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設計士・寺川千佳子さん(恒河舎):お母さんは無垢の木の家のゴールキーパー


cozy corner=心地よい隅っこ

ヨハナ 人の出入りが多い中で、家族のひとりひとりは自分の居場所を、どう確保していますか?

片岡 手編みセーターの即売会を年に一度我が家でするんですが、その時のべで70人ぐらい来たでしょうか、毎日入れ替わり立ち替わりで人が来るギャラリー状態になります。それでも、子どもたちも特に逃げるということもなく、マイペースに過ごしていましたね。

寺川 それにはひとつ工夫があって、人の出入りが多いこの家だからこそ、「cozy corner(コージー コーナー)」と私が呼んでいる、共有スペースでも個室でもない中間的な領域を、ところどころにつくってあるんです。

ヨハナ cozy corner…銀座の洋菓子屋さんでそんな名前がありましたね。

cozy cornerとは、「暖かくて居心地の良い片隅」という意味です。片岡さんのリビングを例にとれば、ダイニングテーブルのところがメインの場所ですが、テーブルの奥に4畳半の畳スペースがあり、逆のウィングの奥には薪ストーブのそばのソファーがある。共有スペースのメインの場所をあるグループが使っていても、別の「隅っこ」でマイペースにいられるのです。リビング全体が四角くない、不定形であることが、かえって心地よい「隅っこ」を生みやすくしています。

ヨハナ 家族の一人一人が、その時の気分に応じて好きなところに居られるというわけですね!

寺川 そうですね。お客さんがなくても、きょうだいでケンカしていたり、思春期にさしかかって家族関係がちょっと気まずいような時だってあります。そんな時に、個室にまで引きこもらなくても、それぞれでいられる、というのがいいんです。喫茶店でもなんだか「はじっこの席が落ち着く」ということって、あるでしょう? cozy cornerはほんのちっちゃな「隅っこ」でいいんです。



片岡 この引っ越して来た時、下の子は小学校3年生。上の子たちや私たちより寝る時間が早かったので、ひとりで2階にはあがりたがらなかったんです。最初のうちは、それこそソファーの隅っこのところで丸くなって寝ていました。それが年を追うごとに、2階の両親の寝室、そして自分の部屋へと移っていきましたね。

ヨハナ 個室があるんだから、そっちで寝なさい!と決めてしまうのでなく、その子の成長に合わせて自然とその子が寝場所も変化していく、それにまかせる、というのもcozyな感じですね!ご主人のcozy cornerは?

片岡 「請求書を書く部屋」として書斎をつくったんですが…実際には大テーブルのはじっこ、畳スペースとの境のあたりにいることが多いですね。

ヨハナ それぞれが居心地のいい場所を見つけて、みんなでいるんだけれど、自分自身でいられるリビング。ステキですね。

薪ストーブの導入で「寒くない木の家」を!

ヨハナ ところで、なぜ、寺川さんに設計を依頼することになったのですか?

片岡 家を建てることになった時、土地を見つける前から決めていたことが二つありました。ひとつは「木の家にするぞ」ということ、もうひとつは「ストーブを焚ける家」ということでした。というのは、自分自身が昔ながらの田の字プランの「木の家」育ちなんですが、寒かったんですね。冬はこたつに入り込んで動けずにいました。大好きな木の家だけれど、寒いのはイヤ、とずっと思っていたんです。岡崎にちょっとおもしろいストーブ屋さんがあって、知り合いの家でそこの薪ストーブを入れたというんで、遊びに行ってみたら、ストーブの火って、とってもあったかいんですね。これだ!と思いました。で、この土地が手に入る前にもうすでにこのストーブを買ってあったんです(笑)!

寺川 そのストーブ屋さんを、私がお施主さんと訪ねた時に、片岡さんがそこに偶然いらした。それが出会いでしたね。

片岡 で、木の家の話になったんです。木の家といっても合板や集成材を使っていたり、ポイント以外では木を覆ってしまう家が多かったんですね。そんな中、無垢の木の家づくりを実践されている寺川さんと出会えて、ぴんと来たんです。わざわざ「合板は使わないでね」と言わなくても通じる感覚で、話していてとても楽だったので、「ストーブだけはもう買ってあるので、土地のことが落ち着いたら、設計を頼みたいのですが」とお願いしました。本当によかったです。

ヨハナ ストーブ一台で暖房は十分ですか?

寺川 片岡さんの家には、「OMソーラー」という太陽熱を利用した冷暖房の仕組みが仕込んであります。冬の冷たい空気も集熱ガラスであたため、棟ダクトに入ってくる時には70度にまであたたまっています。その暖気とストーブで暖まった室内の空気とを、換気扇を使って立ち下がりダクトに送り込み、蓄熱層で放熱しないようにしてある床下に入れて、不感気流として吹き出してやる(この時点では、およ40度ぐらいになっています)ことで、部屋をあたためるようにしています。薪ストーブの熱が煙突から抜けるだけというより、効率がよく、補助暖房は全くいりません。

片岡 住み始める前はとてもそうは思えなくて、補助暖房をつけましたが、全く使っていないですね。冬の朝でも、前の晩に火を焚いていたぬくもりが残っているので、寒くて起きられないということがありません。ストーブを焚かない夏も、結露しないし、加湿器なしでも冬も空気が乾きすぎるということがありません。木そのものが調節してくれているんですね。それから、思ってもみなかった効果としては、洗濯物がよく乾くこと! うちでは2階へのぼる階段をあがりきった踊り場、つまりリビングの吹き抜けの真上のバルコニーに洗濯物を干すことが多いんですが、棟ダクトのすぐそばなので、あたたかい乾燥した空気でよ〜く乾くんです。

ヨハナ 薪ストーブを焚いていない、梅雨どきはどうですか?

寺川 木や漆喰といった自然素材がもともともっている調湿作用に加えて、風のない梅雨どきでも室内に空気の循環をおこしているので、よく乾きますよ。

ヨハナ 薪の調達は大変じゃないですか?

片岡 屋敷の木を切る、土手の木を切る、庭師さんが剪定をする…薪になる木が出る機会って、アンテナをはりめぐらせていると、結構あるんですよ。13センチ以上の木って、ゴミ回収ではとっていってもらえないですしね。あっちこっちに声をかけておくと、なんとかなるものです。

ヨハナ 片岡さんの人徳!ですね。

「設計の仕事は、予算と敷地と時間の制限の中で、注文主の希望を満足させて、安全で魅力的な建物を作り出す事。かなり複雑で、それでいて答がいくつもあるパズルです」と寺川さんは言います。「とはいえ、住まい手の希望とつくり手のめざす方向性とがある程度近いことも大事なのではないでしょうか」とも。

飾らない、自然な底力を感じさせる片岡さんと、シンプルで気取らない居心地のよさを提案する寺川さんとは、価値判断のものさしがどこか似ています。「なんでもやります!ではなく、ある程度価値観を共有できるというところで仕事するのがお互いに幸せなんじゃないかと最近は思っています」と寺川さん。

片岡さんと寺川さんとの信頼関係が気持ちのいい木の家を生み、その関係性は、竣工後10年以上経った今でも続いています。今日は、寺川さんが左官屋さんからもらったいちごを片岡さんにおすそわけ!建てた後でも、ずっといい関係性が続くって、ステキなことだな〜と感じさせられた住まい手訪問でした。

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