和田洋子さん執筆:アンケートをしてみての考察


アンケートをとった動機

ことのはじまりは、土壁告示(建設省告示1110号)で「左官の指が血だらけになる」くらい細かく掻くことを規定されている竹小舞のピッチに関する意見交換でした。ML上で盛んに交わされた情報や意見には、竹小舞に対する認識の違いや、おそらくは地域性から生じるのであろう「当たり前」な施工方法の違いがありました。改めて、それぞれが当たり前だと思っている施工方法には、どういった違いがあるのだろうか、という疑問が生まれました。それは地域性なのか、そうではないのか。そして、それは一体どれくらいのバリエーションがあるのだろうか。そんな経緯から左官屋さんから聞き取りをして「土壁アンケート」を取ってみようということになりました。設問は数名の会員で検討し、HP上で回答を募集しました。

アンケート結果を見ての感想

■1■ 木小舞がない

有効回答数は27でした。福井からの1件を除くと、関東以西からの回答ばかりです。今でも土壁が普通に施工されているのは、関東より西の地域が多いということでしょうか。もともと竹小舞は東北以南、それより北の地域では木小舞が使われていたこともあって、木小舞のページも作ったのですが、回答は得られませんでした。

■2■ 間渡し竹の位置

竹小舞で意外だったのは、間渡し竹の位置が「貫の上下少し離れたところ」という回答と「貫と貫の中間」という回答が、ほぼ同数だったことです。これまで見た竹小舞の技術書では「貫の上下少し離れたところ」または両方を採用した方法しか見たことがありません。しかし、私の知っている左官屋さん(岡山)は「貫と貫の中間」で施工します。これは地域差かと思い、回答別に地域を確認しました。一部例外はありましたが、おおむね愛知から東の地域は「貫の上下」、関西以西では「中間」がほとんどでした。

■3■ 竹小舞のピッチ

また、問題の竹小舞のピッチを竹の寸法と穴のサイズから割り出してみたら、告示仕様(45ミリ以下)はひとつもなく、一番狭いピッチでも45ミリから60ミリ、最も多かったのが60ミリから75ミリでした。そして、ほとんどの回答(19/25)がこのふたつ(45ミリから75ミリ)に集中しています。このくらいであれば指が血だらけにならずに施工できるのですが、現在の告示では「規定外」となってしまいます。そして、その寸法を決めている大きな要素は「身体感覚」「慣例」でした。これには納得です。以前、実験のために「告示仕様」と「うーんと荒い編み方」をお願いしたのですが、どうしても「いつものピッチ」に戻ってしまい、申し訳なく思いながらも編み直しをお願いしたことがありました。きっと「体が覚えて」いるのだと思います。

■4■ 縄の編み方 

縄の編み方の様々でした。貫に縄をかける人、貫にはかけない人、千鳥編みあり、螺旋あり。印象的だったのは「昔は壁のあっちとこっちに村の独身の男女をペアで組ませ、編んでいたようです」というロマンチックな回答でした。竹小舞編みは一種のお見合いとして活用されていたのでは?と思うだけで楽しくなります。

■5■ 小舞の縦横 

小舞の縦横については、私は横竹が室内側で、縦竹(屋外)から塗るのが「当然」だと思っていたのですが、そうではない人も若干名いました。面白かったのは、縦竹から塗る人も横竹から塗る人もその理由が「塗りやすい」と同じだったことです。結局、どっちでも自分が塗りやすい方から塗ればいいのではないかと思います。

■6■ 土の入手経路 

土に関しては、ほとんどの人(20/32)が「泥コン屋さん」と呼ばれる業者さんから地元の土を入手していました。変ったところでは「瓦屋さん」からという回答が2件ありました。明治後期に建った長屋を解体修理時に、床下から多量の瓦土が出てきたことがありました。海抜が低く、海に近く、建物が密集しているその地域で、あまり丁寧な維持管理をされていたとは思えない建物が、床下が腐らずに長い間無事で建ち続けた原因のひとつには、床下の瓦土の効果ではないかと思っています。瓦土や田んぼ土はなかなか入手が難しいと思いますが、より良い土壁になるならば入手ルートを開拓するのも私達の仕事ではないかと思いました。

■7■ 土を寝かせるか 

土を寝かせる人、寝かせない人もおおむね半々でした。これは土の成分によるのではないかと思います。岡山県南の土は寝かせ過ぎると良くないと左官屋さんから聞きました。同じ県内でも県北では「鼻が曲がる」くらい臭くなるまで寝かせるそうです。土の酸性度が高い土は発酵してもカビが出ないが、酸性度が低ければカビが出るということも聞いたことがあります。

■7■ 裏返しのタイミング

塗るタイミングや裏返しのタイミングは、これはもう土の特性や天候で左官屋さんの「経験知」でしか計れないようです。「すぐに」という人も居れば「1週間を目途に」という人も居て、「これが正しい」という一定の法則は見られませんでしたが、科学的な土の成分を分析すればもしかしたら明らかになるのかもしれません。しかし、その地域で伝えられてきているやり方が一番その土地の風土や土に適しているように思います。

■8■ 断熱材の有無

断熱材の有無についても回答してもらったのですが、ほとんどの人は断熱材を入れないようです。これは、回答が比較的暖かい地域から集まったからかもしれません。断熱効果自体は期待できないことは知ってはいるが「夏のヒンヤリ感」「真夏の木陰で涼むような感覚」「土の蓄冷と蓄熱による冷輻射・温輻射の気持ちよさ」などを合わせて考えると、単に断熱性能の数値だけでは解決できない「それを上回る効果」があるように思えます。実際、ウチも土壁(真壁かつ薄い)ですが、夏でも外から帰ってくるとヒンヤリしています。これは壁に直射日光が当たらない(=日当たりが悪い)ことと関係している気がしますが、特に夏は快適です。

■8■ 土壁にしにく理由 

土壁にしにくい理由は、ダントツで「工期の長さ」(20/53)「コストの高さ」(19/53)のふたつでした。
両方合わせると全体の74%になります。これから長い間住み続けることを考えると、その工期やコストは耐用年数で割ると十分納得できると思うのですが「安い」「早い」「簡単」な住宅を求める建て主さんが多いという現実も垣間見えました。昔は、家は代々住み継ぐものだったけれど、核家族化とも関係して、現代では家に対する考え方が変わり、それが土壁の衰退に繋がっているという事情も見えました。

■9■ 告示についてどう思うか 

告示については、ほとんどの人が知っていて金物や構造用合板、筋交の量を減らすのに活用していました。しかし、評価が低いこと、小舞ピッチが細かすぎること、釘を使用しなくてはいけないことなど、不満も多く聞かれました。読んでいて辛かったのは「筋交いにて構造計算してある建物で、告示どおりに間渡し竹のホゾを穴あけして編まなければいけなくなり、壁を解体して修繕したことがあります」という意見でした。壁の解体はかなり大変です。作る数倍の労力が必要だし、何と言っても自分が作ったものを一度壊すという作業はキツイと思います。それが正しい評価ならば仕方ないけれども、果たして告示仕様だけが正しくて、それ以外はダメなのでしょうか。私はそうは思いません。もっと地域性を考慮した法律を心から望みます。

■10■ 自由意見

自由意見も活発に色々出ましたが、できれば左官屋さんの経験知を科学的に検証してもらって、法律で全国一律に決めるのではなく、その土地にあった土壁を当たり前に施工できるようになるといいなと思います。

メッセージ(一般)

土壁の美しさや柔らかなテクスチャー、調湿性能、夏のヒンヤリ感は高く評価されていますが、その高い評価にも関わらず、プラスターボード+クロスで作る家に比べて施工軒数は圧倒的に少ないというのが現実です。

アンケート結果からもわかるように、土壁は全国一律ではありませんし、美しい土壁を作るためには、長い時間修行を積んだ左官屋さんの智慧や技術が不可欠です。土や竹は工業製品ではないので、それぞれに適した使い方をしなければなりません。その使い方に地域性が出るのは当然だと思います。今の法律では、その土地の土に適した使い方という観点がありません。はなから告示の仕様は積極的に無視している人、気にしながらも施工が困難なのでやむなく告示通りにしていない人、建築士や検査員がノギス(定規)で確認するので無理をして施工をしている人、親方から教わったやり方でやっている人等様々ですが、全員一致しているのはいい土壁を作りたい、いい家を作りたいという気持ちです。法律を守るということと、いい土壁を作るということが必ずしも一致していないことは問題です。木の家ネットではどの地域でもいい土壁が作れるように、国にお願いしていきたいと思っています。

また、地震の際に“ヒビが入る”ことを心配される人も多いと思います。実は、土壁は地震時に“ヒビが入る”ことで地震力を吸収し、建物の軸組(いわば骨格)を守ろうとする健気な部材です。“壊れてしまう”のではなく“壊れてくれる”のです。たとえ地震の時に土壁が壊れてしまっても、軸組さえ大丈夫なら土壁は補修可能です。昔の人はそういうやり方で長く住み続けてきました。そういった視点が今の家づくりには欠けているように思います。本当の意味での「長期優良住宅」とは、適切な維持管理をしながら長く大切に住み続けられる家ではないでしょうか?

メッセージ(委員会)

もともとは土壁告示の規定と現場がどれくらい乖離しているのか、実務者は本当に告示仕様がいいと思っているのか、そうでなければ実務者が考える「いい土壁」とはどういった仕様なのか、その仕様に根拠があるのか等を調べるためにアンケートと施工写真を集めようという話が木の家ネットの中からあがりました。ちょうど同じ頃、新しい「伝統的構法の設計法作成及び性能検証実験検討委員会」が発足し、前の委員会にはなかった土壁WGが作られたので、土壁の再評価をお願いするとともに、実務者からの提案を行おうということになりました。実務者が抱えている問題のひとつに建設省告示第1110号(以下、土壁告示)があります。土壁告示については、以前から現場では否定的な声があがっていました。「小舞間隔が細かすぎる」「小舞竹が太すぎる」「貫に釘で打ちつける?」限界耐力計算では告示を使用しないとはいえ、現場は告示の呪縛に右往左往しています。土壁の再評価に向けて実務者からの提案を行なうにあたって、実態調査アンケートを行ないました。

問題の竹小舞のピッチについては、60ミリから75ミリという回答が一番多く(10)、次いで45ミリから60ミリ(9)でした。45ミリから75ミリという回答を足すと有効回答数25のうち19にのぼります。この範囲であれば構造的に大きな問題はないという実験結果が出るといいな、と思います。

土についても、寝かせ方、塗るタイミングや裏返しのタイミングに色々な意見が出ました。これは土の成分によるのもではないかと思います。私達実務者は科学的なことはわかりませんし、検証したくても自分達で実験をする費用も時間も技術もないのが現状です。研究者の方々にお願いしたいのは、土壁の科学的な検証や構造特性の解明です。そのための協力は惜しみませんので、どうぞよろしくお願いいたします。


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