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建具という装置


■白秋さんの家のガラスの秘密

ちんちん千鳥の 鳴く夜さは
   ガラスを閉めても まだ寒い

北原白秋の詞による童謡です。千鳥は、小さな水鳥。チーチーというかすかに鳴く声はもの哀しく、古くから詩歌の題材となってきました。この童謡の設定では、時は夜。家の中にいる主人公に、水に浮かんで鳴いている千鳥の声が聞こえるという情景です。町じゅうを掘割がめぐる水の都、柳川出身の白秋らしい歌ですね。「ちんちん千鳥の鳴く声は ガラスを閉めてもまだ消えぬ/ちんちん千鳥は親なきか 夜風に吹かれて川の上/ちんちん千鳥はお寝らぬか 夜明けの明星はや白む」と歌は続き、心やさしい主人公が千鳥の境涯を思いながら夜明かししてしまったことが分かります。

主人公が寝ている、あるいは夜更かしして書き物でもしている部屋を想像してみましょう。そこは障子の入った畳の部屋。障子の向こうには縁側があるのでしょう。夜だから雨戸をたてています。でガラスは? 明かりを採り入れるばかりか、外の景色が見えながら、風雨や寒さを遮るガラスは、明治時代になって、日本家屋にも建具として取り入れられはじめます。雨戸のすぐ内側に、木の枠にはめこんだ「ガラス障子」として使ったのです。「雨戸は閉めた。それでも寒いので、その内側のガラス障子も閉めたのではないか」というのが木の家ネットの推論です。

夜更けにうすら寒さを感じ、主人公は障子をあけて縁側に出て、ガラスを閉めようとしたのでしょう。その時、家の中よりはずっと寒い川の上でひとり鳴く千鳥の小さな声が、幽かに聞こえたのです。「親はないのか、まだ寝ないのか」ものがなしく、か細く鳴く千鳥に、主人公は気持ちを寄せるのです。「ぎやまん」「びらうど」といった言葉を散りばめ、異国情緒を謳いあげた白秋のことですから、ガラス障子を取り入れたのも早かったことでしょう。当時としてはまだものめずらしかった「ガラス」。その一言からも、白秋の「ハイカラぶり」がうかがえます。

■戸袋と一本引きレールが雨戸を生んだ

外回りの建具の中でもいちばん心強く家を守ってくれる頑丈な板戸。それが雨戸です。朝、お母さんが雨戸をガタガタ言わせて開ける音で目が醒めた、という思い出がある方もあるかと思います。夜や台風の時、あるいは家を留守にする時にたてることで、風雨をしっかりと遮ります。防犯のために内からしか開かない工夫をしたもの、夏などに空気が籠もりすぎないように無双窓をつけたものもあります。現代の住宅では、風雨をしのぐにはガラスサッシで十分なので、板の雨戸は少なくなりました。それでも、長期留守にする時のためにアルミ製などの軽い雨戸がついている家はまだ多いようです。

さて、板戸は光を通しませんから、昼間、人が家にいるときに開口部に残っていると、家の中が暗くなってしまいます。この問題を解決するために、柱間にでなく、柱の外側に一本引きの溝をもうけ、使わない時には開口部の両脇の戸袋に収納できるようにしたものを雨戸と呼んでいます。この一本引きの溝と戸袋が工夫される前の時代には、柱間を三本溝とし、板戸に外側の二本、その内側の一本に片開きの障子を入れるのが一般的でした。昼間でも半間おきに板戸が開口部に残るわけです。雨戸以前の板戸を「舞良戸(まいらど)」と呼びます。舞良戸が雨戸になることで、開口部の開放感がぐんと広がりました。

雨戸の工夫は、戦国時代の中頃だそうです。その頃のエピソードとして、こんなものがあります。「織田信長の宿所には早くから雨戸をつけていた。雨戸を知らない家康とその家臣が信長の宿所を訪れた。一晩泊まった翌朝、雨戸を開ける音に驚いた家臣たちは、はやばやと出動の態勢を整えたという」。明治時代に貝塚を発見した考古学者のモースも「雨戸は、どんな強力な目覚まし時計にもまさる拷問道具」と大げさに書いていますが、慣れてしまえば雨戸の音でも目が覚めなくなるのですから不思議です。

■建具でゆるやかにつながる内と外

ぽかぽかした陽気を感じはじめる昼下がり、座敷に座って、梅をながめながらウグイスの声を愛でお茶を飲むという情景を思い浮かべてみてください。明かり障子やガラス障子を開け放った室内には、やわらかな風とともにほのかな梅の香が運ばれてきます。どこからが室内で、どこからが外なのか、境は判然としません。内と外とががっちりした壁で分けられる西洋の「壁の家」とくらべると、内と外とのつながりは、かなりゆるやかです。

眺めや光、風通しが欲しい時には開け放ち、風雨や寒さを防ぎたい時には閉める「外回りの建具」。部屋と部屋をひとつながりにも密室にも使える「仕切る建具」。建物は動かなくとも、建具を動かすことで、外部環境や空間を思うように近づけることができるのです。そうとらえると「建具は住まい空間を演出するための装置」といえるのではないでしょうか? 「建具は高いからカット」というケースもあるようですが、逆に考えれば、自由自在に空間を変化させる装置を用いて、空間を多様に使うことは、限られた面積に住まう工夫にも結びつきます。木や紙の美しさが生活に美しい陰翳や潤いをもたらすことも見逃せません。

時に併せて内と外とをつなげたり隔てたりする臨機応変の知恵は、日本人の精神構造にもつながっているように思います。ものごとを白と黒、正義と悪、敵と味方、と単純に二分することは、どうも日本人には馴染まないのです。はっきりと断定せず、あいまいさや余韻を残す表現。おっとりしたやさしさや奥ゆかしさをたしなみとする感覚。中庸や中道の徳。音曲や舞踊など芸事の世界でも大事とされる「間」。日本文化から生活感情のすみずみにまで、その精神はしみ渡っているのではないでしょうか。


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