国産材と林業振興のために、所有と経営の分離、集約的な経営をめざす政策が進められています。今の山の現状にとって必要なことではあるのかもしれませんが、それだけでは、山を後世に受け継いでいくことはできるのでしょうか?
林材ジャーナリストの赤堀楠雄さん、お父さんの跡を継ごうと林業の世界に飛び込んだミドリちゃん、その山の木を使った家づくりに携わる大工のよっちゃんの3人が、山でのイベントの帰りに、飲み屋で語り合かします。
先人の汗と足あとを思う
楠 さあて親方、一杯どうぞ。
よ おう。
ミ きょうはわざわざありがとうございました。
よ いやいや、オレも勉強になったよ。誘ってくれてありがとうよ。
楠 最近なかなか山に行く機会がないって言ってたもんね。きょうは久しぶりだったんじゃない?
よ まあな。それにしてもスギさんの山は相変わらず手入れが行き届いてるよな。ミドリちゃんみたいな立派な後継者もいるんだし、うらやましくなるぜ。
ミ 立派だなんて…、私なんかまだまだです。
よ ご謙遜。きょうのイベントは一般の人に林業のことを知ってもらうのが目的だって言ってたよな。林業がどんな仕事なのかって、ミドリちゃんの説明はわかりやすくてよかったよ。熱も入ってたしな。みんな聞き入ってたじゃねえか。
楠 ホント、きょうはよかったよ。
ミ ありがとうございます。
よ それと親父さんのスギさん、あの話もよかったな?
楠 聞き入っちゃったよね。
ミ 私もです。父があんなに力を入れて話すのを初めて見ました。
よ ふだんはあんなにしゃべらないもんな。
楠 どっちかと言えば寡黙な方だよね。でも、きょうもあまり言葉は多くなかったけど、伝わるものがあったよね。
よ いまこうして木が育ってるということは、この山の中にはずっと昔からたくさんの汗がしみ込んでいて、数えきれない足跡があるんです、なんてくだりは本当にグッときちゃったぜ。
楠 そのことを思うと、今が厳しいからといって山をやめることはできません、とこう続けるんだもんね。参ったよなあ。
よ あの話を聞いた後は、山がまるで違って見えるようになったよ。枝打ちなんかも一気にやるんじゃなくて、毎年少しずつやるってんだろう?
ミ そうですね、ウチでは毎年1尺(約30cm)分の高さしか枝を打ってはいけないって言われてます。あまり一気に枝を落とすと木に負担がかかってしまうので。
よ それでいて10mくらいも枝をきっちり打ってあるんだから、毎年毎年じっくり念入りに手をかけてきてるってことだよな。そうした育て方を何世代にもわたって続けてきたなんて、それほど大事に育てられてきた木をこりゃあおろそかにはできねえぞって身が引き締まるような思いがしたぜ。
楠 そこらじゅうに汗がしみ込んでいて、足あとがあるっていうのは、本当のことなんだよね。これは改めて大切にしなきゃ。ミドリちゃんにもそんな思いがあるでしょ?
ミ はい…
木をつくる人がいて、使う人がいて
楠 山の場合は、手入れする人がいるだけでは成り立たなくて、親方みたいな大工さんたちが木を大事に使ってくれることで支えられてるっていう面もあるよね。
ミ 本当にそうです。私たち、良い木に育てようって一生懸命手をかけてきてるんですけど、最近は木の質があまり重視されなくなってますよね。そのことがくやしくて。
楠 合板や集成材は強度がどうかってことは重視するけど、ほかのことはあまり気にしないもんね。製材だって最近は木の個性を生かすっていうより、大量に生産して、人工乾燥をかけてって、製造工程で均質化していくやり方が主流になってるからなあ。
よ 困ったもんだぜ。木ってのは1本1本個性があるわけだろ。その個性をより良く生かして使うのが本筋よ。それが流行らねえなんて、おかしな世の中になっちまったもんだぜ。
ミ だからこそ、親方さんたちのような大工さんがいてくれるのが心強いんです。ウチはきれいな山を展示して見せる目的で木を育ててるんじゃなくて、あくまでも生業としてやってますから。きちんと使ってくださるからこそ、こちらも山をやっていけるんだなって思うとありがたくて。
楠 その意味じゃ木を生かして使う大工さんたちがい続けてくれたから、山も続いてきたって言えるよね。そういう使い方や大事に使おうっていう心構えも受け継がれてきたってわけだ。親方、すごいじゃん。
よ よせやい。オレっちなんてまだまださ。この木の命を何とか家の形で生かしたそうって頑張ってるつもりだけどよ。
ミ 親方さんの家はそうなってますよ。ああ、こうやって生かしてもらって、この木はなんて幸せなんだろうって思いますもの。
よ うれしいことを言ってくれるねえ。さ、ミドリちゃん、きょうはどんどんやってくんな。勘定はオレが持つから。
楠 やった。すみませーん、この大吟醸をひとつ、お願いします。
よ おいおい、お前さんもかい。まあいいや。お姉さん、同じのをオレにも頼まあ。