背割りが入れられたヒノキの柱。4面のうちの1面に割れを入れることによって、他の面の割れを防ぐことができる。
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林業が良くなっていくには、何が必要か


クレームを怖れるあまり
ものづくりが変わってしまった

よ それにしても、バサバサの木がありがたがられるわ、ペラペラの家が喜ばれるわ、いったい日本の木の家づくりはどうなっちまってんのかね。

ミ 本当ですね。

楠 これってけっこう問題が根深いと思うんだ。

よ どういうことだい?

楠 例えばさ、人工乾燥で100℃を超えるような高温処理が流行してるのは、早く乾かそうということもあるけどさ、最初に表面を固めちゃって割れが出ないようにする目的もあるんだよね。表面が固まった後は、最後まで高温で処理し続けることはなくて、温度を下げたり、あるいは高周波乾燥に切り替えたりして、一応は木にあまり負担がかからないようにしようとしてるわけ。

よ でもよ、いくら温度を下げてるって言っても、オレが知ってる高温乾燥の木ってのは、「これが木かよ?」って感じだぜ。

楠 そうかもしれないけど、中には高温で割れ防止をした後は乾燥機から取り出して、天然乾燥で仕上げてる工場なんかもあるんだよ。だから「高温」ていう言葉でひとくくりにはできないと思うな。

よ そんなもんかねえ。

背割り

あとから木が収縮することを見越し、柱に不規則に割れが生じるのを防ぐために、あらかじめ柱の裏になる面に鋸で割れ目を入れておくこと。

楠 ともあれさ、高温処理っていうのは、表面割れを防ごうというのが大きな目的なんだよね。割れが入った木だと、施主からクレームを付けられる恐れがあるからハウスメーカーが買ってくれない、だからそれを防ごうってわけ。

よ おいおい、割れはNGだなんて、じゃあ背割りはどうなるんだい?

楠 背割りもNG。いまプレカット材で建ててる現場で背割り材が使われることは、ほとんどないんじゃないかな。

よ 馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。芯持ちの柱に背割りが入ってなくてどうするってんだ。

楠 結局、消費者のクレームが怖いってことなんだよ。

よ そりゃあ消費者が知らないからだろ。だったら教えてやったらいいじゃねえか。木っていうのは、こういうものなんですって。

ミ そうですよ。説明すればそれで済む問題だと思いますけど。

内部割れ

木の芯に近いところに構造上の問題になるほど顕著な割れがあること。木組みの場合、仕口継手の要となる部分なので、致命的。

内部割れが発生した高温乾燥材
内部割れ

楠 僕だってそう思うさ。でも、今は何よりもクレーム対策が優先されてるのが実情なんだよな。

よ そりゃあいよいよおかしいぞ。考えても見ろよ、割れを出さないために高温処理をやってよ、その後は天乾にするってのなら、まだいいのかもしれねえが、そうじゃあなくって上っ面はきれいでも中は内部割れをおこしているようなよくない木ばかりになったら、結局は家自体の質も落っこちまう。お施主さんにとってはマイナスだろ。本末転倒じゃねえか。


PL法や品確法への過剰反応が
木の良さを殺す結果に

ミ 親方さんの言うとおりですよ。何でこんなことになっちゃってるのかしら。

PL法(製造物責任法)

1995年7月施行。「PL」とは「Product Liability」の略。製造物に欠陥があれば製造者の責任を問えるようにした法律。

楠 問題が根深いっていうのはそこさ。たぶん、これはPL法が施行されたあたりから、こういう風潮が広まったんじゃないかと思うんだ。

ミ 何ですか、PL法って?

よ 製造物責任法って言ってさ、猫を電子レンジで乾かさないようにしてくださいって取扱説明書に書いてないと、電子レンジのメーカーが悪いってことになっちまうっていう法律だよ。

ミ 猫を電子レンジで、ですか?

よ そうよ、あきれちまうだろう。

楠 まあ、その猫の話は本当にあったことじゃないらしいけど、PL法っていうのは、製造物に何か欠陥があった場合、メーカーに過失があったことを証明しなくても、メーカーの責任を問えるっていう法律なんだよね。日本では1995年に施行されたんだけど、取扱説明書に不備があった場合も欠陥にされちゃうもんだから、メーカー側も、ふつうなら必要ないと思われるようなことまで説明書に書きこむようになったんだよ。昔の説明書って、もっとシンプルだったけど、今のはやけに詳しすぎるだろ。あれはPL法の影響だと思うよ。

よ わかったぞ。PL法みたいな制度ができたから、みんながみんな、クレームにびくびくして、おかしなことをするようになっちまったってことだな。

楠 僕はそう思うわけ。もちろん、消費者保護っていう観点で言えば、PL法のすべてを否定はできないけど、とにかくクレームを付けられないようにってことばかりに汲々としてさ、本来大切にしなければいけないことが二の次になってるんだよ。木材の寸法精度のことや乾燥のこと、割れのこと、それに建物の仕上がりのこともそうじゃないかな。隙間があくとクレームを付けられるから、隙間があかないようにしようとか、ちょっとのゆがみも許されないとか。そんな風潮だから、本来の木の良さや木の家の良さがないがしろにされてるんだと思うな。

よ なるほど、これはその後の品確法にもつながる話だな。あの法律で、こういうのは瑕疵ですなんてのが広まっちまったことにみんなが過剰反応してるわけだ。

品確法(住宅の品質確保の促進等に関する法律)

2000年4月施行。新築住宅の基礎や柱、床、屋根などの部分で何らかの不具合が生じた場合、引渡しから10年間は供給業者に修理・賠償を義務付けるとともに、耐震性、耐久性、断熱性など、住宅の性能を客観的な基準に基づいて表示できるようにした性能表示制度が導入された(性能表示制度のスタートは2000年10月)

楠 だと思うよ。背割り材が避けられるようになったのも、確か品確法が施行された10年くらい前からだったんじゃないかな。


自然素材とつきあうことが
寛容で穏やかな気持ちを育ててくれる

ミ いまの日本って、クレーム社会だなんて言われてますけど、それが木の家づくりをおかしくしてるなんて思いませんでした。

よ まったくだな。ちきしょうめ、なんかやたらと腹が立ってきたぞ。道理で木の良さがわかってもらえないわけだぜ。

ミ え?

よ ミドリちゃんは木の良さってどんなところにあると思うかい?

ミ そうですね、温かみとか、やわらかさとか…、あと、時間が経つほど、だんだん風合いが増すってこともありますよね。

適材適所

「人の能力・特性などを正しく評価して、ふさわしい仕事をさせる」という意味の四字熟語。大工が一本一本の木材を見て、その性質に適した場所に用いる、刻む箇所を考えるなど、木の個性に応して使い分けることが語源。木材でも人でも、均質性を求めるよりは、個性、多様性を尊重しようという考えは共通。

よ まあ、そんなところだな。あと、オレが思うにさ、木っていうのは1本1本個性があって、工業製品みたいにはいかないだろう。その個性を使う側も受け止めなけれりゃいけねえわけだ。オレたち大工は当然だし、お施主さんたちだってそうだ。木目がちょっと気に入らないから、なんてことを言い出したらキリがないだろ。それに、鉄やコンクリートと違って柔らかみがあるから、乱暴に扱うとキズだって付く。そういうことに気も遣わなきゃなんねえ。でも、逆にそれが木の良さなんじゃねえかな。

楠 いやあ、ホントそうだね。自然素材はみんなそうじゃないかな。

よ だよな、わかってるじゃねえか。

ミ すみません、どういうことなんでしょうか。

よ つまりさ、木にちゃんと向き合うためには、こっちがやさしくならなきゃいけないんだよ。よく「木は人にやさしい」なんて言うけど、逆もまたしかりってわけだ。木と向き合ってると、こっちがやさしい心持ちになる。そんな気持ちのときは、人間、悪いことは思い付かないもんだろ。そういう良さがもっとわかってもらえれば、世の中もよほどよくなるんじゃねえかなあ。

ミ ああ、なんかわかるような気がします。

よ さっきの話じゃねえが、今は何でもクレームがまかり通るようになっちまってるだろ。なんかギスギスしていけねえや。モンスターパレントなんてのもそうさ。

楠 あはは、そりゃ、ペアレントだろ。モンスターペアレント。

よ うるせえな、どっちだっていいだろ。要するにだ、最近はやたら学校にクレームを付ける親がいるらしいけど、学校の方もびくびくしちまって、腫れものに触るようにして子供に接してるらしいじゃねえか。おかしな話だぜ。それどころか、自分の子供のことさえ、型にはめようとしてる親がいるだろ。子供だって個性があるんだからよ、もっと伸び伸びとさせなきゃかわいそうだぜ。何というか、みんながもっと自分以外の物事に寛容になるべきなんじゃねえかなあ。そうすりゃあ、世の中も穏やかになると思うんだがな。

ミ ホントにそうですね。私だって山に行って木を見てると、なんかこう伸びやかな気持ちになるんです。みんないいなあ、頑張って育ちなさーいって。そんなこと思ってると、ひとりでいるのに気持ちが高ぶっちゃって、泣きたくなっちゃったりするんです。

よ それだよ、それ。そういう気持ちでみんなが木に接してもらえばいいんだよ。

楠 ホントだよね。自分以外の他者にもっと寛容になるっていうか、慈しんだり、労わったりっていうのかな。木に接していると、そんな心持ちや眼差しが自然と養われるよね。なるほどなあ、それが木の良さってわけだ。

よ だろだろ。それなのに、割れはダメだとか、狂いは許せねえだとか。まったくおかしな話だぜ。つくる側もびくびくしちまって、木の良さを殺しちまう。これじゃあ木がかわいそうじゃねえか。木に向き合うってのは、もっと、ほんわかとした気持ちになれるはずなのによ。それなのに糊やら化学物質やらをたっぷり使いやがって、木が狂いませんだとか、家がまっすぐですだとか、まったく馬鹿げてるぜ。ああ、いやだいやだ。飲まなきゃいられねえや。だろ、ミドリちゃん。

ミ はい。

よ あれれ、なんで泣いてるんだい?

ミ すみません、そこまで木のことを思っていただけるのがうれしくて。おじさん、ありがとうございます。

よ よせやい。なんかくすぐったいぜ。でもよ、それもミドリちゃんのお父さんたちが気持ちを込めて木を育ててくれてるってのがあるからなんだぜ。だから、あなたも頑張んなよ。オレたちが応援するからよ。

ミ はい。ありがとうございます。

楠 いやあ、きょうはよかったね。親方、飲みなおそうか。

よ おう。じゃんじゃんやろうぜ。ミドリちゃん、オレの酌、受けてくれるかい。

ミ はい!


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木と向き合うと、穏やかな気持ちになる