川端建築計画の川端眞さん
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設計士・川端眞さん(川端建築計画):小さな石場建ての家


川端 石場建てにするということは、現行の建築基準法でさだめている仕様である「建物は基礎に緊結する」からはずれることになります。となると、建物の構造安全性は、設計者がきちんと証明しないといけない。そのために「限界耐力計算」という方法を使うのですが、その計算方法を採用した時点で、適判送りになるんです。

ヨハナ 読者のみなさんに簡単に解説しましょう。平成10年以来「性能規定」が認められるようになりました。これにより、建築基準法の仕様規定から外れるものであっても、「4号物件」とよばれる一般の住宅程度の規模の建物であれば、設計者が独自に構造安全性を確認すれば、確認申請は受理されるようになっていました。その根拠は「建築士というの国家資格をもった者が設計しているから」という点にあり、これを「4号特例」と言います。

川端 まず「4号特例」が認められていた頃の話をします。平成14年(2002年)、石場建ての構造安全性を建築基準法の壁量規定によらずに証明する方法を、鈴木祥之先生や樫原健一さんが中心となって「木造軸組構法の耐震設計法」を作成して普及に努められ、平成16年(2004年)には「伝統構法を生かす木造耐震設計マニュアル―限界耐力計算による耐震設計・耐震補強設計法-」という本にまとめられました。ぼくらはそれを使って、石場建てを設計し、確認申請を通していたんです。

ヨハナ 「関西マニュアル」と皆さんが呼んでいる本ですね!ところが「4号特例」が、限界耐力計算を使う場合に限って、廃止されて「関西マニュアルに依拠して構造安全性を確認しました」では済まなくなり、確認審査機関や窓口以外にも、構造計算の専門家にも妥当性を判断してもらう、ピアチェック(=二重チェック)を受けなければならなくなったんですね。

川端 適判送りになるようになってしまってから、JSCA関西の樫原さんが中心となって、大阪マニュアルというのを作ってくれました。とても分かりやすく、実務者が使いやすいよう、合理的にまとめられているので、このマニュアルにはいつも世話になっています。

左は「伝統構法を生かす木造耐震設計マニュアル ―限界耐力計算による耐震設計・耐震補強設計法-(通称:関西マニュアル 学芸出版 2004年刊)」。右と中央は「木造住宅の限界耐力計算による耐震診断・耐震改修に関する簡易計算マニュアル(通称:大阪マニュアル)」

ヨハナ ところで、なぜ、石場建てがそんな適判送りなんていう重い罪?に問われているような状態になってしまっているのですか??

川端 それは、石場建ての構造安全性を証明するには、限界耐力計算を使うからです。耐震偽装で問題になったケースが、限界耐力計算で再計算した事例だったから、いわばそれに巻き込まれた、というような感じです。限界耐力計算は高度な解析方法なので、限界耐力計算を使ったケースは、とりあえず厳重に見ておけ、という厳しい網に、4号物件の石場建てもかけられているわけです。

ヨハナ これが「適判送り」と実務者が呼んでいる手続きの内容です。石場建ての伝統工法がこのような扱いになったことについて、伝統木造に関わるいくつかの団体が連携して「これからの木造住宅を考える連絡会」を組織し、こうした事態は伝統構法の灯を消しかねないとして、異議を申し立てたので。

2008年7月12日に「これからの木造住宅を考える連絡会」主催で行われたフォーラム「このままでは伝統構法がつくれない!」のちらし

ヨハナ ところで、適判というのは、もともとはビルのような大きな規模の建物のために行われる審査で、これに提出するための書類が「膨大」なんですよね?

川端 石場建て事例の小規模な住宅を設計するのには必要のないような項目についてもたくさん、いちいち証明を求められるんですよ。それだけの計算をしても、構造安全性を高めることにはならないのに、書類を整えるだけのためにね。

適判に出した結果、戻ってきた「質疑事項書」のごく一部。提出した書類の内容に対し、「補正または追加説明を求める事項」として、たくさんのチェックが返ってきます。その1つ1つについて対応し、全ての問題をクリアしないと建築確認が通りません。

川端 限界耐力計算そのものは、石場建ての構造安全性を確認するために必要です。けれど、そのために必要十分なところまででいいはずなんですが、適判を通すとなると「分かりきっていることまで、いちいち確認させられる」というのが、面倒です。

ヨハナ うーん、それって書類のための書類?というんでしょうか・・かなりの無駄がありそうです。

川端 いやあ、そうなんですよ。限界耐力計算は建物の耐震性能をうまくトレースできていると思うんですけど。でも、構造的にはしなくてもいいような計算までさせられるのは好きじゃないです。できれば、4号特例廃止前の状態に戻してほしいですね〜 時間も余計にかかるし。建主さんにとっても無駄な費用かけさせることになるし!

右側の薄いファイルは、基準法改正前につくった建物用に、川端さんが提出した構造計算書。左側の厚いのは、別の新しい建物のために、適判用に提出した構造計算書。建物の規模は同程度。

ヨハナ 7/12に伝統的構法の設計法作成及び性能検証実験検討委員会が「石場建てを含む伝統的構法木造建築物の設計法」を報告していますが? それが完成すると解決する問題でしょうか?

川端 「実務者に使いやすい設計法」という触れ込みで発表された標準設計法も、7/12で報告された時点では「まだ使えないな」というのが、正直なところです。

ヨハナ どのように使えないのですか?

川端 個別の計算が要らない仕様規定として作られているので、安全率を見ているんですね。仕様規定である以上、それはまあ、ある程度しかたないことではあるんですが、安全率があまりに高すぎて、オーバースペックというのかな、意匠的にも予算的にも「こんなの、誰が作るの?」というようなものになっちゃっているんですね。

伝統的構法の設計法作成及び性能検証実験検討委員会が発表した「石場建てを含む伝統的構法木造建築物の設計法」 伝統的構法の特徴である変形性能に着目したこれまでにない設計法ではあるが、残念ながら実務に使えるものには、まだなっていない。
検討委員会のWebサイトより標準設計法案のPDFをダウンロードする

ヨハナ うーん。誰も使わない、というのでは、当初の目的は満たせませんね。検討委員会の事業は終了しましたが、そこを引き続き「伝統的構法設計基準検討委員会」という組織で引き継いで、事例検討などをしながら、実務で使えるものになるよう、調整していくということのようですね?

川端 そうですね。それも石場建て初心者や、構造計算をやらなくても仕様規定を守れば建てられることを求めているつくり手にとっては、それもひとつの道かもしれませんね。けれど、ぼくは、しばりの多い仕様規定を使うよりは、自由な設計に対応できる限界耐力計算で解いていく方が今はいいなと思ってます。「4号の住宅に関しては、石場建ての適判送りは廃止」という方向に行くことに期待、ですね!

限界耐力計算は伝統構法を捉えるには適した計算法。限界耐力計算で構造安全性を証明した例。このような個性的な建物も建てることができます。「飯道山を望む家」(意匠&構造設計/川端建築計計、施工/宮内建築)

ヨハナ 期待って・・だれがその流れを作って行くのでしょうか?

川端 誰って・・結局、実務者側から要望してかんと、そうはなってかんのでしょうねー

ヨハナ 要望あって、はじめて門は開く、ということですね。 平成19年(2007年)に改正基準法。伝統木造関係の諸団体で横つながりの「これ木連」を結成して実務者側から動いたことで、検討委員会ができ、ここまで来ました。けれど、肝心の「欲しい成果」である「あたりまえに石場建てができるような道筋」はまだ得られていない。

川端 石場建てがあたりまえにできる道筋って、そうむつかしくないんですよ。改正基準法以前の、性能規定による道を、もういちど認めてくれればそれでいいんですから!再び、これ木連の出番かな?

ヨハナ 桃栗三年、柿八年。柚子は九年でなり下がる。梨の馬鹿めが十八年・・

川端 もう七年になりますからね。柿にはもう間に合わなくても、柚ぐらいまでには、なんとかなってほしいですねっ!

ヨハナ 長い伝統構法の流れを、途切らせず、未来につなげていくのに、大事な局面だと思います。水野さんちのようなスタンダードなシンプルな家なら、標準設計法でもできるようであってほしいし、もっとフリースタイルな家でも、限界耐力計算で構造安全性を検証し、通常の確認申請で通せるようであってほしい。うまく二本立てで「石場建てがあたりまえにできる」状況を、切り拓いていきたいですね!


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