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設計士・古川保さん(古川設計室):木の家づくりは仕組みづくり


そうやって大きなイベントを打つのと並行して、川尻六工匠の職能を活かしながら町並みへの関心をもってもらうための活動も積み重ねていきました。たとえば、100年経った古い家の解体作業を、子供たちの手によるイベントにしてしまうんです。前日に川尻六工匠のメンバーが切り込みを入れておいて、子供たちに引かせてガシャ〜ンと一気に壊しました。その後、解体木材でバーベキューをしました。昔の瓦だったので、修理用に配りました。そうすると埋め立てゴミは、な・な〜んとリヤカー1台分だけ。日本の建物は、すごいエコ住宅。これがきっかけで、設計方針を180度切り替えました。ほかにも、中学の総合学習の手伝いはもちろんのこと、小学生を集めて餅投げをしたり、木工教室、木とのふれあい工房、木の名前あてコンテストなどいろいろしましたよ。

川尻の景観をよくするための町並み修景にも取り組みました。自動販売機を隠す木の囲いづくり、木製郵便受けの無料配布(売るつもりで作ったんですが、一個も売れなかったので無料配布にしました)、老人会への縁台づくり、竹垣の設置、ピンクサロン系の看板の撤去など、川尻六工匠のメンバーの得意なことを活かしつつ、川尻六工匠の宣伝にもなるようなことをあれこれしました。

変な色に塗られていた市の施設の柵を、町並みに合うようにと茶色に塗ったこともあったんですが、この時は誰かからタレ込みがあってね。「勝手に色塗った!」と新聞沙汰にまでなったんですよ。あらかじめ市の景観担当の人には根回しはしてあったんですがその効果もなくてね。「色が悪いけん、塗りました。わるうございました。」と、市長室に謝りに行きましたよ。

こうした川尻六工匠のイベントがうまくいったのは「この指とまれ方式」でやってきたからかな、と思ってます。「何日の何時からこんなことします。興味のある人はどうぞ」という案内だけは出して、集まった人と楽しくやる、ということです。そうやって「やりたい人が参加する」というのがじわじわ広がっていったのがよかったように思います。それからもうひとつのコツは、たとえば上演系のイベントなどで利益が出ても、それを打ち上げで使ってしまったりしないでちゃんとプールしていくということです。「飲んじゃわないで、残るものに使おうよ」という合意で、打ち上げは会費制。収益金はペンキ代や町並み修景の材料費にあてる。そんな具合にしてやってきました。

設計士だけではまちづくりはできない

コンサートやまちづくりイベントなどを通して川尻六工匠の知名度もだんだんあがってきて、古い家を改修したいけれどどうしたらいいか、とか、町並みに合った外観に店構えを直したいとか、いろいろ相談事も舞い込んで来るようになってきたんです。

かといって、そのすべてがぼくの設計事務所の仕事になったわけではありません。むしろ、設計事務所を通さない、工務店直接の仕事になることの方が多かったですね。「どうしたらいい?」とごはん一回おごられるぐらいでさらさら、とスケッチを描いて終わり。要するに「限りなく無料のノウハウ提供係」なんですが、それを、損した!とは思わないですね。だって、一人の設計士ができるだけの数でしか進んで行かないのでは、町並みを形成するというところまではあまりにもほど遠いでしょう?

それよりも川尻六工匠がつくる家、修繕する家が町並みに合った、木を活かしたものになっていくことの方が大事なんです。サービススケッチを描いているうちに口コミで仕事の依頼も入って来たりするしね。町並みづくりは一設計士ではできない、そう思ってますよ。

川尻の和菓子製造フループ「開懐世利(かわせり)六菓匠」のイベントの助っ人にかけつけた川尻六工匠のメンバー

川尻六工匠の家づくり

川尻六工匠に加わってから地元の仕事が多くなりました。その前まではサイディングの家なんかもやっていましたが、新建材を使わない地元の木を使った家、という風に仕事を一本化してからストレスもたまらないし、何より自分の仕事を通して地元の町並みづくりに貢献できている!という充足感がありますね。 楠元建設代表  楠元繁芳さん談

川尻六工匠のメンバーも、川尻六工匠に加わる前までは、新建材だろうとなんだろうと、なんでもやっていたんです。でも、さまざまなイベントを通して川尻の町並みや木の家づくりのよさを再発見していったんですね。彼らももともとは伝統的な家づくり、ものづくりは知っているんです。職人としてのやりがいもあるしね。川尻六工匠と名乗りをあげ、胸を張ってやれるようになったことで、元気も出てくるし、「あの川尻六工匠ね」ということで地元の仕事が来るようになる。最近は川尻六工匠の名刺をもってまわる「ニセモノ」まで出て来たっていうんですから驚きです。けれど、川尻六工匠も真似されるだけのブランドになったのか!と思うと、嬉しいぐらいですよね。

まちづくりはボランティアではできないんです。職能をもったプロが、意識と技術との両方をもってはじめてできる。それまで意識化されていなかったことが、川尻六工匠の家づくりとはなんぞや?ということを話し合っていくうちに見えて来るんです。そうすると、自分たちの理想をもって仕事することが、地元の町並みづくりや地元の山、地球環境のためにもなっている、というよろこびがでてくるんですね。企業利益や営業のためにそうする、というわけではない。かといって、その会社の存立が危うくなるような持ち出しになるようでも続かないんです。これがいい、と自らが思えるような仕事を誠実に実践していっても、成り立つ。そういうバランスがいいんです。

川尻六工匠で掲げている家づくり7ケ条というのがあります。

1 木材は産地から直送 2 大工でつくる家を建てる 3 地球環境のことを考える 4 熊本の気候風土を考える 5 自分の健康のことを考える 6 長寿住宅を考え、再生可能にする 7 熊本の杉を使う

これ、スローフード運動と合い通じるものなんですよね。食材を木材に、調理を工法に、食べ方を住み方に変えると、共通点が見えてきませんか?

スローフード運動の宣言文: 私たちは郷土の食材を守ります。 私たちは伝統の調理の技を守ります。 私たちは「楽しい食べ方」の伝承と創造に努めます。 私たちは優れた食材をつくる生産者を応援します。 私たちは次代への「食の教育」に努めます。


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川尻六工匠では、解体する家から出た古材や古建具をストックしてあり、新築や改築の際に使い回すようにしている。