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設計士・宮越喜彦さん(木住研):伝統構法は追い風


いよいよ伝統的構法が
建築基準法に位置づけられる!

本来、ずさんな家、ひどいつくりの家のボトムアップのためにできたはずの建築基準法が、結果的に、まっとうな伝統的構法の足をひっぱるというおかしな情況は長いことそのままになっていましたが、阪神大震災後の伝統的構法の見直しの流れのなかでようやく様々な成果が出てきて、伝統的構法を正面に見据えた動きが起こり始めました。

その建築基準法が、ようやく変わろうとしています。それが今月末に国土交通省から出る「壁倍率に関する告示」。今月(2003年9月)末には出る予定と聞いています。これによって、伝統的な土壁、板壁、格子壁が耐力壁として認められた。これこれの仕様でつくられていれば、これだけの壁量を見込んでよい、ということがはじめて位置づけられます。性能を担保できる仕様ができた。ようやくスタートラインにたったところです。

木の家ネットも
伝統的構法の位置づけに一役。

この告示に先立って、2003年の3月から4月にかけて、改正告示案 が一ヶ月間公開され、パブリックコメントの募集がありました。それに木の家ネットのメンバーも意見を集約してまとめたものを提出し、5月には木の家ネットが国土交通省にヒアリングに呼ばれ、その結果、木の家ネットの意見が条文に反映された箇所もあります。ぼくも、松井郁夫さん、渡邊隆さん、事務局のヨハナさんと行ってきましたが、行政側も研究者も 木の家ネットを、伝統的構法の家づくりを実践する人間の集まりと認識しているということ、これからも情報を共有していこう、という姿勢を感じました。引き続き、8月にも、告示の後に出される解説書の内容についてのヒアリングを受けました。

差し鴨居や貫も、建築基準法では構造的な要素として、いまだ位置づけられていません。国では、ここ5年ぐらいかけて、伝統的構法について明確に位置づける必要性から、そのための委員会も発足しているということです。それに対して、これからも木の家ネットとして、情報提供や意見表明を続けていく必要がありますね。ようやく、伝統的構法が評価され、法律との整合性もとれてきたといった感じがしています。伝統的構法にとって、時代は、追い風?というよりも時代がやっとついて来たんでしょうね。

差し鴨居:近世以降の民家によく使われている、造作材としての鴨居よりずっとはばの広い鴨居のこと。構造材として上からの荷重を支え、水平力に対しても軸組の変形を防ぐはたらきをする。

貫:柱同士をつなぐ横材。真壁の場合の壁の下地とも用いられるとともに、軸組を固める構造材でもある。

伝統的構法見直しの機運は
循環型社会へと向かう社会の要請。

すだれ越しに見る外の風景。 手をかけて涼しくなった。

今までの大量生産・大量消費の時代から、持続可能な社会に向けての転換がはかられなければいけない。誰しも認めるところです。社会のニーズの変化が、伝統的構法見直しの流れを生んだのです。そういう意味では、伝統的構法は古いものの復活ではなく、終わりが見えてきた近代の後にふたたび評価しなければならない新しい価値といえるでしょう。

ぼくたちが学生の頃に思い描いていた輝かしい近未来像とは大分ちがって、これからは、足元をみつめる時代に入ってきています。太陽の恵みで地面から上で取れたエネルギーや資源を、どう、枯渇しないよう、計画的に活用していくか、ということを考えていくことが近未来に向けての何よりの課題です。世の中全体としても、農林業など、第一次産業をこの国土に取り戻すことを考えていかなければ、環境的に成り立たない。そうした文脈の中では、再生可能な資源である木や土でつくる、長寿命の家が求められるのは、必然的なことなのです。

1000年後の人が、現代人が採用した、どの技術を評価するのか? 案外それがこの国の家づくりにおいては木の技術なのではないかな、と思うのです。ちゃんと山を育ててさえいれば、1000年後にも木はあるでしょう。鉄やコンクリートより木の方が、延々と残っていくのではないでしょうか。

伝統構法を「共有できる技術」として
未来につなげるために

伝統構法の家づくりは、あくまでも一品生産。新しい技術とちがって、一律に単純化、合理化、マニュアル化することは本質ではなかった、基本を押えた応用技術でしたから。だから、法律にのっけていくということになじまなかったんですね。補修や増改築を可能とし長寿命の家を考えよう、というなら、伝統的構法のように木を知った技術でないと、対応できないんです。目新しい技術ではその場限りで応用が利かないのです。そういうことをようやく、行政サイドでも聡明な方々には理解していただけるようになって、本当によかったと思います。

伝統構法が、職人の技量や気持ちによってできあがりにばらつきが出やすい技術であることもたしかです。告示の解説書を見ると、とてもこまかい部分にまで触れていて、技術のぶれが出ないように、正確に慎重に規定していこうとしているのが分かります。でも、本来の木造技術は、地域差や、その場合に応じた臨機応変な対応ということが必要ですから、そこでできる仕様が新たな「しばり」にならないよう、留意しなければなりません。そのために現場の実際を知ってもらう努力も大事です。なにしろ、木という生きものを相手にした職人がいてこその技術なのですから。

未来につなげることのできる技術がまとまり、建築基準法でもその性能を担保できるようになる。まずはそこからの出発ですが、もっと広く見れば、長寿命の住宅を社会的資本とみなる際に相続の問題をどうとらえるか、国産材が再生産性をもつために必要な育林費用をだれが捻出するのかなど、解決すべき問題はいろいろあります。そうしたことまで射程にいれた、伝統的構法再評価のうねりになっていけたらいいな、と思っています。

そして、伝統的構法の技術を未来につなげていくために、なによりも大事なのは、そういう家をつくる現場がたくさんある、ということです。それが、住む人の健康にもいい、気持ちのいい室内環境をもつくる。技術を継承する場にも、山に植林するきっかけにもなる、町並みをもつくる。一軒一軒をていねいに建てていくことで、そんなすばらしい木の家づくりを、広げていきたいです。

参考図書

「斑鳩の匠 宮大工三代」
西岡 常一、青山 茂 共著
徳間書店 2,233円


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