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「伝統木造のこれから」大橋好光教授の展望は?


質疑応答の中から見えて来た大橋先生の考え(続き)

大工技能、自然素材の不均一性などの「ばらつき」要素は
建物の強度にどの程度影響すると思うか?

私の直感では、木材の断面の太さやどんな土を選ぶかは建物の強度に影響しますが、大工や左官の技能といったばらつき要素は、初期剛性に一割くらいは影響するかもしれないけど、建物の終局の耐力はそんなに変わらないと思います。しかし、これも正確に分かっているわけではありません。そこで、建物の耐力に影響する要素は何なのかをつきとめ、要素同士の関係性を解き明かしていきたい。そして、こうであれば安全に住めるだろうという設計法を構築していきたい。

たとえば、この間の実験では、差鴨居の仕口のところで柱が曲げ破壊を起こしていた。差鴨居がいけないのか? そう単純なことではないでしょう。差鴨居が取り合う柱の太さ、それが通し柱なのか管柱なのか、ということも影響するし、むしろ差鴨居の上の土で塗られた小壁が強くて、柱を壊したという見方もできます。また、柱の接合部近辺に節があり、そこから亀裂が入っているという箇所もありました。さまざまな組み合わせがあり、よりよいバランスでの設計、施工というものを考える必要があるはずです。

実験には莫大なお金がかかります。伝統木造の実験に、国のお金を何億もかけられるという状況は、これまでになかったことです。国交省でもその必要性を認識してのことでしょう。木造住宅振興室の越海室長ががんばって、伝統的木造の検証に関しては今までにない状況をつくってくれています。この状況ができたのはとても幸運なことです。3カ年でどこまでいけるか分かりませんけれど、今やらなければもうできない、と言ってもいいでしょう。ですから、ここは実務者のみなさんにも協力してほしい。こんな要素実験をしたい、という声をどんどんあげてきてください。

ものごとを「安全側」にばかり考えた基準をつくると、
過剰設計になってしまうのでは?

今回の実験の後「節のあるところを接合部に使うなんて」「左官の施工が悪かったんだ」という声も聞こえてきました。材料や施工のばらつきというものは、勿論ない方がいいのですが、現実には無くならないでしょう。たとえば、伝統木造の建て方の時には、柱や梁を順番にひとつひとつ差していくのでなく、軸組みごとにつくっておいて、一気に組み上げる。組んでいく時にうまく入らないのを掛け矢(木槌)でガンってたたいたりすることだってあるでしょう? よく見ていると、そこで損傷が起きることもあります。そういった「完全たり得ない」現実があるからこそ、何か基準をつくる時には「安全率」を見て、ばらつきによって起き得る危険性を回避するのです。

「ものごとを安全側に見すぎて、結果的に過剰設計の基準になって、困る」「そこまでしなくてもいいのに」という意見があることも承知しています。みなさんが「節のあるところは絶対に接合部には使いません」「必ずベストの施工をします」とおっしゃって、本当に厳しく実践するぞ、と約束してくださるのであれば、もうちょっとグレードの高いところでの基準をつくれるでしょう。けれど、現実にはなかなかそうはいかない。そういう意味では、今回の実験にいくつか「ハイグレードでない」施工があったことは、それはそれでよしとしていいと思うんです。技能のばらつきを吸収できない基準ができてしまったら、それこそ「危ない」ですから。

この3年間のゴールは?

仕様規定にあてはまらず、現状では限界耐力計算=ピアチェックとなってしまう以外なくなっている伝統的木造の住宅について、詳細設計法と簡易設計法とを構築することでなんとか救っていく、というのがこの3カ年のゴールとなります詳細設計法と簡易設計法は同時に考えていくことになりますので、今の時点でどこまでならば簡易設計法ででき、どこからが詳細設計法になるのかというところまでは、まだ、言えませんが。

それでもイメージとしていうと、簡易設計法は、現状のいわゆる関西版マニュアルに、これまでに足りなかった接合部や床関係の計算を補強した形になっていくと思います。簡易設計法で床剛性をどこまで見るかは、大きな課題となるところです。今回の実験でも、柔床であるために、各構面の揺れる方向も強さもばらばらでした。床が柔だと、床構面が一体とならず、ばらばらに動きます。床を一つのまとまった単位として見れないとなると、壁量の合計としての壁耐力を期待できないことになる…そこまでの自由度を簡易設計法にもたせられるのか、というと、ここはなかなかむずかしいところで、検討中です。

足元に関しても同じようなむずかしさがあります。「柱脚を水平方向にも固定しない、足元フリーも認めてほしい」とみなさんおっしゃいますが、それはなかなかむずかしい要求であることを理解していただきたいのです。「現場で簡単に扱える方法」と「どんなことでもできる自由度」とは、両立しない。自由度を高めれば、カ考慮しなければければいけない変動要素が増えるのですから安全率を高めておかなければならない、ということなんです。

それでも設計法構築を担当されている河合先生は、足元にしても床にしても、計算法にはなるべく自由度をもりこもうと努力していらっしゃいます。その分、できあがる計算法はむずかしくなるだろうと思われます。「簡単」と「自由」とをどっちも満たすというのは、むずかしいことなんです。

この3カ年計画事業の3年度目に、もういちど実大実験が予定されていますが、そこで足元フリーの建物を揺らすというつもりは、いまのところありません。

新築のための基準をつくっても、
既存不適格問題や耐震改修法の問題は残るのでは?

既存の建物を長持ちさせる方向で考えるというのは、ぼくももちろん賛成です。 伝統構法そのままの古い町並みの保存や維持改修の方法もこれから考えていかなくてはならないでしょう。それを現代工法の耐震改修の方法でするのには無理がありますから。

越海室長の頭の中では、今回のプロジェクトをまちなみ保存にまでつなげるかという意識までおもちのようですが、今回私ができることはまず「これからつくっていく建物」についての設計法の確立までと考えています。既存の伝統構法そのものの評価はその応用になるわけですが、そこまで今回のプロジェクトで行けるかは、自信がないです。

今、皆さんと検討しているのは「基準法への位置づけをどうするか」ということですが、伝統構法がかかえている問題はもっとたくさんあります。瑕疵保証、長期優良住宅など、伝統構法をどうとらえていいかが整理されていないために問題が起きていたり、「伝統はむずかしいから、とりあえずはずしておこう」という扱いになってしまったりすることが多いのです。ひとつひとつについて、実務者側から具体的な提案をしていかないと、ますますやりにくいことが増えてしまうのではないですか。どんどん、やってください。


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