東京都23区はすべてが
「防火地域」か「準防火地域」
建築基準法は全国共通に適用される法律ですが、地域によって運用が違う部分もあります。たとえば、東京のような建物が密集する市街地では、火事になった時に燃え広がらないための防火関係の法律がかかってきます。
都市計画法という法律が、建築基準法の防火上のルールをどれくらいの厳しさで適用するかを決めています。もっとも厳しく適用されるのが「防火地域」で、都市部の駅前の繁華街、幹線道路の両側など、都市計画的に延焼を守らなければならないと指定された場所などを、地域行政府が指定します。その次に厳しいのが家がある程度密集した地域などが含まれる「準防火地域」、なにも無指定がかかっていない地域との間にもうひとつ「屋根不燃(法22条)地域」という区分もあります。区役所や市役所にいくと都市計画図・日影規制図というものが用意されており、地図上に用途地域の別、許容される容積率・建ぺい率、高さ制限、日影制限、防火上の区分などが色分けや網掛けによって区別できるように記されています。都市計画図はその行政区の役所で無料で配布しています。
建築予定地にどんな規制がかかるかを調べ、その条件の中で設計をしていきます。次に厳しいのが、それよりひとつ下位の「屋根不燃化(法22条)区域」となりますが、
東京都23区は「防火地域」以外のすべてが「準防火地域」となっています。ここで紹介する新築事例は渋谷区にあり、準防火地域にあたります。せまい間口での二世帯同居を実現するために3階建てとして計画していますので、「準防火地域における3階建て」となり、「準耐火構造」として計画する必要がありました。
準防火地域において要求される建築物の構造
階数 ≦2、かつ、延べ面積≦100 ㎡ (法第 61 条)の住宅は、延焼ライン(隣地境界から1階は3m、2階は5m)にかかる部分については「防火構造」としなければならない。 階数≦3、かつ、500<延べ面積≦1500 ㎡ (法第 62 条) は「準耐火構造(45分)」としなければならない。
「防火」=他へは燃え広がらないこと
「耐火」=着火しても一定時間もちこたえること
「防火」「耐火」という概念が「防火地域」「準防火地域」といった地域の呼び方として出て来たり、建築物の「防火構造」「準耐火構造」「耐火構造」など、建物の性能をあらわす言葉としても使われたりと、分かりづらいので、少し整理しておきましょう。
「防火」とは、出火を防ぐという概念で、自分の家が火事になっても、消火活動が見込まれるまでの間、隣家に燃え広がっていかない、あるいは、隣家で火事があっても、自分の家に燃え移らない性質を「防火性能」としています。具体的には「延焼のおそれのある部分」に防火性能をもたせます。以前は、木造住宅において延焼のおそれのある軒裏部分は、モルタル塗りなど不燃材で仕上げないと、防火構造としては認められなかったのですが、後述する平成16年の告示により「ある程度の厚さの木材で作ってあれば、軒裏の垂木や野地板をあらわしにすることができる」と、認められるようになりました。
「耐火」とは、自らが火を出して燃え広げることがないだけでなく、ほかからもらい火をして火が付いたとしても、消火活動が見込まれるまでの間、構造耐力が損なわれない、という概念です。建物の構造としては「防火構造」より「準耐火構造」「耐火構造」の方が、火に対する備えはより強固なものとなります。「(準)耐火構造」のあとには前に時間をあらわす単位がつきます。たとえば、準防火地域以上では「45分耐火」が求められますが、これは、万一火災に脅かされても、壁・柱・床・梁は45分間、屋根や階段は30分間は、変形・溶解・破壊などの損傷を生じないだけの性能をもつことを意味します。
「木の家は燃えやすいからダメ」
という思い込みは法律的にも覆された!
江戸時代には何度となく起きた大火、関東大震災後に建物の倒壊以上に多くの人が亡くなる原因となった火災、戦時中の都市部の大空襲といった歴史的な経緯から「木と紙でできている日本の家は、燃えたらひとたまりもない」というイメージをもつ方は多いでしょう。そのような認識から、準防火地域以上の地域では、仕上げに木をあらわした家は、防火上の理由から建てることがむずかしかったのです。現在の東京が、木造住宅であってもモルタルが塗ってあったり、サイディングが張ってあったりする家ばかりが並ぶ風景になってしまった理由のひとつがそこにあります。
しかし10年ほど前から、早稲田大学建築学科の長谷見雄二教授や、長谷見研究室の主力研究員で岐阜県立森林文化アカデミーや東京都市大学でも教鞭をとりながら木造住宅の防火・構造設計に特化した桜設計集団を主宰する安井昇さんの研究、京都で町家における防火研究を進めて来た関西木造住文化研究会 ( KARTH )の活動などが相まって、10年ほど前から建築基準法でも木造の防火性能を正しく評価しようという動きがおきてきました。
長谷見・安井氏らが行って来た実験や研究から、木材は無条件に「火に弱い」のではなく、むしろ、ある程度以上の太さがある木材は、火が付いた表面が炭化すると炭化した部分が断熱材となり、それより内側は守られるので、むしろ火に強いということが、証明されました。このような性質を活かして、耐火条件を満たすような設計をすることを「燃えしろ設計」と言います。
平成16年(2004年)国土交通省告示「伝統的工法による外壁や軒裏の構造方法」では、一定の条件を満たせば、軒裏に木部をあらわしたり、土壁や蔵づくりで外壁を仕上げたりしての「防火構造」「準耐火構造」を建築できることになりました。地道に研究や実験を進めて来た関係者の努力あってのことです。この告示施行当時には木の家ネットでも特集を組んでご紹介しましたので伝統構法の復権:火の用心!特集をご覧ください。
木あらわしの軒裏や土塗り壁も
防火・耐火構造として認められるようになった
関西木造住文化研究会 ( KARTH )では、プロ向けにも「伝統的工法による外壁や軒裏の構造方法」告示をどのように実践できるかをまとめて解説した「既存伝統木造住宅の住まい手向け防火・耐震改修の手引き」をまとめています。手引きはこちらからダウンロードできます。
手引きの序文には「最近の研究開発によって、木や土壁を使った伝統的な木造住宅でも、ひと工夫すれば、現代的な木造住宅と同等の防火性能を実現できることがわかり、歴史的なまちなみを守りながら、安心して暮らし続けられる道が開けてきました」と記され、京都の伝統的な木造住宅をモデルに、その魅力を活かしながら防火・耐震性を高めるポイントが分かりやすく解説されています。
KARTHでは、京都で研究会などをしばしば開催しているようですので、興味のある方はぜひ参加してみてはいかがでしょうか? 開催情報はこちらにまとまっています。
日本の原風景を復活させたい!
前置きが長くなりましたが、ようやく、本題の施工例に入ることができます。建て主さんは「東京のど真ん中だからこそ、家で自然を感じられるように木と土壁の家に住みたい」ということで高橋さんに相談してこられました。
手前と奥とで住み分ける二世帯同居
東京都内ではよくある奥行きに対して間口がせまい敷地で、親世帯・子世帯でほどよく住み分けるような二世帯同居という希望だったので、手前の子世帯は3階建て、奥は親世帯の2階建てで、両者を中庭と共有スペースでつなぐ、というコンセプトで設計をまとめました。
手前と奥との間に緩衝地帯と採光のための坪庭をとり、ヤマボウシの樹を植えます。坪庭を見下ろす2階中央部には、親子世帯をつなぐ共用スペースとして食堂とウッドデッキをもうけました。坪庭の小さな自然を愛でながら、親子いっしょに食事をしたりお茶を飲んだりする場所として想定されています。
3階建ての子世帯の最上階から見ると、共用のウッドデッキの向こうに親世帯の瓦屋根の「甍の波」の風景を形作ります。つながった一軒の家でありながら「お隣さん」に見えるというのが、二世帯住宅にちょうどいい距離感です。
太い柱で「燃えしろ」を確保し
ていねいな塗り壁施工で「燃え抜け」を防ぐ>
先ほど詳しく述べたように、準防火地域における準耐火構造として、木と土壁の家をつくることになりますので、「燃え残る」「燃え抜けない」ということが設計や施工のポイントとなりました。まず、柱や梁といった構造材には、仮に火がついたとしても、炭化した残りの材径で構造耐力を確保できるような「燃えしろ設計」で、材の太さを割り出し、それにさらに余裕を見越した設計をします。といっても「びっくりするほどの太さ」というわけではありません。「普段、防火構造として作る家でも、このくらいの太さの材は普通に使っていますよ」と高橋さんは言っています。
壁の燃え抜けを防ぐことについていえば、火が付いても、穴があいたり亀裂ができたりしなければ、その部屋から燃え広がっていくリスクは低くなります。土壁の柱と土を塗った部分との境目にあたる「チリ部分」を丁寧に施工しています。ここにわずかでも隙間があると、そこから火が入ってしまうからです。木部のチリ際にノレンやトンボを打ってチリ回りにも塗りを施し、木部と塗り壁とが一体になるようにしました。また、中塗りを行うタイミングとして、荒壁がしっかり乾燥した後に行うことで、壁チリの隙間をなくすことにも留意したそうです。
古典落語「味噌蔵」
蔵の入り口に付近に味噌樽を置いておき、もらい火が蔵の中に入って財産を焼き尽くすことのないよう、火事のしらせの半鐘の音を聴いたら、味噌で蔵のわずかなスキマも目塗りをして火の侵入を防いだという、江戸時代の商家の習慣を下敷きにした噺があるのでご紹介します。
吝嗇なお店の主人が「今夜は風が強いから、火事が出るかもしれない。半鐘の音が聴こえて来たら、すぐに味噌で蔵の目塗りをするように」と言いおいて、一泊の予定での外出。めったにない主人の留守に、店の者たちは仕事を早仕舞いにして、刺身や味噌田楽をあつらえて、飲めや唄えのドンチャン騒ぎで羽目をはずします。
ところが気が変わったご主人、泊まりをやめにして夜遅く帰宅します。遠くで半鐘の音。店の方から味噌田楽の香りがぷーんとしてくるのに「ああ、早く帰って来てよかった、ちゃんと目塗りをしてくれたから、蔵にまでは火が入らなかったんだな」と安堵する、というのがサゲです(八代目三遊亭可楽の名演がお勧め。いちど聴いてみてください!)
土壁を塗った土蔵づくりには「スキマさえなければ火は入らない」ということを誰もが承知していたからこそ、成り立った噺です。土塗壁はしっかり施工しさえすれば、気密性にも防火性にも、高い性能をもち得るのです。有毒ガスを出しながら燃え落ちる新建材の断熱材と「プーンといい香り」の味噌蔵とでは大違いですね!
板壁と漆喰塗り壁で
「日本の原風景」となる外部仕上げに
現状の建築基準法では、先にご紹介した「伝統的工法による外壁や軒裏の構造方法」告示により、準防火地域も2階建てまでであれば、内外真壁が可能なのですが、3階建てとなると、外壁を土壁にするためには室内側を石膏ボードなどで被覆しなければならなくなります。1階部分の仕上げは、道行く人が風景として認識する度合いが高い部分です。そこを土壁の良さを感じられる外観として実現できなかったのが、唯一の心残りだったそうです。それでも、真壁ではないにしても、日本の原風景らしい味わいをもたせようということで、1階部分は焼き杉板張りにし、2階以上は外壁に付け柱をもうけて真壁漆喰塗りに「見えるように」仕上げました。
「軸組も大切ですが、それと同じくらいに内部や外部の仕上げに何を選択するかは、大事なポイントですね」という高橋さんの言葉を、前号でも紹介しました。家の内部仕上げは、日々そこに暮らす家族の目に触れ、肌に触れるところですから、大事なのはもっともですが、外部仕上げは「街の風景」をかたちづくるという、その家の住人以外の目にも触れる要素となるからです。
2020年に開催されるオリンピックに訪れる海外からの観光客が、はたして東京の街並に「日本の原風景」を見いだせるでしょうか? 残念ながら、東京はなかなかそうとはいえないような現状です。「『都心でも木と土壁の家』がいずれ街並にまで成長していくことを夢見て、一軒一軒、地道に、気長に作り続けていくしかないですね」と高橋さんは心情を打ち明けてくれました。
3階建て木造でも
防火実験の成果が告示につながっていってほしい
2階建てまでなら、準防火地域であっても「内外真壁」が実現可能となったのは、めざましい成果といえるでしょう。しか3階建てについては、今のところまだ認められていません。「公共建築物における国産材利用を促進させる一環として、安井昇さん達が国総研に依頼されて木造3階建ての学校校舎の火災実験をしているんです。実験では、3階建てでも十分な耐火性能が確保できることが確認されています。けれど、これがなかなか告示化にまでつながっていかないんですよね。近い将来、そうなっていってほしいです」と高橋さんは言います。
似たような話として、伝統構法関係者に熱い期待をもたれている「石場建て」問題があります。国の予算で実現した「伝統的構法の設計法作成および性能検証実験」検討委員会が実大震動台実験や要素実験を重ねて安全性を吟味し、証明した設計法であってさえ、なかなか告示化されていかない現実があります。現状では建築が不可能なわけではありませんが「構造適合性判定」という、時間もお金もかかる大変なルートを経なければならず、石場建てを望むつくり手にも住まい手にも過剰な負担となっています。
「一方で、住宅メーカーが通したいような工法が告示になっていくハードルは、そこまで高くはない。日本の原風景をつくる仕事をする道が、ほかでもないこの日本において『いばらの道』となっているなんて、おかしなことだと思いませんか?」穏やかな物腰の高橋さんが、少しだけ語気を強め、思わずコックリと頷いてしまいました。
「日本の原風景」再生につながる家づくりが
続けていけるような国に!
なぜ、法律改正にまでつながっていかないのか? 生臭い話ですが、それは「木と土壁の家」を手がけているのが、地域工務店であったり、設計事務所であったり、個々の小さなつくり手であるからです。大量生産で効率的に多くの家を建てていく「住宅産業」ではないからです。建築関係の法律が動く時には、住宅産業にそのようなニーズがあり、行政に強力にはたらきかけていった結果であることが多いのが現状です。
「法律は生き物。ニーズがあれば、安全性を検証しながら、そのニーズの方向へと変化していくべきものです。これからの日本において『原風景の復活』は重要なニーズだとは思いませんか?」 科学的に実証されていることが、法律的にも実現されていくには、研究レベルを法律におとしこんでいく行政府の役割が大事です。
現状ではなかなか動かない行政ですが、そして、木の家ネットのつくり手たちはけっして大きな「住宅産業」ではありませんが、日本の原風景を守り、気候風土にも合った、環境への負荷も少ない、すぐれた職人技術を継承するという大切なはたらきをしています。そのことを正面から伝え、日本の国が日本の風景を再生産していけるような方向に動いていってくれるように望み、声をあげていくことも必要なのではないでしょうか。
「日本の原風景が日本で実現できるようであってほしい。内外真壁にこだわるのはそのためなんです。『日本では、日本の伝統建築は建てられないのです』なんて、笑い話のような言い方をせざるを得ないぐらい、そのハードルが高い国になってしまっているのでね!」日本の原風景を守りたい。これは誰もが納得する願いでしょう。それが通っていくように、現状がどうなっているのか、どこをどう改善したら、日本の原風景を守りながら、防災的にも安心して暮らせる家づくりが実現できるかを、広くしらせていくこと。それが、この職人がつくる木の家ネットの存在理由のひとつではないかと、あらためて感じさせられたインタビューとなりました。