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このままでは伝統構法の家がつくれない!


基準法の仕様規定にない「石場立て」
これまでは「性能規定」で構造計算して確認申請を通して来た

げん まず、現場報告のトップバッターは川越の綾部さん。おれたち大工の仲間さ。学校を出て設計士してた時期もあったらしいけど、今は実家を継いで伝統構法の大工やってる。なんでも、改正基準法が施工される直前に確認申請おろして、伝統構法の中でも改正基準法以来、特につくりにくいことになってる石場立ての家を施工中だってよ。

きり ちらしにも書いてありましたね。コンクリートの基礎がなくて石の上に柱のっけただけの、お寺みたいなやつでしょう? それって建築基準法、通らないんじゃなかったんでしたっけ?

げん へえ、おまえでも、それくらいは分かってるんだな。今の建築基準法の仕様規定じゃあ、コンクリートの基礎を打って、建物とその基礎をアンカーボルトで結合することが求められっからな。

きり えーっ、仕様規定からはずれてるっていうのは、法律違反っていうことですか? それってやばくないっすか?

げん 早とちりするなって。基準法で定められた仕様にのっからないものであっても、構造計算でその建物の安全性を示せたら、建ててもよろしいという「性能規定」っていうのが、2000年にできたんだ。それ以来、仕様にない石場立てのような建物でも、ちゃーんと構造計算すれば正々堂々と通せるようになったのさ。綾部さんも、次に現場報告してくれた古川さんも、石場立てを性能規定で通して来た人たちなんだ。

きり 構造計算かあ・・・おれの手には負えない雰囲気だなー。

のこ おれだってわかんねえさよ。大工としてこれならいける、っては分かるけどな。それじゃまだ足りねえってのか。じれったいよな。

きり おれも、同感!

げん またお前は早まるんだから・・・けどね、大工の経験知や実際もってきたという事実があっても、建物の安全性を構造計算なりで客観的に証明しなけりゃいけないっていう流れは、今の時流そのものなんだよ。だけど、よーく考えてみな。地震で建物がつぶれて人の命を奪うことだってあるんだからさ。自分で大丈夫と思ってつくった家が、人を殺すことになったら、たまらないだろう? だから、構造安全性をきちんと確かめて、それを施主に説明できるっていうことは、つくり手として当然求められる責任なんだよ。

きり (むぎゅー)

のこ 世知辛い世の中だが、昔と今は違うんだ。確かに、裏付けをもって説明できるようでないと、これから先、生き残ってけないのかもしれねえな。

きり そういえば、ハウスメーカーの家なんか、どう地震に強いかとか、うんと長持ちするとか、派手に宣伝してますもんねー。負けちゃいられねえ〜

げん またおまえは極端だっつーの!

剛の考えにもとづく建築基準法では、
柔構造の伝統構法を評価しきれない

住宅は、その土地の気候風土にあったもので、建て主の希望にそったものをつくることが前提だが、そこにさらに社会的に意義をこめるのがつくり手の使命

伝統構法は建築時と解体時の両方でゴミが少ない

現物より図面優先の法律だと、工事がストップしてしまうこともある
(3点とも綾部さんのスライドより)

きり ところで、伝統構法は建築基準法の仕様規定にのっかってないって兄貴は言ったけど、そもそもの日本の家づくりが合法でないっていうのは、なんか、納得いかねえなあ、なんて俺は思っちゃうんだけど、そのへんはどうなんすか?

げん 地震力には、家の構造を剛くかためて、対抗しなさい、というのが、基準法の考え方なんだよ。伝統構法のような柔構造は、そういう基準法の方針とは違った性質のものなんだよ。大雑把な言い方としてしまえば、基準法は「剛構造」、伝統構法は「柔構造」っていうことになるんだけどな。

きり 柔構造? やわらかいって、弱いっつーこと?

げん 「剛よく柔を制す」っていう諺があるだろ? 柔らかいというのが即、弱いというわけじゃないんだよ。地震に対抗しなくたって、うまく耐えることができればいいんだからね。今では、超高層のビルにだって、柔構造的な考えが取り入れられているんだよ。

のこ あのな、地震が来たら、がんばって耐えるんでなしに、一緒に揺れてやりすごしましょう、ってことだな。柳の木は大風が吹いたって、折れはせん。風をうまく受け流すからな。

げん 建物でいうと、がんばって剛く、耐えるんじゃなくて、ぐわん〜としなって、粘るんだよ。傾くけど、またぐわん〜ともとに戻る「復元力特性」というのがあるのさ。

のこ もうちょっと具体的に言うとな、まず、最初に土壁が踏ん張るんだよ。でも傾いてくると、壁の角っこが崩れたり、貫の辺りの塗り壁がひび割れてきて、耐える力を発揮しづらくなる。すると今度は柱と貫とで編んだ籠のような骨組みが、平行四辺形状にしぶとく粘って、いったんは傾くのさ。そして、傾いたのがまた、戻るんだ。

きり 綾部さんや古川さんがやってる石場立ての、地面にしばりつけられてない柱は、そんな時、どうなるんすか?

のこ おまえにしちゃあ、いいところに気がついたな。動くんだよ。

きり へっ!? ハウルの動く城みたいだな・・・

のこ 石や独立基礎の上に置いただけの柱は、はねたり、すべったり、ずれたりするんだ。そうやって地震力を逃すから、建物そのものの損傷は少ない。で、動いたり傾いたりする分にはまた建て起こして、もとの礎石の上に戻せばいい。

きり それっ、テレビで見たことあるぞ! 能登の地震の後、赤紙貼られた家を建て起こして元に戻してた。傾いたからもう住めないってわけじゃないんだって。そこんちのじいさんばあさんが「思い出の詰まった我が家に住み続けることができて嬉しい」ってうれしそうだったのがよかったなー。

げん そういった例はあるし、おれたちもそうでいいと信じていることなんだが、建築基準法ではそういったことは評価できてないんだよ。伝統木造といってもいろいろ幅があって、特に基礎と建物をつながない石場立てとなると、現在の基準法では無理なんだよな・・

きり 評価できないから、認めないということっすか? そうすることが悪いと、まだはっきり分かってるわけでないのに?

げん あくまでも評価できないことは盛り込めない、というのが法律の立場なんだよ。

今のところ伝統構法を説明できる
唯一の構造計算法が「限界耐力計算」

のこ ま、法律でどう言ってるかは別として、柔構造はな、地震の力をやり過ごす、先人のすぐれた知恵なのさ。よく覚えとけ。

げん ・・・と、大工たちは言うわけなんだけど、さっきも言ったように国ではそこまでは評価できてない。だから仕様規定にものせてない。そうしてもやりたいんなら、実際に計算で証明しなさい、それができたらどうぞお建てください、というのがさっき言った「性能規定」なわけだ。

きり うーん、なんっか、俺たちのやってることが法律にケチつけられてるみたいで、おもしろくねえなー。現場を知らないから、そんなこと言うんだろー!

げん そうやって俺たち大工は喧嘩腰になるか、関係ねーって決め込むかして国や学者と背を向けてきたわけだけど、もうそういうわけにはいかない、っていうのっぴきならないところまで、来てる。それが現実なんだ。住まい手だって、安全なんだかどうなんだか分からない伝統構法を選べない、ということもあるしな。

きり いよいよ逃げも隠れもできないってことか。説明責任ねー・・ところでさ、構造計算で証明するってったって、そんなの、いったいおれたちの手に負えるんすか?

げん 設計の人や構造の人と協力しながら、ということになるわけだけどな。で、性能規定で伝統構法を証明するにあたって、強力な助っ人になってくれてるのが、元・京大の鈴木祥之先生の、

きり じゃ〜ん、限界耐力計算法でしょ?

のこ よく知ってるなー

きり ちらしにしつこく書いてあったもんな。なんのことだかは、分かんないっすけど。

げん おれも構造屋さんからの受け売りだけどさ、地震の時に建物がどういうふるまいをするか、ってことに注目した計算法らしい。壁の一部にひびが入るなどの構造に影響のない「損傷限界」と、これ以上いくと柱が折れるなど、構造への影響が出てきて建物が倒壊するおそれもあるぞっていう「安全限界」っていうのを考えるんだ。そして、震度5ぐらいの時には「損傷限界」を越えないように、それ以上の大地震の時には「安全限界」を越えないように設計しようというのがおよその考え方らしいよ。

きり ふ〜ん。むずかしそうだけど、ちょっとおもしろそうっすね。で、どういうわけでその限界耐力計算が、伝統構法の役に立つっていうんですか?

「限界耐力計算」なら壁量計算に
のせられない要素を評価することができる

柱建て式(上)と土台式

こんな田舎も「延焼のおそれあり」の22条地域に指定されている。防火仕様の規制をうけるため、外壁に木を使えない。

日本が向かっている家並。古川さん曰く「りかちゃんハウス」
(3点とも古川さんのスライドより)

げん 建築基準法の仕様規定をフツーに満たしてる建物の構造安全性は、壁量計算で確認するだろ?

きり それくらい知ってますよ。筋交いとか構造用合板とか、耐力壁の長さに壁倍率がいくらっていう数をかけあわせて足し算するやつでしょ? それくらいなら、俺にだってできますよ〜。

げん けどな、あれは要は「耐力壁」の足し算なわけだろう?ところが、在来工法以前の伝統構法の家っていうのは、しっかりした軸組ありきで、開放的。壁は比較的少ないだろ?

きり で、壁量が足りなくなるっていうことですね!

のこ 壁が少ないから弱いってもんじゃないんだ! 太い材を組んだ木組みの軸組は強いんだ! 差鴨居だって、小壁だって、効いてるんだ!

げん ・・・親方が言うような、壁以外の要素を耐震要素として組み込むことができるのが、限界耐力計算のよさなのさ。鈴木先生がこの計算を伝統構法の設計に役立てるようとしてくれて、実験の数値をもとに「伝統構法を生かす木造耐震設計マニュアル」をつくってくださった。おれたちが使える本になったのが、2004年だっけかな。つい最近のことさ。読んですっと分かるってもんじゃない、てごわい本だけどな。

きり へえ! けど、その本の考え方でいけば、壁量計算でペケになっても、限界耐力計算で通せる可能性があるってことですよね。それだったら、難しくても取り組み甲斐あるよなー

のこ おれたちが経験上大丈夫、って分かってることを、まあ、後から追っかけてるにすぎないけどな。

性能規定ができて、よろこんでいた!
ところがまさかの、大逆転・・

げん ・・ということで、限界耐力計算で石場立ての家の確認申請を通すつくり手もでてきた。古川さんは、自分で計算してる。綾部さんは、構造屋さんに限界耐力計算を依頼してる。その分コストもかかるわけだけど、それも施主に説明の上で出してもらってるんだ。

のこ そうやって自分の思うことを正々堂々と通してきたってわけだな。えらいよな。

げん もちろん、これ木連のつくり手が全員、いつも石場立てをやってるとか、石場立てでなきゃダメ!と思ってるっていうわけじゃないんだよ。守りたいのは「自由度」ということなんだ。伝統構法には幅がある。コンクリート基礎に土台を置いて柱を建てる「土台敷き」から、自然石に柱を建てる「石場立て」だって、場合によってどちらでもできていいはず。地域によってつくり方が違うし、似ていても寸法がちょっとずつ違う。そういった幅が、仕様規定という中に押し込められることに抵抗感をもつのさ。

きり 自由度かあ・・たしかにね。そこがハウスメーカーの画一的な家づくりといちばん違うところっすもんね。

のこ そうだ。ひとつがちがう。ちがってていい。ただ、めちゃくちゃでいいということではない。それぞれが理にかなっていればいいということだ。あたりまえなことだけどな。

きり そっか。仕様規定にはなくても理にかなってるってことを示す方法が「性能規定」ってわけですね。そうなったってことは、多様性がいのちの伝統構法にとっては、いい流れじゃないっすか!

げん ところがどっこい、2007年の改正基準法で、大逆転が起きたのさ。

きり あ、それが「このままでは伝統構法の家がつくれない!」って騒いでる話につながるわけですね。

げん そうなんだよ。一口じゃ語れないって言ったろ? これでようやく、話の発端に立ったわけさ。


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