玄関脇のやさしい丸みのある壁は、土壁ならでは。しかも、花を埋けるスペースも出来た。 写真提供=高橋昌巳(シティ環境建築設計)
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土壁の魅力


あるつくり手はこう書いています。

「私の印象では、土壁の家に対する最初門を叩いてくださる方々の関心は、コストよりも何よりも『昔の家は寒い』という先入観があるので、冬場のことをとても気にされます。だから土壁の家を作り続けるためには、その点の説明が不可欠と感じております。」

さて、ひとりひとりのつくり手は土壁の温熱環境についてどう説明し、どういうつくり方を実践しているのでしょうか?

自然な温熱環境をつくるのに土壁は最適!


外は暑くても、中はひんやり。
写真提供= 田上晴彦(有機的建築晴吉)

「土壁のどんなところを評価しますか」という質問に対する回答として、「調湿材として」「蓄熱材として」「断熱材として」と、室内の温熱環境がらみの回答が、多くの比を占めています。「断熱性能」とは、外界の温度の影響を遮断できる、あるいは室内の温度を逃さない、つまり温熱環境について内と外とを「断つ」能力であり、実際には土壁の断熱性はあまり高いとは言えませんので、「断熱材として」という回答は正確にいうとあたってはいません。

それでも土壁の家で快適に暮らせるのはなぜか? それをひと言で「体感には室温だけでなく、むしろ輻射や湿度などの影響の方が大きい。蓄熱要素や調湿性能が加わることで、家は大変快適なものになると思う。また、特にエネルギーを使うことなく、働いてくれるところが素晴らしい」と言い表したつくり手もいました。

「土壁の家は心地よい。何故?と言われても、数字で答える術もなく、身体がそのように感じるのだと思います。現代は、数字ありきの家づくりなので仕方が無い事ですが。体感まで数字と言われてみると私には、縁の無い話になってきます。残念ですが…」

無垢の木、土壁、障子のバランスが美しい、開放的な空間。壁土は豊田の土で、中塗り仕上げ。玄関脇には大津磨き仕上げ。(左官,写真提供=松木憲司)

今、長期優良住宅などでさかんに言われる「省エネ等級」とは違った観点で土壁の温熱環境を評価することが、これから可能になってくるかもしれません。

木の家ネットの会員の間でも「温熱環境を考える」自主活動も始まりつつあるようですので、今後の成果に期待したいところです。

「調湿性能」のおかげで、夏はひんやりと涼しく

土壁の空間を心地よいと感じるポイントは「調湿性能」と「蓄熱性能」にあります。

まず「調湿性能」とは、文字通り、土壁が室内の湿気を吸い取ってくれるはたらきのこと。夏になると「不快指数」が出ますが、それには気温だけでなく、湿度も関係しています。夏の気温が高い時期は、湿度が高いと不快指数はあがり、低いと過ごしやすいものです。

湿度の推移を計測しているつくり手もいます。

「私自身も、1994年の夏冬、川越市の土蔵と、東京都練馬区の塗り屋の室外に自動温度湿度計測器をすえて記録をとったことがあります。6月のちょうど今頃、外部の湿度が80%〜100%の間で変化していたのに対して、室内は70%で一日変化なしという結果でした。もちろん、窓の開放度などにも影響されますが、土壁には確かに湿度を一定に保つ効果があることはわかりました」

ご自身も土壁の家に住む三重の大工さんは、こう書いていました。

「生活している自分自身が体感することを素直に伝えればいいと思っています。私の殺し文句(笑)は、『梅雨時に、エアコンなしで、家の中で洗濯物乾きますよ……』です」

ほかにも「からっとしていて過ごしやすい」」「真夏の木陰で涼むような感覚」「夏のひんやり感」と、その体感をより感覚的に表現するつくり手も多くいました。

土壁の雰囲気をたっぷり味わえる三重県亀山市関宿のカフェ&ギャラリー 而今禾(じこんか) (写真提供=有機的建築晴吉)

「蓄熱性能」のおかげで、冬はじんわりあたたかい

次の「蓄熱性能」とは、土壁が温まりにくいが、いちど温めれば冷めにくいという性質をさしています。輻射というのは、あたたまった土壁に面しているとあたたかい、ということを指しています。家の中で暖房をしていれば、そのあたたかさが土壁に蓄えられ、暖房を消してもじんわりとしたあたたかさが土壁に残るわけです。湘南地域に住むつくり手の例です。

「自分が土壁の家に住んでいる実感を申し上げます。まず冬場は、あまり寒くないどころか、むしろ朝起きた時は、土壁の蓄熱性のため、あたたかいとさえ感じます。具体的に申し上げますと、日中は暖房を入れて20度前後、外部に面する建具の多くが木建具で気密性ナシ(笑。そのときは戸ジャクリ入れなかったのです…)なので、それ以上、上がることもありません。そして朝起きて6時頃の気温は、真冬でも14〜15度くらい。『寒い寒い』と、凍えながら起きたことはありません」

なるほど、とうなずけた意見として

「土壁の家の内部は、夏冬の外部の一日の温度変化に対して変化がとても緩やかです。極端な温度差を嫌う味噌やしょうゆ・酒など醸造小屋が土壁なのはそのため」

というのもありました。

三和土(タタキ)の土間も、土壁と同じように蓄熱性が高い。薪ストーブとの相性抜群! 写真提供=高橋昌巳(シティ環境建築設計)

施工精度が欠かせないのはもちろん

あたりまえのことですが、土壁の快適な室内環境には、ある程度以上の施工精度が必須なのは言うまでもありません。「きちんと施工された土壁の家では」ということが前提条件です。今でもがんばって土壁の家づくりを守り続けている人は、技術が確かで、それなりに気合いを入れて仕事している人が多いので、その点はまず心配ないと言ってよいでしょう。

土壁の家に断熱材を入れる?入れない?

内外真壁の土壁だったら断熱材はどこにも入りません。昔の家はみなそうでした。古い民家を改修して住む人がいちばんにぶつかるのが「断熱材が入っていない」「すきま風が覆い」家の寒さです。しかし、外壁の納まりを工夫すれば、土壁の外側に断熱材を入れることもできます。断熱材を入れるか入れないか。地域の気候によっても違うのはもちろん、同じ地域に住んでいても、人の温熱感は様々です。少しぐらい寒くても大丈夫な人もいれば、暑さを我慢できない人もいます。

(1)断熱材は入れない

回答の全体をみると土壁には断熱材を入れないケースが多いのですが、そのひとりの湘南のつくり手がこう説明しています。

「24時間365日、人間が心地よいとされる25度前後を維持することは難しいですが、夏場は30度、冬は20度前後を身体が受け入れられれば、土壁がもたらす清浄な空気と相まって、とても心地よいと感じます。」

このつくり手は、同時に住まい方にも触れていました。

「私は自宅を事務所としても使っていますので、常に誰か家の中に居ます。ですので暑いと感じれば窓を開けたり水を打ったり、冬は誰かしらの温もりが家の中にあります。家の心地よさは、家が密度高く使われ、誰かそこに居ればこそ、ということも多分に影響しているのではないかと思っています。」

(2)外大壁との間に断熱材を入れる

もっと気候がきびしい地域では、それではとてもしのげない場合もあるでしょう。

「私の住む滋賀県湖東地域は、北陸型の気候の影響が大きく、ゲリラ雪という猛吹雪になったりすることもあり、とても寒い地方です。このエリアでやっぱり寒い家は嫌だという人はほとんどです。10年ほど前はほとんどが土壁で、外部焼き杉という仕様でしたが、今では厚く塗った土壁の外側に必ず断熱材を施工します。」

という報告もありました。

(3)外大壁との間に空気層をとる

もう少し寒さのゆるい愛知県小牧市のつくり手は断熱材は入れないかわりに、次のような工夫をしています。

「外気に触れているということは、冬はこの中部地区でも零下にさらされるわけですし、夏は30度を超える熱を受けてしまいます。大壁にして、ある程度外部の影響を遮断することで、内部環境と呼応する蓄熱体になると考えています。大壁にすることで、土壁と外壁との間におよそ2センチ前後の空間が出来るわけですが、このことが外部からの影響を直接土壁に与えない遮断層(断熱層)として働いているのだと考えています。また、さらに内部間仕切り壁も出来るだけ土壁にして、まんべんなく蓄熱体を家中に配置することも重要です。」

漆喰塗り仕上げの土壁の明るいリビング 写真提供=丹羽明人(丹羽明人アトリエ)

土壁の「エネルギーロス」を取り戻すには

壁の「熱貫流率(熱の逃げやすさをあらわす数値)」を計算したつくり手がいました。

「内外真壁土壁は断熱材を施した場合に比べて非常に悪い(約7倍の開き)ことになります。つまり、室内の居住性能として土壁はよいとしても、土壁だけだと熱は残念ながら結構もれている、つまりエネルギーロスは大きいのです。逆に言えば、なんらかの形で断熱を施せれば、土壁の同じ居住環境特性を維持しつつ、もっと暖房にかかるエネルギー消費量は少なくできることになります」

同じ着眼点から断熱材を入れるかどうかの基準として次のように言ったつくり手もいます。

「住まい手が寒さを感じて暖房をガンガンするのならやはり省エネにはならないと考えるべきでしょう。断熱材を入れることが土壁や伝統的な建物に悪影響がないとしたら、それは何とか進めていく努力をすべきだと思います。問題があるのなら、それをはっきりさせ、問題のない方法を考えなければなりません。」

「断熱」「エネルギー効率」などという言葉すらなかった時代の昔の家づくりでは、このあたりのことは考えられることもありませんでした。断熱材を入れるか、入れないか、どう入れるか。今の家づくり、これからの家づくりではどちらにせよそれをきちんと考える必要がある、そういう時代になっているのです。

土壁の外に断熱材を入れた施工例。土壁の上に間柱を立て、杉樹皮をコーンスターチでかためたフォレストボードを入れて、下地板+ラス網+モルタル仕上げ。せっかくの土壁、断熱材も土に還るものを選びたいですね。 写真提供=古川保(古川設計室)

どの家づくりにもあてはまる「正解」はないにしろ、地域性、住む家族のあり方などに応じて、ひとつひとつを考え、建て主さんとつくり手とで納得できる答を出していくのがよいのではないでしょうか。

まだまだある「ひとつでおいしい土壁の性能」

温熱環境について詳しくみてきましたが、それだけではありません。詳しい説明は今回は省略しますが、土壁は防火性能にもすぐれ、音をやわらげたり、空気を清浄に保ったりする機能も併せもっています。

また、土壁の耐力壁としての強度や、架構体の中における役割などが現在も続けられてる一連の実験の結果、土壁の特性がだいぶ明らかになりつつあります。地場の竹や藁や粘土を使ってどこでも作られてきた土壁ですが、竹小舞掻き・荒壁土水あわせ・荒壁塗り表塗り裏返し塗りなど、一連の作業を丁寧に行った壁は塗り厚が厚いほど強く、ねばりがあることが理解されてきました。

地震の度に古い家の倒壊した様子が放映されますが、手入れの行き届いた土壁の家は、年代を経ても大地震に耐えることは専門家の間ではよく知られています。強度的には、まだまだ解らないことが多い土壁ですが、今後も続く研究に期待したいと考えます。伝統構法の性能検証実験・設計法構築の委員会でも、土塗り壁の家を実大実験の試験体としており、実験検証部会の下にどのような土壁が望ましいのかを検討する土壁WGもできています。今後の動向が楽しみです。

最後にすべてをまとめるような一言がありましたので、それでこのページを締めくくります。

「土壁はこれ一つで、蓄熱性能、調湿性能、遮音性能、匂いの吸着性能、そして構造強度。こんな沢山の性能を家に備えてくれます。本当に、安くておいしい建築要素だと思っています」

木の家ネットの会員で、土壁をしている人たちのブログです。
今回の特集のタイミングで記事を書いてくれたところをリストアップしました。

松木憲司(蒼築舎/三重)大津磨き
池山琢馬(一峯建築/三重)木と土で家を建てるということ
日高保(きらくなたてものや/神奈川) 土壁のワケ
中村茂史(中村茂史一級建築士事務所/奈良)土壁礼賛
林美樹(ストゥディオプラナ/東京)行き着くところは、土壁なり
高橋昌巳(シティ環境建築/東京)土壁元年
大江忍(ナチュラルパートナーズ/愛知)土壁に魅せられて
丹羽明人(丹羽明人アトリエ/愛知)体感的にはその良さが判ってます。土壁!
古川保(古川設計室/熊本)土壁談話〜断熱と蓄熱のお話
松尾進(夢木香/佐賀)土壁(東与賀の家 荒壁塗・中塗壁)
伊藤淳(スタジオA.I.A/三重)エコ。
和田洋子(バジャン/岡山)土壁の温熱性能
各務博紀(各務工務店/岐阜)土壁の家が大好きなんです
田口太(土壁の家工房 田口技研/熊本)土壁やってます
田上晴彦(有機的建築 晴吉/三重)土壁
長谷川順一(住まい空間研究所/新潟)土壁の効用とLCC(ライフサイクルコスト)

土壁のつくり手のみなさんに、アンケートを実施中です。
〆切は2010年7月末日。これからの土壁のために、どうぞご協力ください。


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而今禾のカフェの厨房 (写真提供=有機的建築晴吉)