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第17期木の家ネット総会:倉敷大会 -民家改修と曳家-


岡本直也さんに
曳家の技術のお話を聞く

改修の事例発表の前の時間と、宴会の後の夜の時間とにまたがって、高知の曳家、岡本直也さんのお話を聞かせていただきました。曳家(ひきや)とは「建築物を壊さずに移動する」こと。地盤沈下や地震で傾いた家を起こしたり、道路拡幅などで家をセットバックしなければならない時などに役立つ技術です。

曳家岡本二代目 岡本直也さん

ビルなど、大きな建築物を底盤ごと曳く鳶職系の「重量曳家」もありますが、岡本さんは船大工や宮大工の流れを汲み、住宅や社寺の沈下修正、かさ上げ、移動などをする「大工系曳家」。曳家を名乗る業者は全国に330ほどありますが、年間を通して曳家の仕事をしているのは、10社ぐらいとのこと。そのため、もともとは地元の高知で仕事していた岡本さんが、東日本大震災の時に起きた地盤の液状化で基礎まわりが損傷した家を直すために関東に呼ばれ、いまや東京に拠点をもち、全国で活躍するようになったのです。

曳家の手順ですが、まず建物を、地面と緊結されていればアンカーボルトを切断するなどして地面から切り離したうえで、ジャッキなどで持ち上げます。建物を移動する場合は、あらかじめ敷いておいた鉄骨のレールに家をのせ、半力をとる支点をなかだちに引っ張って、動かします。目的の位置に到達したら、そこに建物を据え直します。大まかにいえば、このような手順になるのですが「上腰工法」「下腰工法」「基礎ごと曳家」「沈下修正」「家起こし」など、さまざまなやり方があり、ひとつひとつ事例をあげながら解説をしていただきました。

壊さず、移動する
そのために大事なこと

「曳家といえば岡本」と言われるほどの岡本さんですが「特別なことはしているわけではない」とご本人は言います。「ぼくは大工ではないから、家を直せない。だから、家を壊したり傷めたりしないで曳家できるよう、細心の注意をはらって、安全に仕事しているだけ。根が小心者なんですよ!」と。

建物全体を、どこかに無理をさせることなく、均等に持ち上げる。そのために、枕木を井桁に組んだ、かさ上げのための部材を岡本さんはたくさん持っています。たとえば、柱の脇のどちらかに添え木をして、下から突くように、部分的に持ち上げようとすれば、その一点に負担がかかる。だから、そうはせず、少しずつ持ち上げて、両側に組んだ枕木に荷重がかかるようにするのです。

家を別の場所に移動するのでも、動かす前に柱一本一本の不陸調整をしっかりとって、形をきれいに整えてから、動かすのだそうです。その際にめざす精度は、なんと誤差1センチ以内!「聞けば、なるほどそうやってちゃんとやらないと危ないな、と分かる。知らなかったから、こんなものだと思っていた。本当のやりかたを知ることは、大事なんだなあ、と実感」という声が、会場から聞かれました。

瀬戸大橋を望むホテルで宴会
その後は勉強の続き!

新渓園での勉強会が終わる頃には、雨脚は大分強くなり、大雨の中、倉敷美観地区から、自家用車乗り合わせやホテルの送迎バスで「鷲羽ハイランドホテル」に移動しました。部屋にチェックインしたら、すぐに恒例の懇親会です。畳の大広間にずらっと並んだお膳の間を、連れてきた弟子を紹介してまわる親方、つくってきた鹿肉ジャーキーを売り歩く少年、会員を歓談する初参加のゲストなど、みんな楽しそう。和やかに杯を交わして、リラックスした時間を過ごすことができました。

すらりと並んだお膳。蛸の刺身など、倉敷名物が!

乾杯の音頭をとる宮内さん

「気候風土適応住宅を広島でも考えていきたいです!」と、ゲスト参加の設計士、栄花さん。

懇親会の後は、曳家岡本さんが引き続き「沈下修正」に限定してさらに詳しい勉強会をしてくださいました。「アンダーピニング工法」「耐圧板工法」「薬液注入工法」「発泡ウレタン工法」「サイドピニング工法」「土台揚げ工法」について、それぞれの特徴や、利点や欠点を解説していただきました。これだけさまざまな技術があることを知る機会もなかなかなく、実務に則した内容で、とてもためになりました。

宴会後も勉強は続きます! 岡本さんの曳家講座、沈下修正篇

お酒は入っていても、お話に引き込まれています

夜、階上にある展望風呂に向かおうとエレベーターを下り、風呂場の入口に向うと、眼下には瀬戸大橋が見えました。橋を渡る車のヘッドライト、灯りが連なって走る列車が、とてもきれいでした。夜でも陸や島の影と海面と空とが、同じ色ではなく区別できて、海をすーっと走る船の航跡なども見られました。

夜の光景をお見せできないのが残念!

みんなで考えた
第17期の活動方針

総会中の総会

二日目の朝は、例年通り「総会中の総会」が行われました。会計から決算報告と予算案が示され、承認されたあと、今年度、どのような活動や発信をしていけばよいか、全員で話し合いました。さまざまなアイデアが出た中から、主立ったものを紹介します。

1)木の家ネットの紹介パンフレットをつくる

今まで何故なかったのか不思議に思えるのですが、そういえば、これまで17年間、刷り物のパンフレットは、ありませんでした。「Webサイトを見て」で済ませてきたわけですが、いまや、サイトの内容も膨大になっており、その時々で問題になっていることがクローズアップされて前面に出ていると、必ずしも、木の家ネットの問題意識や全体像が、分かりやすいとはいえない現状があります。

確かに、木の家ネットの設立意思、活動内容、木の家ネットでできることを分かりやすくまとめたパンフレットがあってもよいのかもしれません。会員がそれぞれ常備していれば、木の家ネットの活動を地元の仲間に紹介することもできるようになります。事務局で案を出して、運営会議等で練り上げて作成することになりました。

2)地域会での活動を進める

左が「くむんだー」を共催している三重の会員、中央が「木の家ネット.埼玉」、右が「木の家ネット岐阜」(くむんだー協会のWebサイトより)

木の家ネットの魅力のひとつとして、年一回の総会で顔を合わせて情報の共有や交換、意識の高め合いができるということがあります。それぞれの地域で集まれば、年一回にとどまらず、地元での活動を広げていけるのでは?という意見が出ました。

埼玉では、2008年に川越で総会を実施したことをきっかけに「木の家ネット・埼玉」を立ち上げ、毎月定例会を開いています。そして、県内各地で、それぞれの地元会員が中心となって、材木やエコ関係のお祭りに出展しています。最初のうちはパネル展示だったのが、こどもたちが木組みのジャングルジムを体験できる「くむんだー」、かんなをかけた木の薄い削り屑でつくる「かんなくずフラワー」など、さまざまなイベントメニューを持つようになり、一般の来場者と触れ合う間口が広がりました。また、都道府県単位で認定基準づくりが必要な「気候風土適応住宅」についても、埼玉県建築士会の中に気候風土WGをつくり、行政へのアプローチを進めています。

埼玉の活動に刺激を受けて、山梨でも、木の家ネットのメンバーだけではない広がりをもった形で「八ヶ岳らしい家づくりを考える会」が立ち上がっています。総会会場では神奈川の袋田さん、三重の池山さんや高橋一浩さん、新潟の長谷川さん、岐阜の水野さんが手を挙げて「地元で地域会をやります!」と宣言。今後の活動に期待、です。

3)「これからの人」を応援する「準会員」制度

木の家ネットでは会員資格として「職人がつくる木の家づくり」を依頼されれば、それを工務店や設計事務所として「自分で請けることができる」ということが求められます。しかし「まだ、自分で請けることはできないけれど、木の家ネットで学んで、今後取り組んでいきたい」というつくり手もいます。

そのような「これから」の人向けの「準会員制度」をもうけてはどうか?という提案もあでました。つくり手リストに名前はのるけれど、詳細情報はのらず、正会員とは区別されるかわりに、年会費は安く。今後の裾野を広げることにつながるのでは?ということで大まかには了承され、詳細は運営会議で検討されることとなりました。

4)若手や準会員向けの「大工経営塾」を

昨年の12月には、同年10月に開催された掛川総会での呼びかけに応えて「大工経営塾」が滋賀の大津で開催されました。有志が50名以上集まり、大江忍さん、渡邊隆さんが講師となり、見積もりのしかた、人工や経費の考え方、建設業登録や保険など、実際的なさまざまな話題について、情報を共有しましたが、これも大好評でした。

木の家ネットの役割として「これから『職人がつくる木の家』に関わっていこうとする若い大工・設計者を応援する」ということがあります。細かいところに入り過ぎずとも、これまで工務店経営を継続してきたメンバーが、それぞれのやり方や工夫を伝えるだけでも、若い会員や今年度からもうける準会員にとっても、ためになるのではないか、という意見がでました。関東、関西と二カ所に分ける案もありました。

5)テーマ別 zoom会議を

毎月開催される運営会議は、全国に散らばる運営委員が参加できるよう、インターネットの会議システムを使って行っています。以前は「Skype」で行っていましたが、最近では、回線状況が安定しており、画面共有なども簡単にできる「Zoom」を利用しています。

この「Zoom」を、運営会議以外いも活用できるのではないか?という意見もでました。たとえば、松井鉄工所に次に復活してほしい木工機械の要望をとりまとめるのに、アイデアのある大工たちが日時を決めて話し合い、ことによっては、松井鉄工所の企画担当者にもそこに参加してもらう、ということもできるかもしれません。

6)会員の声の拾い上げを

前期に「風呂特集」をしました。それは、事務局からつくり手のみなさんに「どんな風呂をつくっているか?その理由は?」という質問を投げかけ、応えてくれた大工や設計者と話してまとめたコンテンツでした。

それぞれの考え方があり、さまざまな要因の中で何を優先し、選択しているのかが分かり、特集を企画した時点では思いもよらなかったような問題点や指摘があらわれたりもして、とても面白かったです。お互いの考え方を交換しあうのも、情報を提供するつくり手のみなさんたちにも楽しかったようです。同様のやり方で「作業場自慢」「台所特集」などをしては?という意見がでました。

井上家住宅の保存修理工事
まるで推理小説!

二日目の午後からは、オプションメニュー。まず、倉敷美観地区に戻り、現在保存修理中の重要文化財「井上家住宅」を特別に見学させていただきました。今回の保存修理中に発見された主屋の棟札から「享保6年(1721)に上棟されたことが分かっており、この美観地区で最古の、そして大型の町家です。

左:とても丁寧に説明をしていただいた現場監督の方。右:土壁は驚くほど沢山の層で出来ている。

現場監督の方から、工事中ならではのさまざまなお話をうかがうことができました。解体修理に入る前の長い歴史の中で、家の使い方もさまざまに変遷し「どの年代に復元するのか」という難しさもあるそうです。今は倉庫のような使い方になっているところから、古い床框が発見されて、かつてそこに座敷があったのではないかと推定するなど、推理小説のようなお話もありました。なるべくは、その建物ができた時代に使われていたであろう在り方に戻したい、とのことでした。

また、瓦など、保存修理工事に入る前の時点で割れてしまっていて再利用できない材料もかなりあったそうです。かろうじて使える昔のままの瓦は、なるべく表通りに、それに似せて新しく造った瓦は目につかないところに使う、という配慮もするそうです。

新旧織り交ぜた瓦屋根

また、耐震性能を確保するために、鉄筋のブレースをところどころに使ってあって、それが結構目立っていたのですが、これは「平成の配慮」としてとりつけたものであることをしらしめる、ということでそのようにしている、と説明がありました。文化財になる建造物には、ひとつひとつ、さまざまな時代に手がかけられていて、その結果としての複合物が目前にあるのだな、ということが感じられ、興味深かったです。

左下に補強用の鉄骨が、あからさまに後から追加したとわかる形で入っている。

二日目の夜は はつり大会
来年、鶴岡で会いましょう!

井上家からさらなるオプションとして、今回幹事として活躍した山本耕平さんの「杣工社」の作業場での「はつり大会」がありました。はつる大工を見学する見学席は、積んである丸太の上、という、なかなかワイルドで現場感あふれる会でした。引き続き、大バーベキュー大会も行われ、二晩連続でお酒を酌み交わし、夜は近くの公民館で雑魚寝。年に一度の総会は、このような「職人がつくる木の家ネット」らしく締めくくられたのでありました。

左:盛り上がる「ハツリスト」たち 右:日曜の夜にも関わらず、はつり大会まで大勢の会員が残って参加しました。

来年の総会開催地は山形県鶴岡市。劍持工務店の劍持大輔さんが中心となって、受け入れをしてくださいます。東京からの関西からも、なかなか遠い山形ですが、これまでもどんなに開催が遠くても、みんなと再会できるのが総会。来年お会いできることを楽しみにしましょう!

来年の山形県鶴岡総会の幹事役、剱持工務店の剱持大輔さん。来年、よろしくお願いします!


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