番匠 剱持工務店 副棟梁・剱持大輔さん


総会特集の第二弾として、総会幹事である山形県鶴岡市の大工、剱持大輔さんを、施工事例「月山を望む家」を通して、ご紹介します。

この父にして、この子あり! 親子二代の チャレンジャー

写真左:中央は父、剱持猛雄さん。向かって右隣が若き日の大輔さん。写真右:猛雄さんの鶴岡の名工(2015年)、建築マスター・国土交通大臣顕彰(2016年)受賞を伝える新聞紙面

「番匠 剱持工務店」の二代目の剱持大輔さん。お父様の剱持猛雄さんは、創業して一代で「きわめてすぐれた技能を有する者」として、2017年に厚生労働省から表彰された「現代の名工」。伝統建築を構造面から勉強する意欲に満ちた方で、NPO法人伝統木構造の会の主要メンバーのおひとりです。 第4回木の建築賞 木の建築大賞を受賞した施工事例である大規模木造建築「三川町立東郷小学校」の事例をみれば、伝統を守るというだけではなく、新しいものに挑戦するチャレンジ精神もうかがいしれます。総会で訪れる「致道博物館」に移築再生されているいくつもの文化財を手がけておられますが「伝統建築の基本は民家である」との信条のもと、伝統構法による「住宅」を造り続ける「家大工」を貫いてきました。

写真左:三川町立東郷小学校の正面玄関 写真右:ランチルーム

猛雄さんと同じ鶴岡工業高校を卒業後、お父様の元で大工修業を積みながら、一級建築士の資格まで取得したという剱持大輔さんも、同じく「チャレンジの人」。猛雄さんとはまた違った、大輔さんならではの「新しい境地」を、総会二日目に大輔さんが設計施工の「月山を望む家」で、ご覧いただきます。

模型をごらんください。三角の飛び出した部分がありますね。これを木組み土壁で実現する高い技術力にまず感嘆させられるのですが、さらにすごいのは剱持さんが「いやいや、この場所から月山を見るのに、方角的にこれがベストだったからしただけのことで」と、さらりと言ってのけること。現代の名工での受賞に際して「私は名工ではない。一介の大工で、普通の家を建ててきただけ」と語る父の子だけあります。

自信作「月山を望む家」の木組み模型。母屋本体から45度の角度でリビングが飛び出しているのが特徴。

あたりまえの造り方としての 「石場建て」や「手刻み」

前回の総会特集第一弾でもご紹介した松ヶ丘開墾場の大蚕室や幕末の庄内藩の武士が住んでいた新懲屋など、歴史的な建造物の修復にも猛雄さんは多く関わってきました。小さい頃からそういった建物を数多く見てきた大輔さんにとって、石場建ての伝統構法は「自分にとっては、あたりまえの造り方」だったと言います。「デフォルト」だったのです。

写真左:松ヶ丘開墾場の大蚕室 写真右:新懲屋

そしてもうひとつ、大輔さんにとってのもうひとつのデフォルトは「手刻み」です。「『あなたに作ってほしい。けれど、予算がないからプレカットで』という方からの依頼は『ほかの方に作ってもらった方がいいように思います』と丁重にお断りしています。我がままかもしれないですけれど、手刻みでなければ、自分がやる意味がない。ですから、必ず手刻みでさせていただいています」。そんな大輔さんが、今年2018年3月に完成させた「月山を望む家」を、建て主さんのご厚意で、総会の二日目の朝に見学させていただくことになりました。

番匠 剱持工務店で建てた、石場建ての家。内外真壁で構造材が現わしなのでメンテナンスが容易。礎石の形に合わせて木部をひかり付けする本格的な石場建ての家で、200年持つことが目標とのこと。

「月山が見えるように」
45度回転させたリビングを!

模型でもお見せしましたが、南側正面から、大きな窓のリビングが三角形に突き出すという、型破りで、自由な発想の家です。

月山を望む家

大輔さんが家づくりでなにより大事にしているのは「建て主さんの希望をかなえていただくこと、喜んでいただくこと」。あたりまえのことなようですが、そこから導かれて、できたのがこの家。母家は南向きですが「日々眺めて暮らしたい」と希望されていた「月山」は45度東にずれている・・・ならば!リビングを月山向きにしよう!ということで「こうなった」わけです。

45度回転して張り出したキッチンとリビング。左面は漆喰仕上げの土壁で軽やかに人を招き、右面に大きく開いた窓から、月山を正面に見ることができる。

玄関

玄関から正面は靴を脱いであがる生活スペースですが、右手にまわりこんだ土間キッチンにつながる形で、御影石を敷き詰めた土間空間が広がります。土間の中心には、床暖房の熱源となり、給湯までしてしまうスグレモノのストーブが、機関車のような存在感を放って鎮座しています。キッチン側からは土足で椅子に座って、住まい側からは畳敷きの縁に腰掛けて、両方からちょうどいい形で使える無垢材のテーブルが、とても使いやすそうです。

御影石の床の上に薪ストーブと対面型キッチンが並ぶ。キッチンの奥の戸を開けると、そのまま外に出ることができる。

写真右:御影石の土間と畳敷きのリビングの境に特注のテーブルを置いた。配膳の中継地点としてだけでなく、ちょっとお茶をするのにも便利。写真右:高性能の富士プラントアルコ株式会社製の薪ストーブ。料理に使えるだけでなく、給湯や温水床暖房対応。

この家の最大の特徴である45度回転したリビングを支える柱と梁を真下から見上げたところ。まるで家がぐるぐると回り続けているよう。

七方差しの大黒柱

そして、この土間から見上げると・・・月山を向いて45度回転しているリビングと母家とをつなぐ、幾何学的な木組みが!その中心にそびえるのは「一尺角大黒柱に七方差し」です。垂直荷重というよりは横からの力に対する強度を考えて太さは一尺。七方差しになったのは、家のメインの四角い部分と、飛び出した三角の部分との境目にあるから4+3=7です。

墨付けと加工の困難さは相当なもの。

七方刺し部分を上から見下ろしたところ。仕口の加工が美しい

「こんなプランを考えてしまった自分・・・施工も大変で『しまった〜!』と後悔しかけたこともありましたが、いいことを思いついてしまったからには実現したくなっちゃって・・」というのが、大工の心意気。けっして建て主が「七方差しを」と指定したわけではないのですが・・・希望をかなえるために突き詰めて考えていったら、これに行き着いた、ということ。それを、あっさり表現すると「建て主さんが望むことを、自分ができる技術で実現する」ということになるわけです。

施主と二人三脚で
納得の行くディテールを実現

大工手づくりのキッチン。リビングの方を向いているだけでなく、障子を開ければ外の景色もよく見えます。

設計者は入らず、一級建築士である剱持大輔さん自身の設計施工ですが「建て主さんが台所など、きめ細かな要望を出してこられるばかりか、提案や現物支給もあって・・・」と。台所や水回りは、奥様と「二人三脚」で計画、設計を進めてきたようです。お互いをリスペクトできる、信頼関係があってこそですね。

細かな部分も手を抜いていません。建主さん支給の蛇口に、レトロなデザインの照明スイッチ。御影石に接する木部には銅を敷いています。

洗面台には細かなタイルを貼り、使い勝手の良い大きな洗面器を採用しました。トイレは下方向に照明が点き、浮遊感を演出しています。

大木の枝にいだかれたような
生活空間

仏壇を備えた和室。天井は軽やかに繊細な仕上げに。

七方差しの木組みあらわし、土間とつながる畳敷きのリビングは大胆でダイナミックな吹き抜け空間になっていますが、玄関正面の仏間のある和室は、対照的に落ち着いた空間に。障子は、吉村順三さんの「吉村障子」にヒントを得た割り付けで、大らかな光が差し込んでいます。

二階は構造材に囲まれて、まるで森の中にいるよう。お子さんの部屋の壁にはボルダリングができるよう、ホールドをつける予定です。

吹き抜けを囲むようにして二階には子ども部屋、奥様の裁縫部屋、ご夫婦の寝室が回廊状に配置されています。どの部屋からもリビングと土間を見下ろせて、太い七方差しの樹の枝の上にいるような気持ちになります。このような家で、月山を日々あたりまえに眺めて育つ子どもたちは、幸せですね!

やりきった表情の剱持大輔さん。

「いやぁ〜、ほんと言うと、引き渡したくなかったっす!」と大輔さん。ちょくちょく理由をつけては?見に行ってもいるようです。

二兎を追い、二兎を得よ!

最後に!取材の時に会った、大輔さんの二男の漸次郎君をご紹介しましょう。じいちゃん、父さんと同じ鶴岡工業高校に通い、サッカーをしています。大工を目指していて、サッカーがない日にはお父さんと現場にも出ることも。将来の三代目君、総会にもあらわれるかも!?

漸次郎君の座右の銘は「二兎追うものだけが、二兎を得る」。なるほど。ことわざは「二兎を追うもの、一兎をも得ず」ですが、「一兎を追う」だけでは「二兎を得る」ことはあり得ないのも、確か。元ネタはマルボロのキャッチコピーですが、これを自ら表明するとは、仕事に限らず全方位にパワフルな大輔さんの子らしい!と感心させられます。

息子の漸次郎君。将来は三代目。その風貌からオバマ大統領風の似顔絵を描いてもらったら、よく見るとキャッチコピーが 「Yes!! we can’t」…

「自分が小さい頃、家には四六時中、住み込みのお弟子さんが居ました。メシを食うのも最大13人!と、家族のプライベートな時間など無い生活、子どもとしては正直、あまり好きではなかったですね。いつも大勢の食事の仕度をしたり面倒を見たり、母は大変だったと思います。僕が仕事のメインとなった今では、住み込みの徒弟制度は無くしました。僕は仕事もプライベートも大事にしたいですから」と語る大輔さん。(漸次郎君の兄はU15チームのメンバーでもあり・・)息子達のサッカーの試合、遠征などにも、親としてガッツリ関わっています。いい親方といいお父さんとの「二兎」を得て、将来も明るい、ですね!

総会2日めの見学、楽しみですね!

さて、この特集だけでも「すごいなあ」と感心されている方、多いかと思いますが、百聞は、いや「百ネット見は、一リアル見にしかず」。この特集は「月山を望む家」の、剱持大輔さんの世界の、ほんのチラ見せにすぎません。

しかも、素晴らしい建て主さんの暮らしてみての本音を生で聞き、この設計施工をやりきった剱持大輔さんを質問攻めにできるのですから!・・・なんとも、楽しみすね。!総会におでかけになる皆様、どうぞご期待ください!

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そして・・・運がよければ、秋深まる清らかな青空に、なだらかに横たわる月山の姿が、見えるでしょうか。そう願いたいものです。

この春に、建て主さんが撮影した月山の写真。敷地内から撮ったものです。