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設計士・草野鉄男さん(草野鉄男建築工房): 納得してたどりついた本物の木の家づくり


「住み心地をデザインする」ための
木の家づくり

伝統的な構法の家づくりを手がけたことを境に、「ビフォー&アフター」と言ってもいいぐらい、家づくりに対する考え方が変わりました。日本の気候風土にあった、健康にも環境にもやさしい家づくりは、エアコンに頼らない家づくりは、昔ながらの木の家で十分実現できるんだ!ということを確信しました。昔ながらの木の家に学んだ木の使い方をするということは、家の外観のためだけでなく、住み心地をデザインすることにつながるのです。この確信が、私の設計の方針を大きく裏付けることとなりました。

2000年完成の東中野の町家。国産材で、構造体は貫と込み栓、楔だけを使った本格的な木組みの家。

では、日本に昔から実はあった木の家づくりは、いつ頃からなされなくなったのでしょうか? それは、ハウスメーカーが出現してからだと思います。住まい手のためを思ってそうなっていったのではなく、つくり手がより早く、楽にもうけるという都合のためにそうなっていったようです。

国が作った「住宅金融公庫の仕様書」がそうした家づくりに拍車をかけました。戦後、焼け野原になった日本にはたくさんの家が必要でした。「自分で建ててくれよ。お金は貸してやるから」ということでできたのが住宅金融公庫で、「これに沿った家づくりをすれば、お金貸すよ」という教科書となるのが、仕様書です。

仕様書には、柱は大壁でペタペタ覆って、間には断熱材を入れましょう、ということが書いてあります。けれど、その通りに施工して何年か経って、壁をめくったら、その下は結露して柱は腐っているということになるんです。簡単に手早く作れて、竣工した当初の見た目はいい。そんな住宅メーカーにとって都合のいい大量生産向けのやりかたを、国が助長したのです。

昭和50年の住宅金融公庫の木造住宅工事仕様書より

日本の気候風土にはとても合っているとは思えないようなツーバイフォー構法も、アメリカとの力関係で認めてやらざるを得ず、そのための特別の法律を作ってまでして受け入れたために、どんどん広がりました。「住宅金融公庫の仕様書」や「ツーバイフォー工法」は、家づくりの縛りではありませんが、今はそのような家づくりが主流となり、昔ながらの日本の木の家は残念ながら「今どき珍らしい」ものになってしまったのです。

目覚めた人はなぜ気づいたのか?

ぼくや、木の家ネットのつくり手は、昔ながらの家づくりを、今の世の中に合った形で復活させています。かなしいことに、新建材を多用する家づくりがもたらした健康被害がきっかけとなって、気づきが生まれ、「本物の木の家づくり」への転換や日本の昔からの家づくりの価値の再発見という現象が起きています。アトピーやアレルギーの子どもが増えることによって、食の見直しがなされるのと同じ現象です。

無垢の厚板を張るのでなく、合板にスジをつけただけのフローリングの床。化学合成糊で貼るクロスの壁。削った木を糊でかためた合板や集成材。木造住宅であっても、木質系の建材を使った家には、アレルギーの原因がたくさんあります。まして、昔のスカスカな建具ではなく、気密性の高いサッシで開口部を締め切って冷暖房をしていれば、なおのこと。そうした弊害を少なくするために、24時間換気扇をまわさなければならない・・と悪循環です。

悪循環を生む要因をひとつひとつ排除していくと、結局は、木、土、紙といった、自然素材にたどり着くんです。新建材が出て来た当初は、たとえば「集成材は無垢の木のようにあばれない」「フローリングは乾燥しても隙間があかない」など、もとあった木の家においてクレームとなりうる性質を新建材に置き換えていく形で広まりました。集成材や合板は割れない、縮まない、狂わない魔法の木としてもてはやされました。それが化学物質を室内環境にもちこむという弊害をもたらすということは、知らずに。

日本人が新建材を取り入れはじめて、40年ほど経ち、その間に、シックハウスに悩まされる人もでました。また、そうした健康被害には遭わないとしても、新建材が出回り始めた頃にはピカピカに見えた家が、20年もすると建て替えるしかないほどに古びてしまうことがあたりまえになっています。見えている部分だけでなく、湿気を帯びたベニヤやぶよぶよになったり、大壁の中が結露でかびたり、見えていないところで、家の構造にとっても致命的なことも起きています。

「それでいいのだろうか? いや、いいはずはない」と気づいた人が、木の家ネットのつくり手に頼みにくるのでしょう。そうした疑問をもたない人が、ハウスメーカーに家づくりを頼むと言ったほうがいいのかもしれません。値段が安ければいい、工期が短ければいい、家づくりにわずらわしいことは無しで、商品を買うようにして家が手に入ればいい。そういった住まい手のニーズが、手間をかけずに素早く作ってたくさん儲けたいというつくり手のニーズと、「お金&時間最優先」という点においてぴったり合ってしまったんですね。

けれど、ぴったり合っているようでいてこれは、長期的に見れば、住まい手が損し、つくり手は次の儲けを生むビジネスチャンスを獲得するという、不均衡な関係なのです。それを住まい手自ら、あまり意識することなく広告やイメージに乗せられて選んでしまっている、というのが今の家づくりをめぐる不幸だと思います。

家族みんなで新居の米ぬか塗り。自分たちで手をかければ、家に対する愛情も増し、それが長持ちする家につながります。

そして、今やっている家づくり

今、私が実践しているのは、無垢の木を大工さんが手刻みして組み上げる、木組みの家づくりです。土壁まではまだできていませんが、漆喰塗りはしています。

富山は、冬寒い割に、夏も猛暑で、それも、その度合いが年々増していくように感じています。私が作って来た家では、新築時にエアコンをとりつけない家がほとんどですが、無垢の木の調湿効果のおかげで、それで済んでいます。「自分は真夏でもエアコンなしで大丈夫なのですが、主人が・・・」と、完成後数年たってからリビングにだけエアコンを設置した家もありますが、暑くてどうしようもない日に、ごくまれに使う程度のようです。これまで数々の家を手がけてきた経験から、外気温35度位までは大丈夫、というお施主様の声が多いです。

冬の主暖房には、床暖房や薪ストーブといった輻射熱系の暖房を使います。輻射熱系の暖房というのは、あたたかい風を吹き出すエアコン系の暖房と比べると、空気より先に床や壁や天井をあたためてくれるのが特徴です。薪ストーブでは床から数センチのところに寒い空気層がありますが、床暖房では空気より足元があたたかい。足の裏があったかいと、室内の気温がさほど高くなくても、気持ちよく過ごせるものです。これが、東京などよりは気温が低く、また時期も長く続く富山で、木の床や畳に座って生活するには、とてもいいんですね。

床暖房をおすすめするもうひとつの理由は「一年中、無垢の木の床のよさを素足で感じてほしい」と思うからです。使い込んだ無垢の木の床は、「春目」とよばれる木のやわらかい部分が削れて、木の表面に凹凸ができくるんですね。これを「うづくり」というのですが、この凹凸が足裏にとって気持ちのいい刺激にもなるんですね。そうした足の裏の感覚も、床暖房であれば冬でも楽しめます。また、家じゅうの床下に温水配管が通るので家の中での温度差ができにくく、結露することがないのもメリットと言えるでしょう。

これから挑戦していきたいと考えているのは、土壁の家です。富山には、古い民家であれば土壁の家はあるのですが、耐震性をも満足させるような形で考えられた新築の物件となると、ほとんどないのが現状です。材料となる土の手当や、施工できる職人探しなど、土壁を実現できる環境を整えてくところから、開拓していかなければなりません。それでも「いつかは」と昔から思ってはいましたので、2年ほど前から、同じ木の家ネットの仲間の愛知の丹羽明人さんや三重の大嶋健吾さんの土壁の現場を見学させていただいています。すでに実践しておられる方たちにいろいろと教えていただきながら、ぜひ取り組んでいきたいと思っています。

正しいお金のかけかた

日本人は、正しいお金のかけかたを身につけるべきだと思います。車を例にとってみると、お金をかけるなら、足回りやエンジンに使うのが本来のかけかたであるはずでしょう?安全面でも、安い車と高級な車とでは違いがでますよね。 ところが、日本では、装備やアクセサリーにかけるんですよね。エアバッグの仕様など、「ほんとに大事なのは、なんですか? 」ということを、考えてみていただきたいのです。

家づくりについても「それは違うんじゃないかな」というような価値観が普通になってしまっています。まず、家は買うものではなく作るものであるはずなのに、「人生でいちばん大きな買い物」などと呼ばれています。そして、住宅メーカーのパンフレットや展示場でほかと差をつけようとしているのは、設備面です。車の例といっしょですね。どんなに立派な設備を備えたところで、家そのものの骨格がおそまつでは、困るでしょう?

無垢の木の家のよさは、表面だけでなく、柱や梁といった主要な構造体もそれをつなぐものも、すべてが木できていること。長寿命な家が実現できます。そのよさを分かってもらうには、同時に、無垢の木であるがゆえに起きるいろいろなことを、つくり手が説明する責任があると思います。たとえば「あとから木が割れることもあるが、それは見た目だけのことであり、構造上なにも問題になることではない」などということを、あらかじめ説明してお施主さんに納得してもらうようなことを、積極的にしていかなくてはいけない。これは、クレームを事前に処理しておくというのとは、違います。むしろ、「節がイヤ」「割れはイヤ」という見た目にこだわることで、本質を見失ってしまうのはもったいないですよ!ということを、お伝えすることだと思うのです。

 

ですから、私のところに家づくりの相談に来られる方には、どなたにもまず「木の話」をします。山の木が材になって、家を形作るということ。木が材になるまでの時間と家の寿命のこと。日本の山の木を使うことが日本の環境の再生につながること。工業製品でない無垢の木の性質や個性、割れや反りについても話をするようにしています。「木の家に住みたい」という方にまずその「木について知ってもらう」ことから入ることが何より大事だと思うからです。

まず木の話から!
〜木の家スクール富山

木の家づくりをより広げていくには、そのよさをただ力説するだけではなく、木の家の科学的な性質や、木の家づくりを支える社会的な背景といった基礎的な知識を伝えていく必要があると考え、木材の環境面からの評価、木構造、省エネなど、各方面の専門家をお招きしての講義や、山の見学、構造実験の実習などをする連続講座を15年来、開催しています。

「理想の家づくり」として伝統構法で手がけた最初の建物を建設中の1999年に、三澤文子さんが大阪で開催していたMOKスクールに、月二回、富山から通ったことが、開講のきっかけとなりました。大学教育ではまったく触れられることのない、木のこと山のこと・木構造を学ぶ場を、富山でも作りたい!という気持ちになり、2000年に「富山木構造スクール」という名前の勉強会を始めました。

2012年の木の家スクール富山の様子

その翌年の2001年からは、その年に発足したNPO法人 緑の列島ネットワークと共催という形になり、名称を「木の家スクール富山」と変えました。お呼びする講師陣も、木構造を分かりやすく教えてくださる山邊豊彦さん、木についての基礎をお話くださる有馬孝禮さん、木の家を通して省エネや環境に寄与する家づくりのエキスパートの野池政宏さんなど、木の家スクールと重なっており、富山にいながらにして充実した勉強ができる内容だと思います。

「木の家をつくる達人養成講座」と謳っていますが、木の家づくりをめざすつくり手だけでなく、一般の方が参加されることもあります。

また、建築士の資格を取得するための学校でも、週一回木の家づくりについての講義をしています。人に教えることは、同時に自分の勉強でもあります。私自身もつねに木の家づくりに対する探究心を忘れず、そしてそれをどう伝えていけばもっともよく伝わるのかという方法をも意識しながら、これからもさまざまな場面で木の家づくりを広めていきたいと思っています。


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草野鉄男建築工房の入口には、富山木構造研究所の名称も書かれている。