方などなど、それらすべてが山仕事の「技」であり、林業を担う力になっているのです。