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建前から見えた家の姿


小屋の横の池に咲いた蓮の花

建前は家族の誕生会だ

建前は、特に直会は、職人さんたちをねぎらうものです。それを承知の上で施主の家族の側から考えると、もち撒きをクライマックスとした建前は、家族がまた一つの節目を越えて成長したことを祝う「家族の誕生会」ともいえるものではないでしょうか。

個人の誕生会やお葬式、それに夫婦の結婚式はありますが、「家族」そのものに関する儀式はありません。が、「家族」の象徴である「家」が、この世に形を現した日に、親戚や友達、近所の人たちを招いてもちを振る舞うというのは、その「家族」が周りの人たちに認められ、土地に根をおろして生活をし続けるという節目をお祝いする式典のようにもとらえることができます。

台所に開けたスリット窓

おそらく昔の人にとって、「家族」や「一族」と「家」とは、ほとんど同じ意味の言葉だったのだと思います。辞書にも「家族とは居住を共にすることによってひとつのまとまりを形成した親族集団のこと」とあります。現代では単身赴任のような例外もありますが、「家」=「家族のための器」と考えて、おおよそ間違いはありません。

どのような家に住むかによって、その家族の生活は大きく変わります。新しくつくる家の大まかな形ができ、その家族のこれからのありかたが、およそ方向づけられた時に、周囲の人も集まって家族の一つの節目を祝うというのは、素敵なことだと思います。

じっくりとつくらせる

直会も進み、お酒をたくさん呑んで上機嫌になった鈴木親方は「大工っていうのは、いい商売だ。俺は本当にそう思うよ。いやぁ、大工をやっていてとてもうれしい。」と、力強く語っていました。考えてみれば、他人の家族の人生にこれほど深く関わる職業というのも、めずらしいと思います。これほど家族やまわりの人たちに感謝される職業というのも、めずらしいと思います。実にうらやましいことです。

よくも悪くも、鈴木親方は建物をゆっくりじっくりつくります。その間に、施主とのコミュニケーションも深くなり、建物をよりよくする工夫もたくさん生まれてくるのです。

小屋の建設に先立ち、モクネット事業協同組合の加藤さんから5年前に引越祝いにいただいた天然秋田杉の大きな板を、台所のテーブルに活かすことを提案してくれたのは親方でした。仕事のためとはいえ、ほぼ僕一人で使うことになる小屋を手間ひまお金を注ぎ込んで建てるというのは、家族全体のバランスを欠くことにもつながりかねません。それを避けるために、まずは台所の、家族全員が使うテーブルをつくるところから、小屋づくりは始めてくれたのです。

先月は「小屋の玄関の扉の開きは、逆の方がいい」というアイデアが飛び出しました。休憩時間、現場の前で昼寝をしている時に、この土地の風の「くせ」に気がつき、小屋の空気の流れをスムーズにするために、扉の開け方を左右逆にすることを思いついたそうです。

鈴木親方は、この先、何十年、もしかすると百年を越えて使われる可能性がある建物のつくり方を、若いヤスさんにしっかりと身につけもらおうと、まだ棟梁を張ったことのない彼にこの小屋を任せました。「じっくり腰をすえてつくる」ことを第一に、工期はあえて決めないことを、うちでも了解しました。

工期が伸びたからといって、その分、うちで払う工事費が増えるわけではありません。平行して進んでいる他の現場で人手が足らない時などは、ヤスさんもそちらに応援に入るので、小屋づくりはストップします。工期にきつい縛りを設定しないことで、あまりお金をかけずに質のよいものづくりを可能にしてくれてます。もちろん、こんな具合にうまく事が運ぶ現場ばかりではありませんが。

前述のテーブルを実際につくってくれたのも、ヤスさんです。彼は家具の専門課程を職業訓練校で修めていて、家具の親方のもとでの修行経験もあります。もともと空間全体をつくりたいという希望をもっていたので、自然な気持ちで家具から家へと活動のフィールドを移したということですが、家具と家とでは要求される加工精度がまるで違い、そのことに最初は戸惑ったそうです。けれども鈴木親方のもとで何棟かつくっていくうちに、家具と大工との違いを克服し、いまでは求めに応じて、どちらもできるようになりました。

普段から畑をしたり、自炊をしたりと、目指すところと実際の生活とにズレがなくて、素晴らしいと思います。こんな特殊な小屋ではありますが、彼にとって初めて棟梁をつとめる建物になることを、僕らはちょっとうれしく思っています。



まだ見ぬ未来に想いをつなげる

次男、光

「かわいい子には普請をさせるな」という言葉があります。これは、家をつくる時は自分だけでなく、子や孫、その先の未来のことをよく考えてつくらねばならないという意味です。

その昔、家は何世代かに一回しかつくらないものでした。今、政府が「200年住宅」という言葉を使い、住宅の長寿命化に取り組んでいますが、以前は、当たり前のことだったのです。

社会制度や人の意識など、家を取り巻く環境の変化が激しすぎて、それに家が追いついていけない、という面もあります。現代のつくり手は、これからさらにスピードを増す時代の変化を越えて「この家は残したい」と思わせるだけのものをつくらなければ、長寿命住宅にはなり得ません。

単に丈夫なだけの建物では、世代が変わったところで壊されてしまいます。家づくりには、工学の問題だけでなく、政治や社会学、文化・美学の世界が複雑に入り交じった、とても難しい問題を解くことが求められていると言えるでしょう。

そのためには、施主と大工、時には設計士や建具や左官などの職人、その他の縁のある人々といった大勢が知恵を持ち寄り、今と未来との間に橋をかけることを真剣に考えなければなりません。「建前は家族の誕生会だ」と書きました。それも建前の一側面ですが、その家が末永く残って行くようにという面に着目すれば「建前は、今を生きる人の願いが、未来へつながることを祈る儀式だ」と言うこともできるかもしれません。

S邸

小屋の建前のおよそ一ヶ月後、近所に住むSさんの庭で、東屋(あずまや)の上棟を祝うもち撒きにお誘いいただきました。自分たちの敷地に隣接する、使われなくなった桑畑の土地を思い切って買い取り、クヌギとナラを植林し、かつ、人が集うことのできる東屋を建てたのです。

Sさん夫婦は、旦那さんが退職されてからこの土地に伝統構法で家を建て、永住しています。シンプルで品のある、とても良い家です。庭や畑もきちんと手が入っていて美しく、普段の丁寧な暮らしぶりがそのままあらわれているようです。そしてさらに今度は、里地の広葉樹林の整備を手がけたのです。

失礼な話かもしれませんが、今回植えた樹が育ち、人と共生する里地林として安定するころには、Sさんたちはこの世にいないかもしれません。それはSさん夫婦が一番よくわかっていることでしょう。それでも、子どもたちや地域の人たちのことも考えて、苗木を植えたのです。しかもそこでくつろいだひと時が過ごせるよう、東屋まで建てたというから驚きです。それは、Sさんたちの強い意思のあらわれなのでしょう。

東屋の屋根の上から撒かれたもちを、孫ほどの年齢の子どもたちが歓声をあげながら追いかけていきます。子どもたちの中には、Sさんがその日はじめて出会った子も何人もいました。その子たちに向かって微笑みかけながらもちを投げるSさんと棟梁の姿に、建物をめぐる理想の姿の一つを見たように思います。





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