前ページでは、2013年11月に木の家ネットの新代表に就任した大江忍さんがナチュラルパートナーズを設立するまでの足跡をたどりました。このページでは、その後の伝統構法を未来につなげるための活動や、木の家ネットの代表に就任して思うことなどについて、お伝えします。
伝統的構法の設計法作成および
性能検証実験検討委員会の補助事業者となる
ヨハナ 大江さんは、2010年度からの3年間、国土交通省の補助事業「伝統的構法の設計法作成および性能検証実験検討委員会」を緑の列島ネットワークで受託し、事務局としてその運営にあたりました。これはどのような事業だったのですか?
大江 これは、2007年の改正基準法以降、法律上、格段に建てにくくなった「石場建て」を含む伝統構法をこれからも建て続けられるように!ということを訴えて展開してきた運動に対して、国が予算をつけて、伝統構法のための設計法を編み出したり、伝統構法の耐震性能などを実大実験したりする事業をおこしてくれたものです。
ヨハナ ご存知の方も多いとは思いますが、石場建てについて、簡単に教えてください!
「石場建て」が改正基準法以降、建てにくくなったと言われるのは、なぜ?
大江 石場建てとは、建物の柱脚を基礎部分と緊結しないやり方で、日本の伝統的な建物のほとんどはそのようなつくりでした。柱の足元は、基礎となる石に「置かれているだけ」なので、地震が来ても、地面と建物が別々に揺れるので、一種の免震構造ということもできます。また、高温多湿な日本の気候の中で、耐腐朽性という意味でも理にかなった工法です。しかし、ところが、この「柱脚をとめつけない」やり方は、その耐震性に対する科学的な解明がなされていないために建築基準法に扱いがなく、その構造安全性を証明するのに個別の建物に対して「限界耐力計算法」という複雑な構造計算をしなくてはならないのが現状です。
大江 2007年に建築基準法の運用を厳格化した「改正基準法」が施行され、限界耐力計算で構造安全性を検証する建物は、構造適合性判定(略して、適判)という手続きを踏むことが求められるようになりました。
ヨハナ 馬淵澄夫さんが国会で追求した「耐震偽装問題」の後、そうなったんですよね? 限界耐力計算をいい加減に用いて、確認申請を通してしまうという手口が問題になり、限界耐力計算を用いる事例については、適判できびしく審査しますよ、という風にしたのでした。ところで、適判って、そんなに大変な手続きなんですか?
大江 まあ、ビル一棟建てるんなら、これくらいしておかないとね、というぐらいの厳密な審査です。提出を要求される書類の厚みにして3センチ、構造計算にかかる日数も、適判に出して審査がおりてくるまでの日数も、膨大にかかります。
ヨハナ 耐震偽装のないように、ビルならそれくらい求められていいかなという気もしますが・・「4号物件」といわれるような一般の住宅物件についても石場建てにした途端「限界耐力計算を用いるんだから、適判送り」となってしまうのはあんまりだ・・・ということが、伝統構法関係の実務者が国交省に提出した意見書の主旨でした。
大江 もちろん「適判送り」という運用がなされる前だって、石場建てを施工するつくり手が構造安全性を検証していなかったわけではないんですよ。鈴木祥之先生方がまとめられた「限界耐力計算マニュアル」(通称・関西版マニュアル)というのがあり、それに則った設計をしていましたし、それで確認申請を通せていたのですが、こんどは適判を通さないと、認められなくなったのです。それで、小規模な一般の住宅であっても、ビル一棟ほどの費用と時間とをかけなければ、石場建てを建築することはできなくなったのです。
ヨハナ 改正基準法のねらいが伝統構法を規制することではなかったはずなのに・・・いわば「とばっちり」で過分な要求をされてしまった感がありますよね?
それは、伝統構法を未来につなげていけないかもという、危機感からはじまった
ヨハナ 改正基準法で、石場建てのハードルがかなり高いものとなってしまった。「このままでは、伝統構法ができなくなってしまう」という危機感で、国土交通省に意見書を提出すところからはじまって、長い運動が始まったのですね。
大江 詳しくはまた別の機会にお伝えしたいと思っていますが、伝統構法を未来につなげるための設計法を作ることを目的として検討委員会を発足させるまでの経緯においては、木の家ネットメンバーはもちろん、伝統構法関係者による「これからの木造住宅を考える連絡会」の仲間たちの協力が不可欠でした。
ヨハナ 2008度年から第一次検討委員会が発足し、土台足固め土壁仕様の実大実験が行われたものの、柱脚をフリーとした石場建ての検討にまでは至らず、再度意見書を出したりしながら、メンバーを入れ替えての第二次検討委員会を発足、その事業の事務局を大江さんが担われた、ということですね。
大江 第一次の委員会では、実務者委員が配置されていたものの、実際に実務者の意見が反映されにくかったこと、委員会で検討されていることの中身が一般に分かる形で公開されていなかったことが問題でしたので、その二点は改善したつもりです。設計法構築にあたっての実例づくりや、実大実験や要素実験における損傷観察など、実務者多大なの関与があってなりたちました。
ヨハナ E-ディフェンスでの実大実験後の損傷観察には、木の家ネットの大工さんたちも数多く協力していましたよね。
大江 また、検討委員会から、年度の後半で各地域をめぐる「キャラバン」を構成して、その年度に得た知見を全国の実務者のみなさんにお伝えしたり、意見交換したりということをしてきました。いずれも、苦難の時代が長い伝統構法関係者同士の横のつながりが、検討委員会とうまく連携して、最大限に活かされたからこそことです。全国の皆さんにこの場を借りて、御礼申し上げます。
ヨハナ で、第一次、第二次と足掛け5年にわたった検討委員会の成果は、今後、伝統構法を未来につなげていくための法制化にまでつながっているのでしょうか?
大江 第二次の検討委員会の成果として設計法を提案したものを報告書として国土交通省に提出してはありますが、まだ建築基準法における石場建ての位置づけを得るというところまではたどり着いていない状態であり、石場建ては「すんなりとは建てられない」という高いハードルは、いまだ改善されていません。
ヨハナ 石場建ての技術は、それを施工できる現場があってこそ継承されていくものです。法律的な位置づけを付与するのに十分な検証が必要であることも分かりますが、その時間があまり長くかかってしまうと、技術継承が途絶えてしまわないか、心配ですよね。少しずつでも前に進んでいってほしいですね。
職人がつくる木の家ネットの
新代表に就任
ヨハナ そして、補助事業責任者としての役割と伝統的構法のための検討委員会の三年間の活動が一段落した2013年11月、木の家ネットの代表に就任されたわけですね。
大江 発足から10年以上も代表をつとめてこられた加藤長光代表に代わって、こんどは木の家ネットの代表を仰せつかることとなりました。検討委員会での公的な役割は終わりましたが、伝統的な木の家づくりが未来に続いて行くための仕事はまだ半ばですから、これからは、木の家ネットの代表として引き続き、もうひとがんばりしなければと、兜の緒を引き締める気持ちでいます。公の任を解かれた分、木の家ネットの仲間達とつながって、より自由に、やれること、やるべきことができるのではないかと期待しています。
新代表として抱く「木の家ネットのこれから、7つの夢」
ヨハナ いちばんやりたいことは何ですか?
大江 7つありますので、次のページで詳しく紹介しますが、私の中でベスト3と思っているテーマをあげてみましょうか! まず、石場建ての普及です。検討委員会から国に提出した設計法が告示にまでなっていくにはまだ時間がかかりそうですが、それまでの間も、できるつくり手が石場建てをつないでいこうよ!という活動です。もうひとつは、木と土の家の温熱環境のあり方を示していくこと。これも、改正省エネ法とのからみで、今、早急に取り組むべき課題として認識しています。そしてさらにもうひとつ、「伝統構法を世界遺産に」というムーヴメントを起こしていきたいと思っています<。/p>
ヨハナ いや〜なんと!ずいぶん、大きく出ましたね〜
石場建て事例をもっと増やしていきたい!
ヨハナ まず、適判が要求されるというきびしい状況下での石場建ての普及ということについてお伺いしていきます。
大江 木の家ネットには、なんだかんだいって、改正基準法が施行運用されて以降も、適判送りという困難な中、石場建てを実践しているつくり手が何人も居るんですよ。
ヨハナ そうですね。「適判ルート」という高いハードルをその都度越えて石場建てを実践しているつくり手さんを北から南へ見ていくと、埼玉の綾部孝司さん、畔上順平さん、滋賀の川村克己さん、宮内寿和さん、川端眞さん、岡山の和田洋子さん、熊本の古川さん。そして、そうそう、大江さんもでしたね!適判送りとはならない平屋まで広げれば、石場建てを作ったことのある人は、もっといます。八犬伝の八剣士ぐらいは居そうです。
大江 予算的に構造計算に約70〜100万は見てもらわないといけないし、適判を通すだけの時間も見越さないとならないので、通常の家づくりより余計な負担をかけることになりますが、それも納得した上で依頼してくださる建て主さんが少数でも居れば、恊働してやっていくことが、今、とっても大事だと思うのです
ヨハナ 絶やさずつなげていくためにね。日本の建築文化は、よいつくり手によい仕事を依頼する「旦那」が居てこそ続いて来たところがあると思います。その現代版ですね!そのためには、つくり手が「なぜ石場建てがいいのか」ということを伝える言葉をもつことが、今後、より必要になってくるように思います。木の家ネットのサイトもその役割を負っている、というわけですが!
大江 さきほども少し触れましたが、耐震性だけでなく、耐腐朽性、メンテナンス性など、さまざまなメリットがありますからね。それをきっちり伝えていきたいです。
ヨハナ 以前、熊本の古川さんの石場建ての施工例を見学させてもらった時に「床下で鶏が飼えます!」とおっしゃってたのが印象的でしたが(笑) 石場建てがその効果を発揮する地震があるのは何十年かに一度であったとしても、コンクリートで覆ってしまうと腐りやすくなる床下に通気がとれること、建物の足元が見えているためにメンテナンス性がよいことは、結果的にその「何十年かに一度」の時に建物がシッカリしている、ということにつながるのではないかと思います
大江 まさにその通りです!そういった説明ができることが実はとっても大事なんです。
石場建て実践者間でノウハウを整理、まずは木の家ネットの仲間で共有を!
大江 手近な目標として、「適判時代の石場建て実現のためのノウハウの共有」をかかげたいと思います。これは、木の家ネットでの石場建て実践者の間で、石場建てをやることの意義、適判をどのように通しているかという手続き上のコツ、設計や施工上の留意点、建て主さんに何をどう説明しているかなどを整理しよう、というものです。そして、そうやってまとめたものを、木の家ネットの会員間で共有できらたいいなと思っているんです。
ヨハナ それは、おもしろいですね!石場建てにはこれまで手が出なかったつくり手でも、そういったノウハウを知ればやってみたい!と思う潜在層が、木の家ネットには結構いそうですしね。八犬伝が水滸伝ぐらいのスケールに広がっていくといいですよね!
大江 次期総会にそういったことができるように、まずは、すでに実践している者同士で集まって整理作業をする合宿をしたいと思っていて、運営委員会で日程や場所などを検討しているところです。
ヨハナ 7月最初の週の週末に、関西方面で行う予定です。その成果をまとめ、総会で発表するというのが、当面の目標です!検討委員会で作って来た設計法の検証にもつながるような形で進めていけたら、これは面白くなりますね!
大江 実践しているつくり手はぜひ関わっていただきたいし、これからやっていこうと思っているつくり手のみなさんも、成果が出ることを期待して待っているのでなく、ぜひ手をあげて、これをいい流れとして、継いでいってほしいと思います。まずは木の家ネットの仲間から、そしてさらにその向こうへ。みんなで、いっしょにやっていきましょう〜
ヨハナ 「桃李もの言わざれども、下 自ら蹊を成す」と言います。狭い道のように見えても、そこに本物の桃や李があることに気がつけば、歩いていく人が少しずつ増え、足跡が踏み跡になり、轍ががついていって、いずれ歩きよい道が自ずと出来ていきますからね!