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林材ジャーナリスト・赤堀楠雄さん:無理のない自然な存在、それが木の家


言うのとやるのとでは大違い

最近、自分の書く文章により実感を込めたいと思って林業塾に通い始めました。いずれ自然の中での暮らしを実現したいと思っているので、そのための技術を学ぶという目的もあります。道具もそろえて、鉈(なた)には名前もいれてもらいました。山に入って実際に木と関わってみると「こういうことだったのか!」という驚きでいっぱいです。これまで何度も書いてきた「地拵え」や「間伐」といった言葉が、とんでもない存在感をもって目の前に現れてきます。同じ言葉でも今はもっと実感を込めて使うことができるようになりました。もちろん、プロでもない人間には限界もありますが、こういうのはやはり自分で体験してみないとわからないものです。

収穫前の玉葱畑(*)

同じ思いで、家の近所の農家に手伝いと称して、農業を教わりに夫婦で行っています。これも楽しいし勉強になります。休日だけ作業をする僕らは、しゃかりきになりがちですが、それで疲れて次の日使い物にならないんじゃプロは仕事にならない。だから、みなさん、もちろん速いことは速いんですが、マイペースで確実な働きぶりなんですよね。ああ、これがプロの仕事なんだな、と痛感しました。

それから以前から野菜を買うときは注意して国産品を選ぶようにしています。なんでもかんでも国産が一番と思っているわけではありませんが、ここで自分たちが買わないと、日本の農家が立ちゆかなくなるという危機感があるのです。つくった野菜が売れて、生産活動を続けることができれば、田畑が残ります。それは土や水が残るということです。そのことをみんなにもっと意識してもらいたい。土や水、そして木。そういう人間にとってなくてはならないものを大切にするためにも農業や林業を応援したいと思います。

木と土と水がないと人は生きられない

本当かどうかわかりませんが、有名なハンバーガーチェーンが日本に進出するときに、12才以下をメインターゲットにしたという話を聞いたことがあります。12才までに口にしたものは、身体に刷り込まれるので、年をとっても一生食べ続けるというのです。大人が食べるようになると、今度はその子供も食べるようになる。そうやって長期的に市場を大きく育てていこうという戦略です。

それと同じことが自然環境にもいえるのではないでしょうか。小さな頃に自然に触れていないと、その大切さは一生わからないかもしれません。木と土と水がないと人は生きられないのに、そのことが都会に住んでいると本当に見えにくいのです。東京だと、土の地面の上を歩かずに一日を過ごしてしまう人、かなりいるんじゃないかな。

そんな視点で木の家を見直してみると、和風な住まいかたというのは、畳のい草や木の柱、土壁のような自然素材に触れ、その時々の季節を意識させるようになっていることに気がつきます。風が室内をめぐり、家の内と外の環境が交わる場所である縁側でくつろぐのことのできる家。それが子どもが日常的に自然に接する入り口となるのです。木組みの家づくりは、生活の中に自然への道筋をつけるために、とても有効なのではないでしょうか。

【撮影】  ・(*)印:赤堀楠雄  ・頁冒頭白黒写真: モチドメデザイン事務所


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