自然の恵みによって成り立つシンプルな暮らし
裏の井戸。ポンプのハンドルを動かせば、ちゃんと水がでます。サツキがさそい水を使ったのは、この井戸です。
映画の冒頭、サツキは、川で汲んできた水を手こぎポンプの上から入れて「さそい水」にし、しばらく使っていなかったであろうポンプから、すばやく水を出すことに成功しました。お風呂を沸かすのも、台所のかまどでご飯をつくるも薪。薪のくべ方、うちわの扇ぎ方で上手に火力を調節してます。小学生にでもできる工夫の余地がたくさんあるのです。そうした暮らしのディテールが何気なく描かれていることも映画「となりのトトロ」の魅力でもあり、「サツキとメイの家」に実際に行ってみた時に感じる面白さでもあります。
これが台所。今の家とは随分違いますね。ガス台や電磁調理器はなく、かまどで煮炊きします。床はタタキになっていて、汚れても掃除が簡単にできます。水道の蛇口がありますが、実はこれはいざという時にお茶ぐらい出せるようにしたもので、本当はここにあるべきものではありません。ここでもポンプからはちゃんと水がでます。(クリックすると拡大します)
地下水を井戸で汲み上げ、雑木林の木を伐って薪にする。人間が自然にはたらきかけることで、その恵みを得る、それで生きてるんだということが、実感として分かりやすい生活です。どうやって水を得、どうやって暖をとることができるのかが目に見える暮らし。キャンプをしているようで楽しそうに見えますが、水汲み、薪割りといった生きるための作業に時間を取られるのは、毎日のことだと「大変」だったり「面倒」だったりもするでしょう。けど、昔はそんな暮らしがあたりまえのことでした。
実際にかまどを使っているところ。「サツキとメイの家」が本物の家だという証拠の一枚。だから焚き口が黒くすすけているのは、エイジングではなく、本当の汚れなのです。(これは一般公開前の試し炊きの時の写真で、現在は火をいれることはありません)
台所の水屋箪笥。ノリや缶詰が入っています。下の段にはサツキやメイたちのお弁当箱が、お箸と一緒に並んでいます。(クリックすると拡大します)
映画では電気製品は部屋の電灯や電気スタンドくらいしか登場しません。「サツキのメイの家」の中には、その他に電気アイロンとラジオが部屋の中にあるのを見つけました。ところが、今の暮らしでは多くの作業を機械がやってくれます。ボタンひとつ押せばお風呂も沸くし、ガスコンロや電磁調理器ですぐに料理が始められます。蛇口をひねれば水も出ます。ずうっと便利です。けど、ひとたび機械が壊れたり、電気・ガス・水道というライフラインが止まってしまうと、個人のレベルではどうにも解決できなくなってしまいます。そして、その水が、その火がどこから来たのかも分かりにくい。その分、自然に生かされている、というありがたさも実感しにくくなっているのではないでしょうか。決して電気やガスが無い方がいいと言っているわけではありません。ただ、現在の日本では、人と世界との関わりが間接的になっているのは確かではないでしょうか。
お風呂は台所のすぐ横にあります。脱衣場に腰回りが隠れる程度の小さな扉しかないのが驚き。右側の格子状のものは無双窓といって、櫛のように並んだ2セットの板をスライドさせることで、閉め切ったり、向こう側が見えるようにできます。
夜、サツキがお風呂の薪を取りに外に出た時に、突風が吹く。トトロが空を飛んで行ったようでもあり・・。このように、自然にはたらきかけ、その恵みを受ける暮らしが淡々と進む中で、日常と隣り合わせに住んでいるトトロがすっとまぎれこんでくる、というのが「となりのトトロ」の魅力のひとつです。
職人の手仕事が息づく家
これがお風呂場。細かいモザイクタイルは工場に特注したもの、側面の大きなタイルは手づくりです。右の大きな釜がお湯につかるためで、左の小さな釜はかけ湯用。大きな釜の下で火が焚かれ、その煙が小さな釜の下をくぐることで、両方のお湯があたたまります。
「サツキとメイの家」のもうひとつのよさは、職人の手仕事が感じられる、ということです。今建てられる家の多くは、部材は工場で加工され、現場ではそれを組み立てるだけになっています。窓やドアといった建具も、お風呂や台所の設備も、カタログで既製品を注文して取り付けることがほとんどです。「この人がこの家のために特別につくった」というのではないものが集まって家になっているのです。
風呂釜に入ってみた中村棟梁。思ったよりも小さくて、映画のように親子3人が一緒にはいるにはちょっと狭いです。
ところが、「サツキとメイの家」以前の家づくりには「量産」も「カタログ」もほとんどありませんでした。家づくりを頼まれた大工棟梁が、その家族のために、家を建てる。今ではそれをわざわざ「注文住宅」と呼ぶようになってしまいましたが。しかも、今の家づくりよりもはるかに多くの職種の職人さんが、家づくりに関わっていました。大工棟梁、左官職、板金屋、瓦焼き職人、瓦葺き職人、タイル屋、畳職人、建具職人、経師屋さん・・既製品でないのですから、それぞれの職人がその家のためにどうしたらよいかを考え、工夫してつくっていたのです。
これがお風呂の焚き口。ここにもぐって薪をくべるのはサツキの役目です。
「この柱は栓山さんが削った」「この壁を塗ったのは坂井さん」「この便器をつくった磯貝さんは苦労してたな」「雨樋担当の大野さんの仕事はすばらしい」。
お風呂に水をはるには、台所のポンプにこうして竹をつけます。うまくできてますね。
「サツキとメイの家」では、それぞれの部分の由来をこと細かに説明することができます。職人同士、お互いに「さすがあいつの仕事だな」と思われるような仕事を残そうと力を発揮する、というのが手仕事の特徴でもあります。そうやってできた家には、手仕事の技やぬくもりが宿ります。家をつくった人が見える、感じられる家であるというのがもうひとつの特徴です。そのようにして人のこころがこもったものに囲まれて生活していると、人生が変わるように思えませんか。別に高価なものでなくても、うまくつくられたものでなくてもいいのです。おばあちゃんが編んでくれた帽子や、お父さんが削ってくれた鉛筆だってかまいません。今、あなたのまわりには、由来が説明できるものが、どれほどありますか?
で、これがお風呂側から見たところ。結構、湯船の上にまで突き出るので、お風呂に入っている時に、水を足すのは難しそうです。だからかけ湯用に小さな釜があるのかも。けど、子どもだったら、頭の上から水が落ちてくるのを楽しみにしそうでもあります。
「サツキとメイの家」スタッフ (クリックすると、別ウインドウが開きます)