分科会には分かれず、全員で話をした夜の部
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第八期木の家ネット総会・小江戸川越大会のレポート


松村屋さんで夜の分科会、話題の中心は
伝統的建物の実大実験のこと

懇親会終了後は松村屋旅館さんに移動、総会の夜の目玉として、定着している夜の「分科会」が行われました。これまでの総会でも熱いテーマで激論が交わされてきましたが、今回は時間に広間に集まりだした会員の誰からともなく懇親会の最後に見た実験の試験棟の話題が出て、結果的には部屋に分かれることなく全員で、そのテーマについて話したり聞いたりしました。実験に実務者として関わりのある委員になっているメンバーも数人いて、詳しい事情を聞くことができ、とても有意義でした。

今回話題になっている実物大性能検証振動台実験は、平成20年度から始まった「伝統的木造軸組構法住宅の設計法作成及び性能検証事業」という国の事業の一環として行われるものです。2007年6月に改正された建築基準法の厳格化により、位置付けの曖昧な伝統構法・伝統的工法の住宅がつくりにくい状況に陥ったという状況を踏まえて、国では伝統構法の構造的な安全性の検証を行い、建築基準法の中に位置づけようと考え、このような事業に取り組むに至ったのです。建物の要素が地震動に対してどうふるまうかを実験し、そのデータの解析を行うことで、伝統木造の設計法を構築しようというのです。

この事業を遂行するにあたって、各関連課題作業(タスク)チームが編成されましたが、その中に実務者メンバーとして木の家ネットの会員が何名か加わっています。そのメンバーから、振動台に乗ることになっている実験棟の仕様についての話を聞くことができました。このことに関わりの少ないメンバーにとっては、イメージしにくい場面もありましたが、実験をする意義、実験後の解析により新しい計算法が確立される期待が寄せられていることがわかりました。

夜の分科会の発言メモ。クリックすると拡大表示され、9枚を順におくって見ていけます

実験、検証、設計法の構築といった流れに対して、肯定的な意見ばかりではなく、計算法にだけ頼るのではなく、現在残っている古い建物、地震をくぐり抜けてきた建物の要素を再評価し、今後もそういった建物がつくれるようにしていくべきではという意見も、多く出されました。基準法の中に伝統木造の位置づけるという視点での伝統木造建物の実大実験は初めて行われることであり、未だ過渡期にある段階です。今回の実験の結果や解析によって、また違った方向性が見えてくるのではないかと期待したいところです。

(けやき建築設計 畔上順平)

翌朝、ふたたび茶陶苑へ
第8期の運営方針を話し合った総会

一夜明けて、二日目の朝はふたたび茶陶苑に集合。木の家ネットのメンバーだけで木の家ネットの運営について話し合う「総会」を行いました。会計の衣袋さんから会計報告、第八期の収支予算案の説明などがあった後、事務局から、第七期のふりかえりということで、建築基準法と伝統構法とのそもそもの関係、対・国交省との折衝の記録、7/12のシンポジウム「このままででは伝統構法の家がつくれない!」鈴木祥之先生のインタビューなど、重要な項目についてはこれまでのコンテンツを紹介しながら、動きが活発であったこの一年の流れを追い、その背景説明をしました。

これからの木の家ネットをどうしていこうか、という話し合いもしました。第七期では、上記のような大きな動きがあったこともあり、伝統構法をめぐる法整備についての少しむずかしいコンテンツが多かったのですが、これからもそうした動きの要点はしっかりおさえつつ、より住まい手側の視点に立った情報発信をしていくことも必要なのでは、という話になりました。

肯定的な意見ばかりではなく、計算法にだけ頼るのではなく、現在残っている古い建物、地震をくぐり抜けてきた建物の要素を再評価し、今後もそういった建物がつくれるようにしていくべきではないかという意見も、多く出されました。基準法の中に伝統木造の位置づけるという視点での伝統木造建物の実大実験は初めて行われることであり、未だ過渡期にある段階です。今回の実験の結果や解析によって、また違った方向性が見えてくる期待感を強く感じました。

今年度の方向性をみんなで考える。

具体的には、住まい手の方に直接インタビューして構成する「木の家ネットのつくり手がつくったお宅を拝見!」コンテンツ、来年から強制加入が義務づけられる「瑕疵保証制度」についての分かりやすい解説などが考えられそうです。「『お宅拝見!』コンテンツにネタを提供できる人〜」と会場に呼びかけると、さっ!と手があがるつくり手が多いのにはおどろきました。つくり手と住まい手との関係がよっぽどいいからこそ、住まい手に確かめる以前にさっと手があがるのだということでしょう。来年には新コンテンツを公開できるよう、今期のコンテンツ&取材計画を事務局で練り上げていきたいと思っていますので、読者のみなさんも、お楽しみに!

(木の家ネット事務局 持留ヨハナ)

オプションツアー1:
プロ向け町歩きで大正浪漫通り、
旧織物市場、川越キリスト教会へ

蔵の会の働きかけによってアーケードが外され、明るくなった大正浪漫通り。手前の建物は「和菓子屋いせや」

総会は午前中いっぱいで終わり、めいめいで昼食をとったあと、午後はオプションツアー。「プロ向け川越 町歩き」と「遠山記念館見学」と2班に分かれて行動しました。

町歩き班には、木の家ネット会員の約40名が参加しました。昼食後、12時半頃に茶陶苑前に集合しました。案内役は蔵の会会員の4名と伝統技法研究会会員の3名(そのうち1人は木の家ネット会計の衣袋さん)です。特に班分けをすることもなく、全員で町歩きをしました。前日は茶陶苑から北の「伝統的建造物保存地区」を中心に散策しましたが、2日目は茶陶苑から南へと散策し、最終的に喜多院に向かいました。

茶陶苑を出ると、通りの反対側に洋風建築の商工会議所の建物があります。ここから先が大正ロマン通りです。以前は覆い屋根が掛けられたアーケード商店街でしたが、屋根を取り、電線を地中化し、外灯を低くして、通りを整備したのです。大正ロマンをモチーフにした街つくりをしていて、デザインコンペなども行なっています。「和菓子屋いせや」は蔵の会のメンバーにより、新築されましたが、周りの洋風建築に合わせて設計されています。大正ロマン通りから連馨寺に向かい、途中にある旧鶴川座の内部を見せていただきました。ここは明治時代の芝居小屋だったところで、調査を担当している衣袋さんから説明がありました。回り舞台などが残されていますが、大正時代に大きく改造され、映画館などに利用されていたようです。明治時代の芝居小屋の姿を想像しながら見学し、次の見学地である旧織物市場に向かいました。

旧織物市場は2棟の長屋状の建物が向かい合う、明治時代の建物群です。5の日と10の日に、両側にずらっと川越の織物商が店を出す織物市場が開催されていました。こうした昔の織物市場がほぼ完全な姿で残っているのは全国で唯一だそうです。明治時代に迷い込んだような錯覚に陥ってしまいそうな、不思議な空間でした。総会の1週間前には、ここで川越アースデイというイベントが行なわれ、木の家ネット有志も参加し、パネルや軸組み模型の展示、カンナかけやチョウナはつりの実演などを行ない、評判を呼びました。この旧織物市場はマンション計画により解体の危機にありましたが、市民運動で救われたというお話を伺う事が出来ました。

昔、遊郭だったという趣きのある建物。

旧織物市場から、佐久間旅館向かいにある煉瓦造りの川越キリスト教会に向かいました。昨日外から見学した班もありましたが、二日目には教会の内部に入っての見学が出来ました。パイプオルガンの練習中だったのですが、わざわざ皆が知っていそうな曲を演奏してくださいました。教会を後にすると、からたちの生垣が特徴的な市内に唯一残っている武家屋敷、旧遊郭街(今は普通の住宅に使われています)を歩き回りました。日曜の午後ということで昨日見学した一番街付近は観光客でかなりのにぎわいでしたが、この付近には全く観光客は見られません。さらに、中院というお寺の境内にある、島崎藤村が義母に送ったという茶室を外から眺めました。付近は大きな木が多く、ちょうど紅葉もきれいでした。その後、重要文化財である東照宮、喜多院にたどり着き、ちょうど予定の4時に解散となりました。川越の奥深さに感動することが出来た町歩きでした。 

美しいレンガ造の川越キリスト教会。
(千尋建築事務所 奥隅俊男)

オプションツアー2:
選び抜かれた材と最高の施工が光る
昭和初期の和風建築、遠山記念館へ

もう1班は、川越から車で乗り合わせで車を走らせること20分、川島町の遠山記念館に向かいました。敷地は3000坪。日興證券を興した実業家遠山元一が母のために建てた邸宅のまわりを、濠、裏千家亀山宗月設計の茶室、墓所などが点在する広大な庭が囲んでいます。室岡惣七の設計(近くでは、入間に残っている石川製糸迎賓館も設計している建築家です)、元一の弟芳雄を総監督により、全国各地から集められた銘木で大工棟梁中村清次郎が2年7ヶ月を費やして施工、昭和11年に完成しました。

昭和43年に財団法人の認可を受けて遠山家のコレクションを納めた美術館を長屋門を入って右側に今井兼次設計による土蔵風の美術館を併設し、昭和45年から財団法人遠山記念館として開館し、公開されています。音楽評論家遠山一行氏の実家でもあります。

ガラス戸の縁の飾りがおしゃれな中棟の2Fから、東棟の茅葺き屋根を見る。

長屋門をくぐり、庭を通り、茅葺きの玄関から邸宅に入ります。関東の豪農の屋敷を思わせる東棟、賓客接待の間として使われた書院造りの2F建ての中棟、母の暮らしの場である京間の数寄屋造りの西棟と、性格のまったく異なる3棟が、渡り廊下でつながっています。

茅葺きの民家風、書院、数寄家づくりと、伝統的な要素の組み合わせてできている建物であり、一見、大工棟梁だけで建てたかのように見えますが、実際には室岡惣七という建築家による設計です。建築家に大工棟梁に対する畏敬の念があり、全体の設計の筋はきちんと通しているというバランスのよさが随所にみられます。

設計の工夫としては、賓客、ゲスト、使用人、住まい手であるお母さんと、公私ともども、ざまざまな人が出入りする空間に、きちんとヒエラルキーと秩序をもたせていること。どこにもかしこも贅を尽くしたような普請道楽とは違って、抑制が効いており、部屋の格に合わせて適切に材料を選び、用いています。また、大工、左官、建具、庭、設備、電気、全てに伝統を継承しながら、新しいもの(文化、技術、生活)にも敏感で、井戸水を石炭ボイラーでわかした全館給湯設備、浄化槽、各所に付けられた使用人呼び出しボタンといった、当時の最先端技術がいろいろと盛り込まれています。それでいて、そうは感じさせないのが、心憎いところです。

さて、遠山記念館を訪れた木の家ネットメンバーはといえば、学芸員が説明をする前から、あっちこっちの細部に目を見張り、驚嘆の声をあげ、そこらじゅうが、見所のような建物なので、学芸員さんが順路どおりに誘導して説明してくれようとするのですが、なかなかその通りに進みません。なにしろ、それぞれに興味をもつところが違うのですから・・・。

涼風がやさしく吹いてきそうな、やわらかい曲線の無双窓。

まず宮内寿和さんは、表玄関の格子天井の材に目を見はり、欅の梁の納め方の合理性に感嘆の声を挙げる。和田善行副代表は、床の間の欅の一枚板が床脇の地袋の奥まで入っているのに感心する。和田勝利さんは、五寸角の四方柾の通し柱の位置におどろき、加藤長光代表は天井板のスライスの仕方に、岩波正さんは3段になっている丸面の廻縁に感嘆する。古川保さんはガラスの無双窓のデティールへのこだわり方に、佐々木文彦さんは出窓と雨戸の納まりに「こんなの見たことない!」と驚き、高橋義智さんは精緻な象嵌細工のほどこされた家具の材がなんだろうと疑問を膨らませ、川村勝美さんは桐の一枚板の仏壇扉に金泥で雲を描いた細工に感嘆し、寺川さんは朝日が気持ち良く入るであろう廊下の足下の無双窓を発見し、バリアフリーに慣れきった若い某建築士は廊下から上座の座敷きに踏込み違えてつまずき、僕はトイレの塗り壁の、時間がたつに連れて色が浮かび上がってくる左官仕事に目を見張りました。そして今回は、普段は公開していない2階にまで、特別に上がらせていただきました。2階はこれは又別格ですなあ。僕は段鼻が丸面になっている、2階までの階段に感激しました。

それぞれの細部については、遠山記念館のサイトで結構詳しく見ることができます。「邸内めぐり」をクリックしてみてください。

庭もなかなかのものです。みんなつくばいの前の水琴窟で柄杓で水を掬って音を楽しみ、座敷きからの見える富士山を眺め、特に邸内から庭を見るとに目に入る建具の納まりとガラスの精度と相まって、それぞれの部屋からベストな角度で見えるように設計された庭を、十分に味わいました。

木の家ネットの、こだわりの強い、口うるさいプロの面々が、それぞれに自分の問題意識で、さまざまな部位のレベルの高さ、精緻さ、部材の良さに感嘆の声を挙げることができるのは、先ず、全体の構成のよさ、どこにも違和感を感じない調和、「スッキリさ」加減がこの建物のベースにあるからなのではないかと感じました。きっと一人一人もそれをちゃんと理解していて、細部に驚嘆していたのでしょう。

邸内の随所に、室内からすっと外に出られる場所があり、つくばいや靴脱ぎ石が置かれている。
美しい庭と家とのつながりのゆるさのあらわれ。テラスの木材は六角に面取りされている。

そして、設計や施工以前に、材料がすばらしい。全国から最上の、跳び切りの木材を集めてつくるという贅沢が尽くされていました。そのようにしていい材を選んでく「目利きの目」そしてその価値を「評価できる鑑賞眼」があってこそ、木の文化が作られて来たのです。流通や工業化が進んでいない当時は、材の地産地消というのはあたりまえで、わざわざ選んでくるのが「文化」だったのです。安いから遠くからもってくる、ということはありませんでした。

僕は、若い頃から機会あるごとにこの建物を見学に来ていました。東京にこれだけ近くて、気楽に見ることができて、しかも保存方針と保存状態のいい、これだけすばらしい木造の建物はそうありません。木造を勉強する教材として若い友人を連れて行ったこともありました。そんな気軽に訪れることのできる、別格の木造住宅なのです。

そして、邸宅自体に圧倒されて印象が薄かったのですが、併設の美術館は今井兼次の最後の作で、控えめな配置と自然光併用の展示計画、ドアの引手、階段の手摺等、細かいところまで考えつくされたもので、これだけでもなかなか見る甲斐があるものです。みなさんも一度訪れてみてはいかがですか?

(吉田晃 吉田晃建築研究所)


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総会後の記念撮影。全国から集まったつくり手たちは、みんな笑顔。