1 2 3

設計士・宮越喜彦さん(木住研):伝統構法は追い風


「これからの時代は木の家だ」と
思ったきっかけ

西岡棟梁のサイン。  宮越さんの宝物。

 

大学を出て初めて就職した事務所をやめて時間ができた時、旅をしたんです。奈良に寄って、新薬師寺の再生工事をしている西岡棟梁に会いに行きました。その時に言われたことばが、それから後のぼくの仕事の方向を決めたかな。「木っていうのは無限の材料だよ。再生可能なんだから」と。「そうか!」と、それまでなんとなくもやもやしていたものがパッと晴れたって感じがあった。で、これからの日本の木造に正面から向き合っている事務所に、と、藤本昌也さんが主宰する現代計画の門をたたいたわけです。

その頃の現代計画といえば、藤本さんと田中文男棟梁との出会いから、伝統的な木造軸組構法を「民家型構法」として再整理して、公営住宅を中心に様々な切り口で実践していたいちばんおもしろい時期でした。山から住まい手まで、川上から川下までを結ぶ仕組み、木造住宅の架構のルールなど、今、木の家がちょっとブームみたいですが、すでに1985年の時点で整理されていたと思いますね。

住宅建築89号別冊としてまとめられたもの。今は手に入らない。宮越さんも執筆している。

林野庁の助成金を使って建てた「国産材ハウス」、民家型構法による公営住宅など、大きな成果をあげていましたが、当時はそれ以上に伝統構法見直しの大きなうねりにまではならなかった。バブルに向かっていく時代だったしね。環境とか持続可能なんていうキーワードはまだ大きくは取り上げられることはなかったですね。早すぎたのかもしれない。でも、この動きに携わった仲間たちが今、伝統構法の見直しや実践で活躍しています。松井郁夫さん、当時は田中文男さんの番頭さんをやっていた渡邊隆さんなど、木の家ネットの仲間にも何人かいますね。ぼくもその輪の中で、いきなり本質に触れ、刺激をうけたこが、独立後を決定付けていると思います。

木と木をしっかり組む。
それで家はできる

その本質とは、まさに単純明快なこと。つまり、「木と木をしっかり組めば、それで家ができるんだ」という確信です。木の性質をよく見極め、適材適所に材を使い、組み方のルールを守りさえすれば、必要以上に金物で固めることなんかしなくても、しっかりした骨組みができるんです。

住宅金融公庫の仕様書では、木と木の接合部に金物を使うことが決められています。木と木を組む接合部の補強のためだと言います。たしかに、プレカットで刻んで組む簡略化された接合部は、優れた手刻みほど強くなく、心もとない。その分、金物で補強しようというのはある意味正しい。でも、その金物の強度を出すにはある程度太さのある釘やボルトを使わなければならない。現場で木をずっと触ってきている棟梁に言わせれば「そんな釘でとめたら、木が裂けてしまう」補強をするための金物で、木が裂けてしまうだなんて!そんな補強をする以前に、木と木をしっかり刻んで組めばそれでいい。木のこの乾き具合だったら、こう削ろう、こうねじれるからこう刻もう、と見ながらね。そのように経験に裏打ちされた職人さんの勘は、直感というより、最高度の技術の領域なんです。金物での補強よりもそっちの方が信頼できる。

自分自身の感覚を信用することも大事です。公庫の仕様書どおりに建てられた、細い柱と金物だらけの家の骨組みと、しっかり木と木を組んだ家の骨組み。現場に立ってみれば、どっちが心強く安心感があるかは、身をもって感じるものです。数値でははかれないものだけれど、これは分かりますよ。もちろん、骨組みと間取りがまっとうに計画されていることが前提ですけど。

阪神大震災後の検証。
ますますはっきりしてきた。

事務所の玄関でにらみを きかせている鬼瓦。

「木造住宅【私家版】仕様書 架構編」 松井郁夫・小林一元・宮越喜彦共著  1998年、建築知識、2800円

ところが、あの、阪神大震災が起きてしまった。古い建物が壊れ、多くの人のいのちが失われました。インパクトの強い映像が流れ「軸組工法では、まずい」というような報道が、繰り返しされました。本当にそうなのか。伝統的構法に携わってきた私たちにとっては、大きな課題として突きつけられたわけです。現場の被害情況の報告などからは、しっかりとつくられた伝統的な建物は、ひしゃげてはいても壊れていない。その決めてはなんだ? ということで、伝統構法の要素技術をひとつひとつ検証する作業が研究者や技術者の間で精力的に行われてきました。

震災をものりこえた伝統的な建物は、筋交いや合板といった、基準法でいう耐力壁とは別の構え方で、揺れに対して「もって」いました。変形しないというのではないんです。ひしゃげたり、ずれたり、傾いたりしても、抜けたり、倒れたりはしないのです。そうした「ねばり強さ」のもとになっているのが、構造的にも利いている太い「貫」であり、柱にしっかりとささっている「差し鴨居」などです。そのあたりの要素技術について、現場に伝えられてきた知恵や技術を、松井さん、小林さんと3人でぼく達なりにあの時点での一つの答えとしてまとめたものが「木造住宅【私家版】仕様書」です。

伝統的構法の家と基準法による家とでは、
ここが違う。

初めての冬を越して、チューリップが満開の木住研事務所前。

しっかりつくられた建物は「もつ」と言いましたが、「もつ」という基準をどこに置くかが問題なんです。専門的な用語になりますが、地震の揺れなどの加力に対して、どれくらいまでの変形を認めるのか、という変形の度合いを「層間変位角」という角度でゆがみ方の程度を測ります。現行の基準法でカバーするのは、1/120ラジアンまでの変形までです。ところが、伝統的構法の建物は、1/120ラジアンを越えて、1/60〜1/30ラジアン以上傾いても耐力の低下を少なくおさえる作り方も可能なのです。そこまで傾きグラグラと揺らぎながらも、倒壊はしない。ふんばって壊れないから、生存空間は確保できる。また、ゆがみを直して再利用もできる。やわらかく、粘り強いんです。基準法で耐力壁として認めている筋交いや構造用合板だと1/120ラジアン以内の変形にはとどまるけれど、さらに力を加え続けていくと、バキッと壊れてしまう。堅いけど脆いんですね。このあたりの構造上の特徴の違いについては、研究レベルの実験データが増えてきました。

建て主さんにもこういうことはきちんと説明します。「かたむきますよ」って。でも、かたむくけれど、こういう意味で大丈夫なんだ、ということまできちっと説明します。法律で位置づけられている技術は伝統的構法のほんの一部で、それ以外の技術も活用しながらやっているのだということを話し、最終的な判断は建て主さんに委ねます。大体それで信頼して預けてくれます。最終的には、家を建てるのは信頼関係なんです。誰が、建て主に対して正確に説明ができるか。理解してもらえる会話ができるか。そこが大事でしょうね。


1 2 3